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第三章 我が唯一は
25.次は間違えない(SIDE セスラン)
海が消えていた。
ふわふわと浮遊する感覚に、セスランはここが現世の空間ではないと気づく。
白い光に包まれたここは、春の陽だまりの中にいるようだ。
暖かく心地良い。
「来るだろうと思ってたけどな。案外遅かったな」
セスランの前に、白いトーガの青年が姿を現した。
白く短い髪を適当に後ろに流した彼は、鮮やかなサファイヤブルーの瞳をしていた。
(白い髪と青い瞳……。白虎の王族か?)
「俺はこっから動けねえんだ。で、おまえの心をちょっとだけ触った。悪く思うなよ?」
明るくすこしばかり高い声は、十代の少年のようだ。
けれど少年ではない。
青年か、老人か。
それさえわからない。
ただ……。
人ではない。
そう直感した。
「あなたは白虎所縁の方か」
所縁とは、おそらく不敬だろう。
けれどいきなり正体の名を呼ぶのは、もっと不敬だ。
控えめな表現に留める。
長く聖使を務めたセスランには、わかっている。
おそらくは白虎の始祖、その人。
「おまえが考えてること、それで間違ってねーぜ。まあな、竜に負けた白虎だからな。みっともなくて威張って名乗れる身じゃねぇが、そういうことだ」
白虎の一族に、神と崇められる存在だ。
その彼は案外気さくで、肩をすくめて照れたように笑っている。
「俺に力があれば、一族は強気で戦争するだろ? 昔、竜とやりあったのだって俺がアイツらを止められなかったからだ。俺はずぅっと長いこと、黄金竜のクソやろーに力を封じられてたからよ。まあ戦争が起こんないんだから、悪くもねえだろ?」
セスランは頷いた。
小さな紛争は絶えずあったけれど、一族がことごとく死に絶えるような大きな戦は起こっていない。
だがその代わりに、失ったものもある。
先祖伝来の領土、白虎族の名誉。
竜に虐げられ、蛮族と蔑まれ、寂れた土地で細々と生きてゆかねばならない。
「そうだな。それはちっと面白かねーよな。おまえとおまえの母親、かわいそうなことをしたよな。気になってな、おまえの母のことはずっと見てたんだ。最期までおまえを心配してたぞ。そんで最期に俺に祈ったんだ。おまえを守ってやってほしいと。だから呼んだってわけだ。昔、竜に俺らが負けちまった、そのわりを食わせちまったからな。詫びのひとつも言っておこうと思ってよ」
神に近い存在のくせに、なんとも口が悪い。
昔のセスランなら眉を寄せていたところだ。
幸か不幸か、エリーヌで慣らされて、今はさほど気にならなくなっていた。
それよりもっと気になる、いや気に入らないことがあった。
(詫びのひとつも言っておこう?)
いまさらなにをと乾いた笑いが浮かんだ。
今はもう、ほうっておいてほしいだけだ。
セスランはゆるく首を振った。
「もうおかまいくださいますな。私はただ静かに暮らせれば、それで十分です」
「そうか? おまえが欲しいものをくれてやると俺が言っても?」
サファイヤの瞳が、いたずら気に輝いている。
「正確には、機会をやる……というところだけどよ」
欲しいもの。
そう聞いて、すぐに浮かんだのは銀の髪をした竜の姫。
けれど到底かなわぬ夢だ。
半竜である自分に、けして彼女は得られまい。
たとえ何度生まれ変わったとしても。
「白虎の血を継ぐのは、この身の半分です。残る半分は、竜の血。白虎でも竜でもないこの身に、得られる方ではありません」
頑なに首を振ると、サファイヤの瞳が不思議そうにセスランを覗き込む。
「おかしなことを言うよな。おまえは竜で、白虎でもあるってことだぜ? それもゲルラ公家と白虎の王族の血を継いでる。どっちの一族の中でも高貴な存在じゃねぇか。めでてぇことじゃないか」
竜でもなく、白虎でもないと、そう自ら嘆いてきた。
けれど始祖は言う。
竜であり、白虎でもある。
それはめでたいことなのだと。
知らぬ間に、涙がこぼれていた。
「おまえに辛い思いをさせたのは、俺が悪かった。もう少し早く、手を貸してやりたかったんだがよ。いまさら詫びと言っても遅すぎると思うかもだけどよ。なんにもしねぇより良いだろ? もう一度、あの竜の姫と出会いからやり直す機会をやるよ」
始祖は明言した。
