【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

文字の大きさ
21 / 37
第三章 我が唯一は

21.触れ合う心(SIDE セスラン)

 白虎の里は、険しい山に囲まれた寂しい場所だ。
 遠い昔、その里の片隅にセスランは母と暮らした。
 荒れた土地は痩せて、水さえ満足に手に入らないような場所だった。

 セスランがそこを出たのは、いつだったか。
 気の遠くなるほどの年月が流れ、今はもう知り人など1人もいない。
 
 けれどその寂しい景色は、記憶にあるまま少しも変わっていなかった。
 幼い子供の背丈ほどの茅が生い茂り、雑穀の畑がぽつぽつと見えた。
 空腹で空腹で仕方なくて、茅の実を集めて食べたこともあった。
 セスランはほろ苦く思い出す。

「こんなとこに住める人、いるんですか?」

 相変わらず無神経なエリーヌは、感じたままを口にする。
 ため息をつく気力も失せていた。
 黙殺して、天幕を張る平地を探した。
 ここは既に白虎の支配地で、危険地帯だ。
 そこにあえて野営するのは、白虎の王族と極秘裏に接触するためだった。
 白虎の都から少し離れたここなら、それがかなう。
 そうセスランは判断した。

「ごはんの準備、わたししますね!」

 持ってきた荷物の中から、エリーヌは彼女おすすめの携帯食を取り出した。
 彼女いわく、「非常時でも贅沢においしく」が宣伝文句の、一流料理店の携帯食らしい。

「それはまたにせよ」

 贅沢はまずい。
 既に白虎の支配地で、あちこちから冷たい監視の目がセスランたちに向けられている。
 そこで危機感、緊張感もなく、贅沢な食事をとるなど自殺行為だ。
 できるだけ質素に控えめにしているが良策だろう。
 
 ここは少々味気なくとも、加熱の要らない携帯食でしのぐか。
 そうセスランが思いを巡らしていると、ぱちぱちと薪のはぜる音がした。
 火の前に座り込んだパウラが、鍋に蓋をしている。
 強火の炎の上に吊り下げられた鉄鍋は、すぐにグラグラと煮立ったようで、パウラは薪を数本取り除いて中火に調整してのけた。
 穀類の煮立つ、ほの甘い香りが辺りに漂っている。

「茅の実のお粥です。白虎の方々がおいでになるかもしれませんでしょう? 少し多めに作っておきましたわ」

 ヘルムダールの姫君が、茅の実の調理方法を知っているのか。
 セスランの驚きは顔に出ていたのだろう。くすりとパウラは小さく笑った。

実家ヘルムダールは豊かではありませんの。家格だけはやたらに高いのですけれど、それに見合う財力はありませんから。普段はとても質素に……と言えば聞こえは良いですけれど、雑穀の煮炊きはしっかり仕込まれましたわ」

 こんなところで役にたつとは思わなかったと言いながら、パウラはぐつぐつと音を立てる鍋の蓋を少しだけずらした。
 しゅうと白い蒸気が上がり、甘い香りが強くなる。

「わたくし、なんでも負けるのは嫌いなんですの」

 料理でもなんでも、「できない」と言われるのが嫌なのだそうだ。
 
「でも今回は、少しだけズルをしましたわ。茅の実、あらかじめふやかしたものを持ってきましたから。だって時間がないの、わかっていましたもの。ズルはズルですけれど……」

 仕方なかったのだと、紅い唇を尖らせて言い訳をする顔に、セスランは笑ってしまう。
 なんとかわいらしい。
 つんと澄ました竜の姫。
 垣間見た姫の素顔が、セスランの胸を温かくする。

「パウラは、そんな表情かおもするのだな」

 思わずこぼれ出た。
 
「パウラは白虎を疎ましく思わぬのか?」

 パウラは静かに首を振った。

「お目にかかったことがありませんもの。会ったこともない方を嫌ったり好いたり、できませんでしょう?」

 人は皆平等だとか、等しく尊い存在だとか、絵空事を言われればなるほどヘルムダールの姫らしいと思ったことだろう。
 けれどそうではなかった。
 この瞬間。
 セスランは自分に引導を渡した。
 パウラに惹かれている。
 セスランの心が、パウラを求めていることを素直に認めた。
 どうして惹かれずにいられよう。
 おのが目で見たものだけを信じると、そう言い切ったその人に。

「白虎の男と恋ができるか?」

 思わず口にしていた。
 意外な質問だったのか、パウラは首をわずかに傾げている。
 うーんと少しの間考えて、「はい」と答えた。

「できるとかできないとか、そんな構えた感じではなくて。そもそもお目にかかったこともありませんので、あくまでも想像でしかお答えできませんが、その方を好ましいと思えばきっと」

 好きになると決めてから人を好きになるのか。
 問い返されてセスランは「いや」と首を振る。
 
 駆け落ちしたらしい白虎の姫とゲルラの騎士も、いつのまにか好き合っていたのだろう。
 反対されるとわかっていても、そうなってしまった。
 それは仕方のないことだと、セスランも思う。
 だがそれはセスランが白虎と竜の混血だからで、純血の竜にとってはそうではないと思っていたのに。
 
「そう……か」

 多分今、セスランは緩み切った表情かおをしているはずだ。
 気恥ずかしさにふいと横を向く。
 言ってしまおうか。
 彼の秘密、恥ずかしい秘密を。
 内心でもんどりうって葛藤するセスランを前に、パウラはあっと小さく声をあげた。

「もうそろそろですわ。火からおろさないと!」

 茅の実の粥ができあがったらしい。
 急いで火から下ろして、鉄鍋を乾いた厚手の布でぐるぐると包む。

「いい感じですわね」
 
 彼女の注意は、もうすっかり茅の実の粥に移ったらしい。
 満足げに鉄鍋を眺めている。
 切ない記憶を呼び起こす茅の粥であったが、今日ばかりは恨めしい。
 後少し、少しだけで良い。
 もう少し後に炊き上がってくれていたら……。
 茅の実の粥。
 幼い頃によく食した懐かしいそれを、嫌いになりそうだとセスランは思った。

あなたにおすすめの小説

『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい

歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、 裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会 ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った 全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。 辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか

あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。 「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」 突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。 すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。 オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……? 最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意! 「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」 さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は? ◆小説家になろう様でも掲載中◆ →短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸
恋愛
竜神都市アーガストに三人の聖女が召喚されました。バツイチ社会人が竜神のお手当てをしてさっくり日本に帰るつもりだったのに、竜の神官二人に溺愛されて帰れなくなっちゃう話。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

惨殺された聖女は、任命式前に巻き戻る

ツルカ
恋愛
惨殺された聖女が、聖女任命式前に時間が巻き戻り、元婚約者に再会する話。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。