【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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第二章 悪役令嬢ってなんですか

15.パウラ、敵の正体を知る

 試練の儀、聖女試験が始まって最初のひと月が過ぎた。
 エリーヌには例の「ほしがるもの」がよく効いているようだ。
 なんとかそこそこ、落第しない程度の成績はとってくれている。
 
「姫様」

 懐かしい声がパウラを呼んだ。
 是非とも会いたいと願っていた人だ。
 やっと面会許可がおりた。
 
 試験期間中の面会は、特に禁止されているわけではない。
 でも手続きがとても面倒で、許可がおりるまで時間がかかる。
 前世のパウラは誰かと会いたいなどと思わなかったから、面会申請は一度も出さなかった。
 けれど今回は違う。
 どうしても聞きたいことがあったから。

 黒髪に同じ色の瞳をした女騎士は、母がパウラにつけてくれた武術の師匠だ。
 ナナミ・サンジョー。
 変わった響きの名前は、彼女が異世界からの迷い人だからだ。
 
 ヘルムダールの神殿にある日突然現れた。
 行く当てもないと戸惑う彼女を、母が騎士として迎え入れたのだ。
 ナナミはとても強いから。
 じゅーじゅつという、異世界の技でばっさばっさとヘルムダールの騎士を投げ倒していた。

「先生、お待ちしておりました」

 ナナミは騎士だけれど、パウラにとっては師匠だ。
 だから敬意を払って先生と呼んでいる。

 パウラ自らお茶を淹れて、ナナミに勧めた。
 その後、このところずっとひっかかっている疑問を口にする。

「先生は、『悪役令嬢』という言葉を聞いたことがおありですか」

 憎々し気に、エリーヌがパウラにぶつけた言葉だ。
 悪役令嬢というからには、悪役の貴族令嬢ということなのだろう。
 でもそれだけなのだろうか。
 どうも他に意味があるような気がする。

「悪役令嬢……ですか。姫様には、それをどこでお聞きになったのでしょう?」

 ナナミの手が止まった。
 思い当たることがあるような、そんな間があった。

「もう一人の候補、エリーヌ・ペローが、わたくしをそう呼びました。『悪役令嬢のくせに!』それはもう憎らしそうに」
「そう……ですか」

 ほんの少し考え込んだ風に視線を落としてから、ナナミは口を開いた。
 
「これはあまりにもばかばかしくて、わたくし自身も簡単に信じられないことなのですが」

 言おうかどうしようかと、さんざんためらったようだ。
 迷いながらもナナミは続けてくれる。

「わたくしが以前いた世界の話なのですが。年頃の女子が好むものには、こちらと同じような小説と、それによく似たゲームがありました。今はどうなのかわかりませんが、『悪役令嬢』とか『婚約破棄』は流行のストーリーだったと記憶しています」
「ゲーム?」

 小説はわかる。
 物語のことだ。
 それならパウラも読んだことくらいある。
 けれどパウラの知るゲームには、ストーリーという言葉は結び付かない。

(ゲームって、カードとかチェスのことじゃないの?)

「こちらの世界にはないものです。小説のストーリーを自分の意思で変えられる遊びのようなものとお考え下さい。ヒロインは一人しかいませんが、相手役の男性は複数います。たとえば四人だとして、そのうち誰を相手役に選ぶかを、プレイヤーが決められるのです」
 
 男主人公を好きに選べるということか。
 こちらの世界のすべてを知っているわけではないが、とりあえずパウラはそんなゲームを見たことはない。
 
「先生の世界のゲームなのですね。そこに『悪役令嬢』が出てくるのですか?」

 見たこともないゲームは想像しづらいけれど、異世界のものであれば仕方ない。
 ナナミがあるというのだからあるのだろう。
 この際問題はゲームの有る無しではない。
 「悪役令嬢」、この言葉の意味が重要なのだ。

「悪役令嬢とは、どんな人を指すのでしょうか」
「わたくしはあまり小説を読んだりゲームをしたりするタチではなかったものですから、これは後輩から聞いた話なのですが。たいていがヒロインより身分の高い令嬢で、美人で優秀です。ですが小説やゲームの中で、主役級の男性に望まれるのはヒロインです。悪役令嬢はヒロインに嫉妬して、彼女をいじめ、最終的に周囲から罪を暴かれ破滅する。そんな役回りだったと思います」