「あの姫も、この先の未来で転生を望むらしいからよ。黄金竜の女房は、かなりヤバい女だからな。このまま済ませちゃかわいそうだ。あの姫が転生する時間軸に、おまえを落としてやるよ。だから次は怯むんじゃねぇぞ」
始祖はセスランの両の肩に、ぽんと手をかけた。
「もう一度言っとくぜ? おまえはは竜であり白虎でもあるんだ。自分の価値を間違えんなよ」
次第に遠くなる声。
白い光。
暖かい空気。
ふつりと切れて、漆黒の闇に放り出される。
やがて眩しい白い光がセスランを包み、その身体を押し出して。
そこは懐かしい黄金竜の泉地だった。
戻ってきたとすぐにわかる。
身に着けた衣装、装身具のひとつひとつが、すべて聖使であった頃そのままだ。
問題は、いつの時点かだ。
できれば聖女選抜試験の始まる、ずっと前であればと願う。
「ヘルムダールの大公から、本日の出仕は控えたいと申し出がありました」
聖使付きの神官の声に、セスランは瞬時に顔を上げる。
「理由は?」
「大公ご息女の八歳のお誕生日だという……」
「娘の名は?」
神官の言葉を遮って、セスランは早口で問い返す。
「お名は……。パウラ様と」
木製のボードに挟んだ書類に目を落とした神官の声。
セスランの背を歓喜が貫いた。
(感謝いたします。白虎の始祖よ)
ヘルムダール公女時代のパウラの誕生日だ。
こんな知らせを聞くなど、前世にはなかった。
セスランの転生でなにかが狂ったか、それともパウラの転生でか。
いずれにせよ、新しい出会いがこれから始まる。
もう間違えない。
逃げた先に何があるか知った今、もう二度と自分の気持ちをごまかすことはしない。
パウラを必ず妻にする。
相手が黄金竜であっても、けして譲らない。
「ヘルムダールに下りる。急ぎ仕度せよ」
セスランの声は、明るく華やいでいた。
ふわふわと浮遊する感覚に、セスランはここが現世の空間ではないと気づく。
白い光に包まれたここは、春の陽だまりの中にいるようだ。
暖かく心地良い。
「来るだろうと思ってたけどな。案外遅かったな」
セスランの前に、白いトーガの青年が姿を現した。
白く短い髪を適当に後ろに流した彼は、鮮やかなサファイヤブルーの瞳をしていた。
(白い髪と青い瞳……。白虎の王族か?)
「俺はこっから動けねえんだ。で、おまえの心をちょっとだけ触った。悪く思うなよ?」
明るくすこしばかり高い声は、十代の少年のようだ。
けれど少年ではない。
青年か、老人か。
それさえわからない。
ただ……。
人ではない。
そう直感した。
「あなたは白虎所縁の方か」
所縁とは、おそらく不敬だろう。
けれどいきなり正体の名を呼ぶのは、もっと不敬だ。
控えめな表現に留める。
長く聖使を務めたセスランには、わかっている。
おそらくは白虎の始祖、その人。
「おまえが考えてること、それで間違ってねーぜ。まあな、竜に負けた白虎だからな。みっともなくて威張って名乗れる身じゃねぇが、そういうことだ」
白虎の一族に、神と崇められる存在だ。
その彼は案外気さくで、肩をすくめて照れたように笑っている。
「俺に力があれば、一族は強気で戦争するだろ? 昔、竜とやりあったのだって俺がアイツらを止められなかったからだ。俺はずぅっと長いこと、黄金竜のクソやろーに力を封じられてたからよ。まあ戦争が起こんないんだから、悪くもねえだろ?」
セスランは頷いた。
小さな紛争は絶えずあったけれど、一族がことごとく死に絶えるような大きな戦は起こっていない。
だがその代わりに、失ったものもある。
先祖伝来の領土、白虎族の名誉。
竜に虐げられ、蛮族と蔑まれ、寂れた土地で細々と生きてゆかねばならない。
「そうだな。それはちっと面白かねーよな。おまえとおまえの母親、かわいそうなことをしたよな。気になってな、おまえの母のことはずっと見てたんだ。最期までおまえを心配してたぞ。そんで最期に俺に祈ったんだ。おまえを守ってやってほしいと。だから呼んだってわけだ。昔、竜に俺らが負けちまった、そのわりを食わせちまったからな。詫びのひとつも言っておこうと思ってよ」
神に近い存在のくせに、なんとも口が悪い。
昔のセスランなら眉を寄せていたところだ。
幸か不幸か、エリーヌで慣らされて、今はさほど気にならなくなっていた。
それよりもっと気になる、いや気に入らないことがあった。
(詫びのひとつも言っておこう?)
