【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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第四章 相愛の竜

27.パウラ、二度目を変える

 高く険しい山は、万年雪の帽子を被っている。
 そこから吹く風は季節を問わず冷たくて、作物の生育に影響する。
 
 小麦やコメのような穀類はまず無理だ。
 冷気に比較的強い雑穀のみが、わずかに育ってくれる。
 
 それだけでは一年分の必要量に届くはずもない。
 補うための芋や豆の畑もあちこちにあるみたいだが、採れる芋や豆は痩せて小さなものばかり。
 この辺りの人々が食べていくには、到底足りない。
 いつも食糧は不足している。
 
 ゲルラの一部でもある白虎の地。
 そこはそんなところだった。

 パウラたちは、白虎の里から少し離れた地に野営の天幕を張った。
 
「白虎の者は警戒心が強い。これでも近すぎるくらいだ」
 
 セスランが指示を出す。
 前世の記憶のとおりだ。
 ぶうっとふくれっ面をしたエリーヌの言葉まで同じ。

「え~。もう少し川の側とか。マシなとこにしましょーよ」

 その不満はあっさり黙殺される。
 
「今夜はここで野営する。もうここは白虎族の土地だ。そのつもりで気を抜かぬように」

 セスランの声は、ピンと張りつめていた。
 ここは既に安全ではない。
 おそらく白虎の偵察隊が、あちこちに潜んでこちらをうかがっているはずだ。
 

「ごはんの準備、わたししますね!」

 これも記憶どおりだ。
 エリーヌがいいところを見せようとする。

「白虎の人にも出してあげられるように、たくさん持ってきたんですよ」

(え……?)
 
 パウラは一瞬耳を疑った。
 前世とは違う展開だ。

(エリーヌが白虎に気を遣った?)

 ありえないことが起きている。
 けれどそれは現実で、エリーヌはオートミールの箱を取り出した。

「これでお粥、作りますね」

 「非常時でも美味しい携帯食」ではない?
 こんなまずいもの、誰が食べるのかじゃない?
 
 パウラと同じ驚きが、セスランにもあるらしい。
 翡翠の瞳が訝し気に、エリーヌに向けられている。

「あんまり作ったことないから練習してきちゃいました。わたしが作ったらおいし~ですよぉ」

 乙女ゲーム!
 その言葉が浮かんだ。
 
 この世界は、ナナミの世界にあった「乙女ゲーム」とやらいうものによく似ているらしい。
 そしてエリーヌ・ペローは、そのゲームのヒロインなんだとか。
 
 それなら……。
 おそらくエリーヌは、ナナミと同じ世界からやってきた。
 乙女ゲームの記憶を持ったまま。
 だからセスランが望む行動を、あらかじめ予想できる。
 セスランの行動は、エリーヌの選んだ答えによって変わるのだそうだ。

(それなら行動と答えの組み合わせを知ってれば、セスランの行動が変わっても対応できるわ)
 
 エリーヌが前世とは違う行動をとる理由。
 きっとそれだ。

(これは厄介ね)
 
 前世の記憶を元に考えるパウラには、ちょっと困ったことになった。

(でも大きな流れが変わるわけじゃない)

 ここまでの経過を見て、パウラは確信している。
 それならば五分五分だ。
 エリーヌにゲームの知識があるのなら、パウラにだって前世の知識がある。
 
 ここから先はどちらが出し抜けるか。
 そこが勝負どころだ。
 
 とりあえず夕食の準備でエリーヌがしくじることはなさそうだ。
 無理にでしゃばるのは良くない。
 けれど全く無視すれば、それはそれで嫌味を言われる。
 だから一応、本当に一応の声をかけた。
 
「わたくしもお手伝いしますわ」
「あ、いいよ。パウラみたいなお嬢様には、お料理なんて無理でしょ?」

 エリーヌの笑顔には、わかりやすく険がある。
 こういうところが修行不足なのだが、それはパウラにとってありがたいことだ。
 性格まで良くなられたら、エリーヌのセスラン攻略が前世より簡単になってしまう。
 ぜひ引き続き根性悪でお願いしたい。

