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第四章 相愛の竜
28.パウラ、理由を知る
「セスラン様……。もしやあなたも二度目なのですか?」
それは確認だった。
ほぼ間違いない。
幼い日に見た、あの蕩けるように優しい表情も声も。
それならばすべて腑に落ちる。
セスランは知っていたのだ。
少女だったパウラの行く先に何があるか。
そしてセスランとパウラに、どんな運命が待ち受けているかを。
セスランは静かに微笑んで、頷いた。
「パウラ、私には白虎の母と火竜の父の、両方の血が半分ずつ入っている。パウラが私から離れてゆくのが怖かった」
それはセスランの告解だった。
「白虎でも竜でもない者、それが私だった。どちらでもない。だからどこにも居場所がないと嘆き、恥じていた。その私の心の闇を、エリーヌは知っていた」
(やっぱりそうだったのね……)
想像どおりだ。
乙女ゲームとは、エンディングをプレイヤーの意思で選べるのだそうだ。
この世界がゲームの世界に酷似しているというのなら、セスランの事情をエリーヌは知っていた。
だからセスランの欲しい言葉が、エリーヌにはわかっていたのだ。
どんな言葉で囁けばセスランが揺れるか。
知った上でエリーヌは、セスランの存在を肯定し許し励ましたに違いない。
エリーヌだけがセスランを孤独と苦しみから救うことができる。
そんな風に思いこませたんだろう。
竜族の選民意識や排他性を、パウラはよく知っている。
ヘルムダールでは大公である母がそんな考えを嫌っていたから、表立って他種族をバカにするようなことはない。
けれど選民意識がまるでないかと言われると違う。
例えばパウラの父だ。
ヴァースキーから婿入りしてきた父には、他種族に対する侮りがあった。
当たり前のように、彼らを蛮族と呼んでいる。
ヘルムダールでさえそうなのだ。
ゲルラは四大公家の中で、一番気位の高い家だ。
選民意識の塊と言ってもいい。
セスランが生まれたのはそんな国なのだ。
白虎族の母をもったセスランが、どんな扱いを受けてきたか。
簡単に想像できるから、胸が痛くなる。
エリーヌはセスランの心の、一番弱くて繊細なところを容赦なく突いた。
なんて卑しい。
なんて汚い。
そしてなんて罪深いことをする。
それならエリーヌの真実を、セスランも知るべきだ。
ゲームの知識でズルをしたこと。
卑怯で矮小な女なのだと。
本人が口にしないなら、他人がけして触れてはならないことだ。
先に手をだしたのはエリーヌ。
他人に同じことをされても、文句は言えない。
「どうして知っているのか、考えたことはおありですか?」
パウラは静かに口を開いた。
セスランは首を振る。
「彼女にも記憶があるらしいのです。それも異世界からわたくしたちが生きているこの世界を見ていた、その記憶が」
セスランはほんの少しだけ目を見開く。
「異世界?」とつぶやいて、ふっと唇の端を上げた。
「そうか、知っていたか。さぞや容易かったであろうな。あの惨めな、情けない私を堕とすことなど造作もない」
「驚かないのですか?」
「私も、そしてパウラも二度目を生きている。エリーヌがそうであったとして、そうか……とむしろ得心したが」
エリーヌの正体を知っても、セスランにはなんの感動もないらしかった。
怒っている風でもない。
まるで興味がないように見えた。
――――憎くはないのか。
パウラは口に出せなかった。
もしそうだとしても、それを誇り高いセスランが認めるはずもない。
彼はあくまでも自分の罪だと言うだろう。
「白虎でもあり、竜でもあるものだ。どちらでもあるのだと。それはとてもめでたいことだ。そう教えてくれた方がいてな。私はその時、ようやく自分の愚かさに気づいた」