いまさらなにをと乾いた笑いが浮かんだ。
今はもう、ほうっておいてほしいだけだ。
セスランはゆるく首を振った。
「もうおかまいくださいますな。私はただ静かに暮らせれば、それで十分です」
「そうか? おまえが欲しいものをくれてやると俺が言っても?」
サファイヤの瞳が、いたずら気に輝いている。
「正確には、機会をやる……というところだけどよ」
欲しいもの。
そう聞いて、すぐに浮かんだのは銀の髪をした竜の姫。
けれど到底かなわぬ夢だ。
半竜である自分に、けして彼女は得られまい。
たとえ何度生まれ変わったとしても。
「白虎の血を継ぐのは、この身の半分です。残る半分は、竜の血。白虎でも竜でもないこの身に、得られる方ではありません」
頑なに首を振ると、サファイヤの瞳が不思議そうにセスランを覗き込む。
「おかしなことを言うよな。おまえは竜で、白虎でもあるってことだぜ? それもゲルラ公家と白虎の王族の血を継いでる。どっちの一族の中でも高貴な存在じゃねぇか。めでてぇことじゃないか」
竜でもなく、白虎でもないと、そう自ら嘆いてきた。
けれど始祖は言う。
竜であり、白虎でもある。
それはめでたいことなのだと。
知らぬ間に、涙がこぼれていた。
「おまえに辛い思いをさせたのは、俺が悪かった。もう少し早く、手を貸してやりたかったんだがよ。いまさら詫びと言っても遅すぎると思うかもだけどよ。なんにもしねぇより良いだろ? もう一度、あの竜の姫と出会いからやり直す機会をやるよ」
始祖は明言した。
「あの姫も、この先の未来で転生を望むらしいからよ。黄金竜の女房は、かなりヤバい女だからな。このまま済ませちゃかわいそうだ。あの姫が転生する時間軸に、おまえを落としてやるよ。だから次は怯むんじゃねぇぞ」
始祖はセスランの両の肩に、ぽんと手をかけた。
「もう一度言っとくぜ? おまえはは竜であり白虎でもあるんだ。自分の価値を間違えんなよ」
次第に遠くなる声。
白い光。
暖かい空気。
ふつりと切れて、漆黒の闇に放り出される。
やがて眩しい白い光がセスランを包み、その身体を押し出して。
そこは懐かしい黄金竜の泉地だった。
戻ってきたとすぐにわかる。
身に着けた衣装、装身具のひとつひとつが、すべて聖使であった頃そのままだ。
問題は、いつの時点かだ。
できれば聖女選抜試験の始まる、ずっと前であればと願う。
「ヘルムダールの大公から、本日の出仕は控えたいと申し出がありました」
聖使付きの神官の声に、セスランは瞬時に顔を上げる。
「理由は?」
「大公ご息女の八歳のお誕生日だという……」
「娘の名は?」
神官の言葉を遮って、セスランは早口で問い返す。
「お名は……。パウラ様と」
木製のボードに挟んだ書類に目を落とした神官の声。
セスランの背を歓喜が貫いた。
(感謝いたします。白虎の始祖よ)
ヘルムダール公女時代のパウラの誕生日だ。
こんな知らせを聞くなど、前世にはなかった。
セスランの転生でなにかが狂ったか、それともパウラの転生でか。
いずれにせよ、新しい出会いがこれから始まる。
もう間違えない。
逃げた先に何があるか知った今、もう二度と自分の気持ちをごまかすことはしない。
パウラを必ず妻にする。
相手が黄金竜であっても、けして譲らない。
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