【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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第四章 相愛の竜

26.パウラ、リベンジを始める

 ゲルラ公国での実践課題が初っ端しょっぱなで、これにはパウラも驚いた。

 前世の実践課題の地は、水竜のヴァースキー公国から始まった。

 次は風竜のヴェストリー公国、地竜のヴォーロフ公国と続いて、最後に火竜ゲルラ公国だった。

 ここでもやはり、少しずつ展開が違っている。


 水竜のヴァースキー公家は父テオドールの実家だ。

 だから前世でも、大公や公子には特に親切にしてもらったと思う。

 そういえば、エリーヌがむくれていたっけ。

 思い出すと、ちょっといい気味だと笑えてしまうのは内緒だ。


 風竜のヴェストリー公家は、もともと自由な家風だ。

 あれこれ煩いことを言われないから、前世ここでもかなり快適に過ごさせてもらった。

 

 反対にヴォーロフとゲルラは気が重かったものだ。

 この二公家が治める地には、竜以外を始祖とする一族が多く住んでいる。

 そこでは異種族間の諍いは日常茶飯事だ。

 そんな緊張感のつきまとう国柄だから、楽な気分ではいられない。


(特にゲルラは……。セスランには悪いけど、あそこはナいわ)

 

 ゲルラ公国は、とにかくがっちがちの階級社会なのだ。

 大公が一番エラいのは当然。

 その下の侯爵から男爵まで、これも貴族だからまあエラい。

 ここから下は平民だ。

 

 ゲルラの社会は、貴族かそうじゃないかの二層で成り立っている。

 そこではみな、生まれた時の身分を変えることはできない。

 だから異なる階級との婚姻など、ありえない。

 まして異種族間でなどと。

 とんでもない話だった。

 

(たしか今回問題を起こした騎士は、準騎士だったわね)


 準騎士とは、平民出身の騎士のことだ。

 一代限りの爵位で、一応は準貴族の扱いを受ける。

 その男が白虎の女と恋仲になったというのだから、周りはどれほど慌てただろう。


 試練の儀と呼ばれる実践課題は、幸いにして前世と同じ内容だった。

 ゲルラ公国の地図を広げて、パウラはその南の端に印をつける。

 白虎の里。

 ここがそうだ。




 一人で思考の整理を進めながら、パウラは逃げた騎士の経歴を眺めている。

 かなり苦労して騎士になったようだ。

 重い溜息をついた。


(開き直れば良かったのに。いざとなれば亡命だってできたはずよ)


 経歴を見る限り、かなり優秀な男だ。

 それなのに準騎士とは、あきれた話だと思う。


(こういうところが、ゲルラなのよ。エラそうなんだから)

 

 騎士は技量と体力、それに精神がワンセットだ。

 本来この三点のみ評価されるべきじゃないのか。

 家柄や人脈は、あっても良いがなくても特にかまわない。

 そんな程度のもの。

 

 準騎士は、厳しい訓練と試験を経て叙勲されると聞く。

 それならばその段階で、既に技量、体力、精神の三点は、評価基準を満たしているはずなのに。


「まったく、ゲルラはなにもかもが時代遅れというか、古臭いというか。権威主義も結構だけど、いい加減にしないと、今に優秀な騎士がみんな国からいなくなるんだから」


 誰もいないから、つい声に出してしまった。

 そのくらいうんざりしている。

 

 こんなだから、白虎族ともうまくつきあえないのだ。

 どっちが上とか下とか。

 どうしてそうやって順位をつけたがるのだろう。

 他人がつけた順位に、黙って従う人間ばかりではない。

 そんな簡単なこともわからないのかと不思議だ。


 まあそういうパウラも、他人のことは言えないわけで。

 前世のパウラは教えられたとおり、黙って数千年の飼殺し人生に耐えた。

 特に疑問も持たず、そういうものだと聖女になった自分を、今となってはバカじゃないかと思う。

 過ぎてみないとわからないこともある。

 そんなものかもしれない。


 そこでだ。

 過ぎてみてわかった今のパウラだ。

 今回の課題であるトラブルについて、前世とは別の解決策があるんじゃないかと思う。

 

 前世の彼らは捕らえられ、引き裂かれ、白虎の王女は命を絶った。

 そうするのが当然と思ったか、それとも別の思いだったのか。

 他人の心はわからないけど、好んで自ら命を絶つ人などいない。

 

 やり直すお手伝いができるといい。

 そう思って、パウラは思案を巡らした。

 

(逃がしてあげよう。ヴェストリーへ)


 もちろん二人に逃げる覚悟があるのならなんだけど。

 手助けはできるけど、結局のところ逃げるのは彼らだ。

 ゲルラと白虎、双方からの追手を振り切る程度の覚悟は要る。

 

 白虎の女は王族らしいから少し面倒かもしれない。

 でも本人たちがその気なら、逃げて逃げ切れないことはない。

 

 二人の意思で逃げたとなれば、それ以上争いを続ける理由がない。

 それでももし続けようとすれば、黄金竜の泉地エル・アディからの仲裁が入るはずだ。


 それにこの課題については、前世と同じ結末にしたくない理由がある。

 前世、この課題解決後に何があったか。


 セスランとエリーヌがそ・う・な・っ・て・しまった。

 そして聖女試験は、あの時実質的に終了した。


「二度はさせないわ」


 冗談ではない。

 真摯に試験に向き合ったパウラを、エリーヌは嗤わらった。

 飼殺しの聖女には、パウラの方がずっと相応しいと。

 

