【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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第三章 我が唯一は

19.竜の姫(SIDE セスラン)

「セスラン様は、庶出なんでしょう?」

 あれは聖女候補として二人の少女が召喚されて、いくらか日が経った頃だった。
 正面切って、無邪気に投げかけられた問いにセスランは驚いた。
 ソーダ水のような緑の瞳をきらきらさせた少女は、唇に邪気のまるでない微笑を浮かべて続けた。

「つらい思いをしたんですよね!」

 元気で明るい声は、つらいという言葉になんとも不似合いだった。
 だから怒るより、笑ってしまった。
 この少女の、なんと怖いもの知らずであることかと。

 少女の名はエリーヌ・ペロー。
 次期の聖女候補の一人だった。

 聖女オーディアナ。
 黄金竜オーディの側室で、竜后オーディアナの代理をこなす。
 普通はヘルムダール公家より、聖紋オディラの出た公女がその任に就く。
 だが今回だけは、ヘルムダール公国に二人、聖紋オディラ持ちが現れたらしい。
 
 そこで異例の選抜試験が行われることになった。
 と、ここまでは公式の話。
 実のところセスラン達四人の聖使は、このエリーヌ・ペローが使の聖女だと皆気づいている。

 セスランが召喚されたほぼ同じころ、他の三人の聖使も代替わりをした。
 彼らは皆、強い魔力、竜の力を持つ。
 その任期は普通より長くなりそうだと、先代の聖使から聞かされていた。
 
 それならその間、わずかの楽しみも希望もなしでは気持ちがもたないだろう。
 慈悲深い竜后が夫に進言したらしい。
 本当にありがたくけっこうな話だ。
 
 エリーヌは聖使の慰労用。
 本命はもう一人の少女だと、誰が見てもわかる。
 
 ヘルムダール公国の跡継ぎとして育てられた公女、パウラ・ヘルムダール。
 ヘルムダール特有の細い銀糸の髪に、特徴的なエメラルドの輝く瞳。
 立ち居振る舞いは模範的な淑女のそれで、加えて飛竜を操る魔術騎士でもあった。
 文句のつけようもない。
 
「セスラン様のお気持ちは、わたしわかります。お妾さんの子供だって、そんなのセスラン様には関係ないから」

 幼稚な言葉で元気づけてくるエリーヌに、パウラ・ヘルムダールは俯いて視線を外した。
 エメラルドの瞳に、嫌悪や軽蔑が映っていたわけではなかった。
 ただ一人の伴侶を生涯愛し抜く竜族にあって、庶出とは聞こえの良いことではない。
 触れないように、見ないフリ聞かないフリを保つ。
 パウラの態度は、高位の姫として礼にかなっている。
 
「セスラン様の本当のおかあさんって、もう亡くなってるんですよね? ゲルラに入る前は、どこに住んでたんですか?」

 エリーヌが立て続けに質問してきた時に、それは起こった。
 
「いいかげんになさい」

 つかつかとこちらに近づいてきたパウラが、エリーヌを真正面に見据えて厳しい声を上げる。

「目上の方にしかもお許しもなく、して良い質問ではないわ」

 生まれのこと、育った環境のこと、父のこと母のこと、その他諸々。
 かなりデリケートな話題である。
 貴族の間では、よほど親しくならない限りこの手の質問はしない。
 
 なるほど……。
 視線を外して俯いたのは、エリーヌの無作法が気に障ったからか。

 そう気づいて、セスランは少しだけほっと気が緩むのを感じる。
 庶出を嫌ったからではない。
 恥じることもなくデリケートな話題を口にするエリーヌにこそ、竜の姫パウラは苛立ったのだとわかって。

「畏れ多いことではございますが、あえて申し上げます。このような無作法は、許されるべきではありません。どうぞ然るべき方から、お叱りいただければと」
 
 当代の聖女、四人の聖使。
 おまえたちは何をしているのか。
 そうパウラは言いたいのだ。
 注意すべきはパウラではなく、聖女や聖使だろうにと。

 無作法だとパウラは怒る。
 聖女候補だとはいえ、エリーヌはヘルムダールの男爵家の娘に過ぎない。
 家格や身分から言って、セスランの許しなく質問できる立場にはない。
 ましてあのようなごく立ち入った質問など、セスランがただの貴族の青年であっても無作法だ。
 
 ごくまっとうなことだった。
 けれどセスランには新鮮だった。
 これまでセスランのために、まっとうな怒りを示したものはいなかったから。
 
 昂然と頭をもたげ背筋をしゃんと伸ばした後、腰をかがめてパウラは綺麗なお辞儀をして見せる。
 
「どうぞよろしくお願いいたします」
 
 誰が見ても明らかだ。
 本命の候補、本物の竜の姫君。
 三人の聖使の、視線の温度が変わる。
 そして多分、セスラン自身の視線の温度も変わっているのだろう。
 
 本命の、本物の竜の姫。
 次代の聖女、つまり黄金竜オーディの側室になる姫だ。
 惹かれても、その先はない。
 庶出どころか半竜であるセスランが、竜族の頂点に立つ黄金竜と競うなどはなから考えられない。

(かなわぬ夢はみないことだ)

 目を閉じて軽く首をふったセスランの腕に、柔らかい腕がからみつく。

「セスラン様~。聞いちゃいけないことだったんですか? ごめんなさい。わたし、知らなくて……」

 うるうると涙の浮かんだ、ソーダ水の瞳が見上げていた。
 聖使用の聖女候補。
 わかりやすすぎる偽物。
 己の立場がただ情けなく疎ましかった。

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