【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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第三章 我が唯一は

20.望んではいけない(SIDE セスラン)

 二人の聖女候補による試験は、本当に形ばかりのものだった。
 一般教養の段階で、競うだけ無駄だと誰の目にも明らかだ。
 歴史、文芸、政治経済、語学、礼儀作法。
 どれをとってもパウラの圧倒的優勢だ。

 それにもかかわらず、劣勢のエリーヌはまるで気にしていない様子だ。
 
 黄金竜オーディももう少しマシなものを送り込めば良いものを。
 当代聖女をはじめ聖使は皆ため息をついている。
 だが黄金竜オーディや竜后のお気持ちであれば、表立って批判もできない。
 皆気遣うばかりだ。
 エリーヌの無作法や無知を、曖昧な微笑でやり過ごす。
 そんな日々が続いた。

 試験も後半に入る頃、課題は実践編に移っていた。
 セスランが正試験官として担当したのは、南の大陸ゲルラ公国で起こる紛争の平和的解決支援だった。
 
 ゲルラでは日常的に起こる白虎族と公国の争い、そのうちのひとつ。
 今回の争いは白虎の女を公国の騎士が連れ去った、そのことが原因である。
 女は白虎王族に連なる者で、ゲルラの騎士によって攫われた。
 そう白虎側は申し立てている。
 女の返還と連れ去った騎士への制裁が、彼らの要求だ。
 当然竜族ゲルラが、素直に頷くわけもない。
 白虎の里とゲルラ公国との境で、今もにらみ合いが続いている。

「どうしてさらったりするんですかぁ? お嫁さんにほしいと申し込めばいいのに」

 事件の概要を説明したセスランに、二人の候補のうちの一人、エリーヌが不思議そうな声をあげた。

「白虎も白虎ですよね。お互いに好きあってるんだったら、邪魔することないのに。それに竜族になれるんですよ~、その白虎の人。王族と言っても、所詮蛮族じゃないですかぁ。ぜったい竜になった方が良いと思う」

 無作法無礼な言葉に免疫のあるセスランでさえ、眉を顰めるほど無神経な言葉だった。
 罪の意識などまるでないのだから、注意しても何が悪いのかはわからないだろう。
 わからないものに注意するだけ無駄だ。
 あきらめてやり過ごそうとする。

「所詮、男爵家の娘ね」

 凛と透き通る声で、パウラが短く言い放った。

「ひどいわ。なんでそんなこと!」

 真っ赤になって食ってかかるエリーヌの大きな瞳には、悔し涙が浮かんでいる。
 この少女にとっての地雷は二つ。
 身分のこと、父親が恋人を作って出て行ってしまったこと。
 そのうちのひとつを、パウラが口にしたのだ。

「男爵家の娘だからなによ? パウラなんかたまたま大公家に生まれただけでしょ。たまたまがそんなにエライの!?」

 あら、とパウラは目を丸くする。

「たまたま白虎に生まれたこと、竜に生まれたこと、そこに優劣があるのでしょう? てっきりわたくし、たまたま男爵の娘に生まれたけれど、男爵なんだから劣っていると言われても仕方ない。あなたはそう考えているのだと思っていたわ」

 辛辣な皮肉を極上の微笑にのせて、パウラは返した。

「それとも、自分は良いけど他人はダメということかしら?」

 切れ長のエメラルドの瞳がきらりと輝いて、無作法で無知な少女を威圧する。
 
 放っておいても良いはずだった。
 自分とエリーヌの能力の差が、わからないパウラではない。
 あきらかにはるかに劣るとわかっている相手の言い草だ。
 真面目に取り合う必要はない。
 むしろとりあえば、泣いたりわめいたりされて面倒なことになる。
 関わらないのが賢い対応だ。
 
 それなのに、パウラは口を出した。

「ひどい……。わたしはただ本当のことを言っただけなのに」

 ほらやっぱり、とセスランはため息をついた。
 エリーヌはぐすんぐすんと、派手に泣き始める。
 パウラは肩をすくめて、彼女に背を向けた。
 見計らったように、さらに声をあげて泣き出すエリーヌ。
 セスランは正試験官だ。
 立場上、場を収めなくてはならない。
 
「わかった。もう泣くな。悪気はなかったのだろうが、おまえの発言が不用意だったのは確かだ。次から気をつければ良い」

 不本意ながらセスランは、不器用な慰めの言葉をかける。
 ぱぁっと輝くソーダ水の瞳。
 濡れたまつ毛をぱしぱしと上下させて、エリーヌはセスランの腕にしなだれかかる。

「わたし本当のことを言っただけなんです。悪気なんて、ぜんぜんないんです」

 つんとそっぽを向いたパウラがどんな表情をしていたか、セスランからは見えない。
 けれど地竜の聖使アルヴィドが、彼女の側に近づいて何か話しかけているのを見ると、胸の奥にちりりと不快な熱が走った。

(近づくな)

 浮かんだ言葉に、セスランは動揺した。
 何を今、自分は思った。
 近づくななどと。
 パウラはセスランのものではないというのに。

 目の端に入るアルヴィドの美貌が、セスランの胸の熱をさらに上げるようだ。
 美貌で知られるヴォーロフの、その中でも群を抜くと言われた秀麗な美貌。
 ヴォーロフ特有の黒に近い緑の髪、針葉樹のような深い緑の瞳をしている。
 竜の中の竜、純粋な地竜の血を継ぐ証が、アルヴィドの美貌だ。
 それが目障りだった。
 パウラの側にあの男が立つ。
 純粋な竜の男が。
 
(何を考えているのか)

 我に返って、セスランは目を閉じて首を振った。
 
「セスラン様?」

 セスランの左腕にしなだれかかる偽物が、甘ったるい声で彼の名を呼ぶ。

(私にはこれで十分だと、そういうことか?)

 乾いた笑いが口元に浮かんだ。

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