 義務に真摯に向き合ったこと、生真面目に責任を果たすこと。

 そういうまっすぐな生き方を、要領の悪いバカな生き方だと鼻先で嗤ってくれたのだ。

 

 自分でも不器用だと知っている。

 それをあらためて他人から指摘されて笑われた。

 前世のパウラはただ情けなく悲しかったものだ。

 

 どうしてこう貧乏くじを引く性分なのか。

 それでもなんでもないフリを装う自分は、どうしてこう意地っ張りなのか。

 本当は要領のいい誰かからいつも嗤われているのに。

 

 けれど今生は違う。

 いや、違わせなければ。

 そうでなければやり直した意味がない。

 

 不器用で意地っ張りだから、それがどうした。

 パウラがそれについてため息をつくのは良い。

 でも他人から嗤われたり、まして利用されたりしていいはずがない。


 エリーヌの武器は、無邪気で元気でかわいらしいフリを恥ずかしげもなく演じ切るその度胸だ。

 残念ながらパウラには、まったく太刀打ちできないスキルの高さだ。

 

 だから同じスキルで競ってはいけない。

 競うなら、パウラの長所でこそ勝負しなければ。

 

 ここではたと、思考が止まる。

 欠点、足らないところ、コンプレックスならすぐに挙げられる。

 けれど優れているところとなると、ひとつも自信がない。

 

 名門大公家に生まれたこと。

 ヘルムダールらしい容姿をしていること。

 嫡子に相応しい教育を受けてきたこと。


 それらを他人は褒めてくれるけど、それはパウラが努力して得たものじゃない。

 生まれながらに持っているもの、あるいは両親のおかげで身についたものだ。

 二度目の生で、前世の自分の考えなしさに気づいたパウラだ。

 自己肯定感はとびきり低い。

 

 けれどこのままではマズいのだ。

 それもわかっている。

 エリーヌは他人の弱みを敏感にかぎつける。

 そこをピンポイントに攻撃してくるのだと、前世でしっかり体験したことだ。

 

 自分の核となるもの、侵しがたい芯のようなものは何だろうと考えて考える。


(こうして考えることかも……)

 

 考えなしであったなら、考えればいい。

 失敗した原因がわかっているのなら、同じ失敗を繰り返さないことだ。

 この経験による反省こそが、パウラの長所なんじゃないか。


(反省が長所なんて、なんだか情けないわ)

 

 でもこれが今のパウラの姿だ。

 素直に認めないと。

 

「なんだか力が抜けたわ」


 肩の重しが取れたようで、呼吸が楽になる。

 気張らずありのまま、よく考えて行動しよう。

 そうすればきっと、エリーヌの無邪気さやかわいらしさが偽物であると、セスランに気づかせる機会がくる。

 そこまで考えて、ふと首を傾げた。

 

「それにしても、ああいうべたべたしたの、セスランは本当に好きだったのかしら?」


 いまさらながら前世のセスランの選択を、パウラは不思議に思う。

 あの時はとにかくショックで、こんなことを考える余裕もなかった。

 けれど今あらためて思い返すと、あまりにも不自然なのだ。

 

 セスランは名門ゲルラの、四公家一気位が高いと言われるゲルラの男だ。

 言葉遣い、立ち居振る舞い、その教養、何もかもを揃えた貴公子中の貴公子。

 なのにその彼が、礼儀の「れ」の字もないエリーヌにどうして惹かれたのか。

 気の迷いと片づけるには、あまりに無理があり過ぎる。

 

「人の心なんてね、外から見ただけじゃわからないものだよ。時に自分の心の中だって、わからなくなるものなんだから」


 父テオドールが、以前言ったことがある。

 セスランもそうなのだろうか。

 パウラに見せてないだけで、エリーヌには違う顔を見せていたのか。

 

「あまり良い趣味だとは思えないわ」


 ぽつんと口にして、蘇る前世の記憶、エリーヌの隣に立ったセスランの姿を否定する。

 別にパウラに認めてもらう必要など彼にはなくて、パウラがエリーヌをどう評価するかなど、それこそセスランにしてみれば余計なお世話で。

 

 なのにどうしてこんなに気に障るのか。

 教養も品もなく、無邪気なふりをして実は性悪のエリーヌだ。

 普段のパウラなら相手にもしないだろうに。

 なぜこんなに腹立たしい。


 ちりっと胸の奥に、小さな火がついたような、針でちくんと刺されたような感覚が気持ち悪かった。

 

 首を振って、パウラは現実に立ち戻る。

 感傷的になっている場合ではない。

 とにかく前世の再演だけは避けなければ。

 飼殺しの聖女になど、誰がなってやるものか。

 そのためには、あのエリーヌを好き勝手させるわけにはいかないんだから。


 あの運命の夜、セスランとエリーヌを二人きりにしてしまった。

 あの愚は、二度と繰り返さない。


「二人きりにさせないことね。まずはそこからだわ」


 単純なことだからこそ、案外に難しい。

 けれどやるしかない。

 大きく息を吸って吐く。

 負けるわけにはいかないのだから。

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