【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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第二章 悪役令嬢ってなんですか

13.パウラ、悪役令嬢と呼ばれる

 ふわふわの白銀の髪に、好奇心いっぱいの元気な緑の瞳。
 エリーヌ・ペローだ。
 前世の記憶どおりのヴィジュアルに、胸が悪い。
 
 黄金竜の泉地エル・アディ、その神殿奥の間。
 エリーヌはパウラと共に並んで跪く。
 これもまた前世の記憶どおりだ。
 当代の聖女オーディアナから、試験開始を告げられる場面。

 正直なところ、会いたくはなかった。
 無邪気を装うエリーヌが、パウラにだけ見せる底意地の悪い目つき、聖使せいしにだけ見せるべたべたした態度。
 あんな下卑たものを、好んで見たいはずもない。
 けれど逃げるわけにはゆかない。
 逃げれば即刻、貧乏くじルート確定だ。

(平常心だわ、パウラ・ヘルムダール)

 2度目の今生、エリーヌのやり口の稚拙さ陰険さは、既にパウラの知るところ。
 それなら前もって、事が起こる前に手を打ってやると唇を引き結ぶ。

「ヘルムダールの女子二人、パウラとエリーヌだったな。この世の平穏を護るため、両名のうちどちらかが聖女オーディアナに選ばれる。悔いのないよう、最善を尽くせ」

 当代の聖女オーディアナが、つま先まですっぽり覆ったヴェールの向こうから微笑する。

「かしこまりました。非才の身ではございますが、微力を尽くしてまいります」
「わたしも頑張ります! パウラとも仲良くします! 安心してください!」

 無駄に元気で場違いな声も、前世のとおりだ。
 ここでパウラを呼び捨てにすることで、パウラの神経を逆撫でするつもりだろう。
 前世パウラは、その策略にまんまと乗った。

「わたくしは貴方に名前を、しかも呼び捨てで呼ぶことを許した覚えはありませんわ。ペロー様」

 その後、エリーヌは泣きべそをかくのだ。

「だってここでは一緒に試験を競うライバルで、お友達なんでしょう? この方が、早く仲良くなれると思ったから」

 腹立たしい記憶のヴィジョンを振り払い、パウラは心中で唱える。

(心頭滅却すれば火もまた涼し)

 ヘルムダールの母がつけてくれた騎士に教わった呪文だ。
 とにかく先に動揺した方が負けなのだ。
 ぎりぎりと奥歯を噛み締めて、パウラは無表情を守った。
 けして挑発にはのらない。
 沈黙を守ることで、パウラ呼びを拒んだ。


「エリーヌ・ペロー」
 
 凍てつくような低い声が響いた。
 ちらと視線だけでその主を探す。
 燃えるような見事な赤毛の青年が、跪くエリーヌを睥睨へいげいしていた。

「なぜパウラ・ヘルムダールを呼び捨てにする?」
「へ? セスラン様、なんでそんなこと聞くんですかぁ?」

 明らかに動揺した様子のエリーヌは、信じられないと大きな目を見開いている。

「パウラを呼び捨てにできるのは、おまえが聖女になり、パウラがそうならなかった時だけだ。今のおまえは、ヘルムダールの男爵令嬢に過ぎない。公女を呼び捨てにする特権など、誰も与えてはいない」

 ぴしりと空気に亀裂が入る音を、聞いたような気がした。
 峻烈な口調で、セスランはさらに追い打ちをかける。

「おまえはいまだ候補に過ぎぬ身。しかと心得よ」
「セスラン様、どうして?」

 震えながら見上げるエリーヌに、セスランは冷たい表情をちらとも動かさない。

「私の名を呼ぶか。だれに許しを得てのことだ? 初級の礼儀作法も学んではこなかったと見える」

 大きくうねった見事な赤毛をふぁさりと揺らして、セスランは聖女オーディアナの前に優雅に跪く。

「ごらんのとおりです、聖女オーディアナ。エリーヌ・ペローには基礎教養の科目追加を進言いたします」

 顔色を失くしたエリーヌが「なんで、どうして」とつぶやいている。
 まるでこんなこと起こってはいけない。起きてはいけないといっているようで。
 それがパウラの違和感を刺激する。
 エリーヌは小女事がおこらないと信じていたようだ。
 いや知っていたと言ってもいい。

(まさか……。まさかエリーヌも二度目なの?)