 なるほど、多分これに違いないと直感した。
 
 今パウラが生きている世界が、実は誰かの創った架空の世界で、筋書きはあらかじめ決まっているなどと、とても信じられないし信じたくもない。
 けれどパウラは、前世のやりきれない不毛感を知っていた。
 けして自ら望んだわけではない竜妃聖女オーディアナとして生きた数千年の日々。
 あれだって、言ってみれば黄金竜オーディと竜后オーディアナによって作られた筋書きだ。
 自らの意思でなく人生が動かされるという点では、よく似ている。
 だからこの世界が小説やゲームの世界なのだと言われても、それほど不思議には思わない。
 そんなこともあるかもしれないと思うくらいには。

「ではここが、先生の元いらした世界の小説か、ゲームの世界だとおっしゃるのですね?」

 案外落ち着いているパウラの声に、ナナミはこくりと頷いた。

「はい。かなり流行ったゲームでしたので、わたくしのようにゲームをしたことがない者でも、名前くらいは聞いたことがあります。『エル・アディのドラゴンたち』とタイトルがついていました」

 エリーヌ・ペローの不審な反応の理由が、やっと納得できた。

「なんでよ? こんなのおかしい」

 初めての謁見で、エリーヌが思わずもらした言葉。
 なるほど、ゲームの筋書きと違うという意味だったか。
 それならわかる。
 違うはずだ。
 パウラの動きが前世とは違うのだから。

「わたくしもこちらの世界に飛ばされて、今でも信じられない思いでおります。けれどわたくしの世界では存在しない、竜や銀狼や白虎、そのようなものを当たり前に見せられては、受け容れるしかありませんでした。おそらく姫様のおっしゃる方、エリーヌ様もわたくしと同じで異世界から来たのでは?」
「いいえ、おそらく違うと思います。エリーヌ・ペローはこちらの人間です」

 エリーヌはヘルムダール所縁ゆかりの男爵家出身。
 言ってみれば「純正こちらの世界人」だ。
 彼女に記憶があるとすれば、それは前世だろう。
 前世のエリーヌは、ナナミと同じ世界にいたのじゃないか。
 そこでこの世界を舞台にしたゲームを知った。

 そう考えれば、パウラの前世での出来事も説明できる。
 エリーヌがいとも簡単に四人の聖使の好感度を高めて、あの気位の高いセスランを射止めたその理由が。

 知っていたから。

 何をどう言えば好まれるか。
 どう振る舞えば好まれるか。
 どこでいつ誰に会えるか。

 エリーヌはみんな知っていたのだ。

「先生、感謝いたします。これでわたくし自分がどうすべきか、はっきりわかったような気がいたします」

 晴れ晴れとすっきりした気分でパウラが笑うと、ナナミは何度か目を瞬かせてからつられるように口元を緩める。

「お役にたてましたか? ようございました」

「彼を知り己を知れば百戦あやうからず……でしたわね、先生。これまでわたくし、彼、敵を知りませんでしたから。これで戦えます」

 これはナナミがよくパウラに言った言葉だ。
 なんでもナナミの世界の、偉い軍師の言葉だそうだ。

 今のパウラの敵は、エリーヌ・ペロー。
 その正体を、前世のパウラはまるで知らなかった。
 
 見た目こそ愛らしい美少女だ。
 でも中身はといえば、教養のない、軽薄で意地悪な性質だ。
 エリーヌを好む四人の聖使たちの目は、曇るどころか腐っているのではないかとさえ思ったものだ。
 
 だからいっそう意地になって、パウラは学習に精を出した。
 真面目に真摯に努力することこそ、聖女として期待された者の使命であると自分に言い聞かせて。
 
 誰に好かれずともかまわない。
 なすべきことを淡々となせば良いと。
 
 今考えれば、ただの自爆だ。
 貧乏くじルートを選んだのは、他ならぬパウラ自身だと思う。

 今生のパウラの目標は、とにかく名ばかりの妻にされる貧乏くじを引かないことだ。
 この世界の安寧や、名前も知らない誰かのために生きるのはいやだ。
 それはもう前世で十二分にやってきた。

 だから今生ではパウラの大切な人のため、なにより自分のために生きたいと思う。
 そのために今度こそ、エリーヌにはめられるわけにはいかないのだ。

 大丈夫。
 エリーヌの武器がゲームで得た知識なら、パウラの武器は前世の知識だ。
 誰が考えたものか知らないけれど、エリーヌの知るゲームの筋書きなど書き換えてみせる。

「先生、久しぶりに稽古をつけてください」
「喜んで」

 その後面会時間いっぱいを、パウラは何度もナナミに投げ飛ばされた。

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