「そう。では、お願いいたしますわ」
 
 あっさり退いたパウラに、エリーヌは拍子抜けしたような表情をしている。

(言い返すわけないでしょう)
 
 ここで彼女との舌戦にのってやるなど、愚策も良いところだ。
 何を言われるか。
 言いそうなことはだいたい想像できるから。
 
 エリーヌに異世界の記憶があるのは確かのようだけれど、あまり上品な性質の前世ではなかったんだろう。
 選ぶ言葉、しかけてくる挑発は、こちらの女性の集まりでも時々目にする低俗なものがほとんどだ。
 ああいう手合いには、冷ややかな無反応が一番だとパウラは知っている。
 
 けれど、ひとつ困ったことがある。
 この後、パウラにはセスランとの憩いの時間があるはずだった。
 けれどそれは、パウラが茅の実でお粥を作ることが前提だ。
 夕食作りをエリーヌにとられてしまうと、その未来はない。

(困ったわ。どうしよう)
 
 眉を寄せていると。
 
「パウラ、辺りを見回りに行く。一緒にどうだ?」

 甘やかなテノールがごく間近で響く。
 びくりと肩を震わせて見上げると、声に似合いの極上の微笑があった。
 

「どうした?」
「は……い。お伴いたします」

 手を差し伸べられる。
 まるで舞踏会へでも出かけるようだ。
 寂しい枯草色の風景が、まばゆいシャンデリアの煌めく広間に変わるような完璧なエスコート。
 
 思わずパウラは微笑んだ。
 なんともセスランらしいと思ったから。
 完璧な礼法に従った所作と会話、やや堅苦しい印象はあるものの、優雅な物腰とそれに極上の美貌。
 燃えるような紅い髪、深い翡翠の色の瞳、すうっと高くとおった鼻梁は弦無し眼鏡がしっかり止まりそうだ。
 大きく、けれど薄く形の良い唇は艶やかで、透明感のある白い肌によく映えている。
 貴公子中の貴公子だ。
 

「あー! あつっ! 火傷しちゃいました~!」

 お粥を作ると張り切っていたはずのエリーヌが、突然大きな声をあげて蹲っていた。
 仮病……ではない。
 仮傷けしょう
 嘘のケガはなんというのだろう。
 パウラとセスランが出かけそうな様子に、とっさにケガを演じたのだろうと楽にわかった。
 正試験官の立場上、セスランは放っておけないから。
 
「アルヴィド、頼む。、手当を」

 ところが振り向きもせず、セスランは言った。
 
「仮にも聖女候補だ。己の傷くらい治せるはずだがな」

 副試験官のアルヴィドが、わかったと頷いてエリーヌの傍に寄る。
 パウラはただ驚いていた。

(どうして……。どうしてこんなに冷たいの?)
 
 嘘の火傷であったとしても、あまりにも露骨に嫌悪をしめし過ぎではないか。

「必要以上に関わりたくはない」

 天幕から三十分ばかり歩いたところで、セスランが苦笑して言った。

「あれは私のことを、なぜだかよく知っている。私の出自、心の闇。傍に寄れば、知らぬ間に耳に毒を注がれるようだ」

 セスランも気づいていたのか。
 話してもいないことまで知りすぎている、エリーヌの不思議な行動について。
 パウラだって、ゲームのことを教わっていなければ信じられなかったと思う。
 セスランにそれを言うべきか。
 もし言ったとして、信じてもらえるだろうか。
 
「だから私は、あの夜己の弱さに負けた。パウラを望む資格など自分にはない。 そう絶望した末のことだ」
 
 痛みと哀しみ、それに後悔と。
 セスランの暗く沈んだ声には、ごちゃまぜになった感情があった。


(あの夜? まさか前世のあの夜のこと?)
 
 エリーヌとセスランがそうなった、あの運命の夜。

「言い訳をさせてほしい。パウラ、私がそう言えば許してくれるだろうか」

 許してほしい。
 パウラの前に跪く。
 見上げた翡翠の瞳が、パウラの答えを乞うように揺れていた。

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