 薄いヴェールの向こうで、聖女オーディアナの視線がエリーヌに向けられる。
 少しの間があって、聖女オーディアナは頷いた。
 
「わかった。きようにせよ」

 後は任せるとセスランに言い置いて、聖女オーディアナは退出した。
 聖女のじゅうしゃのそれにカツカツと複数の足音が続いた。


 しんと静まり返った謁見の間。
 跪いたまま動けないでいるパウラは、いまだ混乱の中にいる。
 
「なんで、どうして?」

 エリーヌが先ほどからずっとぶつぶつ唱えている。
 そう思うのはパウラも同じだ。
 いったい何が起こっているのだろう。
 前世の記憶とあまりにも違う。
 セスランがパウラをかばってエリーヌをとがめたこと。
 他の三人、シモンやオリヴェル、アルヴィドが黙ってそれを見ていたこと。
 すべてがまるで、前世とは違う。

「パウラ」
 
 まるで封を切ったばかりのブランデーのような声が響く。
 甘く香り高く酔うようだ。
 
 誰の声かと考えるまでもない。
 この艶のあるやわらかいテノールは、八歳の時の記憶にあった。
 跪いたままの姿勢で顔を上げる。
 そして息を飲んだ。
 すぐ傍、息のかかるほど間近で、最高級の翡翠の瞳が愛しげに優しく微笑んでいたから。

「待ちかねたぞ、パウラ」

 甘い甘いテノールの響き。
 つい先ほどまでエリーヌに向けていた、氷のような冷たさは微塵もない。
 同じ男の声とは信じられないほどだ。

(昔より威力がすごいわ)

 圧倒されて後ずさりたい思いのパウラに、セスランはさらに追い打ちをかける。

「ああ、膝を傷めてしまうぞ。早く立て」

 一大事だといわんばかりに悲壮な表情かおをして、パウラの両手をとって立ち上がらせてくれる。

「あ……ありがとうございます。聖使様」

 セスラン呼びを許されたのは、もう昔のことだ。
 それに今は聖女候補として召喚された身だ。
 聖使に対する礼節は守らなくてはならない。
 現についさっき、エリーヌが厳しく注意されていた。
 それなのにセスランは途端に不機嫌になった。
 美しい白い眉間に皺を寄せて、ゆるく首を振る。

「セスラン。そう呼ぶように言ったはずだ」

 昔の許しは、今も有効らしい。
 なぜ?
 どうしてこんなにセスランは優しいのだろう。
 いや、優しいどころではない。
 甘い。
 前世一度も見たことがないほど、甘いのだ。
 思えば八歳のあの時、幼い少女であったパウラにもとても優しかった。
 それがさらにパワーアップしている。
 けれど今、その甘さ全開は困る。
 今、ここにはエリーヌもいるのだ。
 これではあからさま過ぎるエコひいきではないか。

「なんでよ。こんなのおかしい」

 やはりだ。
 すぐ傍で、おそろしく低い恨みのこもった声がした。
 ギンと音のしそうな視線を感じるが、パウラはあえて振り向くことをしなかった。
 関わるべきではない。
 ここでエリーヌに関わって面倒なことになるのは困る。
 
「悪役令嬢のくせに」

 向けられた負の感情よりも、その言葉がひっかかった。

(悪役令嬢?)

 前世には聞いたことのない言葉だ。
 エリーヌはいろいろと、パウラに侮辱的な言葉を向けてきたが、「悪役令嬢」とは言われた憶えがない。
 けれどひとつだけはっきりしたことがある。
 なぜだかわからないけど、この時点で既に敵意を向けられていることだけは確かだった。

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