今はもう恥じてはいないと、セスランは綺麗に微笑んだ。
「今度こそ告げようと思っていた。そのために私はここにいる」
跪いたセスランの、翡翠の瞳がパウラを見上げている。
「愛している。どうか私と共に生きてほしい」
パウラの右手をそっと取り、翡翠の瞳に溢れんばかりの熱をこめて。
くらっと眩暈がした。
この状況に耐えられる女などいないと思う。
ここまで一気に詰め寄られるとは、想定範囲を超えている。
まずは前世と同程度に、ふんわり柔らかい雰囲気になって、胸がほわほわと温かくなって。
そこまでの心の準備しかしてなかった。
それなのにいきなりこれ。
過負荷もいいところだ。
八歳の時、正確には八+数千年だけれど。
とにかく今から九年前、あの時のセスランの蕩けるような声と表情は反則だと思ったものだ。
八歳のパウラにはとても処理できない質と量で、気絶しなかった自分を褒めてやりたい。
そのくらいの威力があった。
そして現在。
時間はきっちり九年経っている。
けれどパウラの恋愛経験値は、まったく上がっていない。
聖女にならなくて済むように、とにかくエリーヌとセスランが恋に落ちるのだけは防ごうと思っていた。
(それだけじゃなかったんだ)
前世を思い出せば出すほど、パウラがセスランに抱いた淡い想いが顔を出す。
それが破れて永遠にかなわなくなったあの日の衝撃も。
普段なら無視できるエリーヌの図々しさ、低俗さ。
そんなものがやけに目障りなのは、あの日の衝撃をパウラが忘れられなかったからだと気づいてしまった。
簡単なことだ。
パウラはセスランに惹かれている。
セスランの傍にいると、いつも胸の動悸が速くなる。
温かい気持ちになれる。
好きだから。
認めてしまうと、急に恥ずかしくなった。
「わ……わたくしも……」
言いかけて言葉に詰まる。
私も好きだ、ずっと好きだったと、そう答えればいいだけだ。
けれどパウラの唇は、思うように動いてくれない。
どくんどくんと、頭の芯で音が鳴る。
セスランに預けたままの右手の感覚は、既にない。
(わかるでしょう? 言わなくてもわかるわよね?)
涙目で訴えてみる。
翡翠の瞳が見開かれ、次の瞬間歓喜の色に染まる。
けれどセスランは許してはくれなかった。
緩やかにうねった紅い髪を振る。
「その先を聞きたい。どうか聞かせてくれ」
甘い艶やかなテノールが、パウラを促す。
どうしてもパウラ自身の口から、その思いを告げよと。
「わたくしはセスランが好きですわ。前も今も変わらず、ずっと」
口に出すと、涙がこぼれた。
ああ、そうだ。
自分はセスランをずっと愛していたのだ。
だから辛かったのだ。
セスランがエリーヌと共にいることが、なによりも。
それは確認だった。
ほぼ間違いない。
幼い日に見た、あの蕩けるように優しい表情も声も。
それならばすべて腑に落ちる。
セスランは知っていたのだ。
少女だったパウラの行く先に何があるか。
そしてセスランとパウラに、どんな運命が待ち受けているかを。
セスランは静かに微笑んで、頷いた。
「パウラ、私には白虎の母と火竜の父の、両方の血が半分ずつ入っている。パウラが私から離れてゆくのが怖かった」
それはセスランの告解だった。
「白虎でも竜でもない者、それが私だった。どちらでもない。だからどこにも居場所がないと嘆き、恥じていた。その私の心の闇を、エリーヌは知っていた」
(やっぱりそうだったのね……)
想像どおりだ。
乙女ゲームとは、エンディングをプレイヤーの意思で選べるのだそうだ。
この世界がゲームの世界に酷似しているというのなら、セスランの事情をエリーヌは知っていた。
だからセスランの欲しい言葉が、エリーヌにはわかっていたのだ。
どんな言葉で囁けばセスランが揺れるか。
知った上でエリーヌは、セスランの存在を肯定し許し励ましたに違いない。
エリーヌだけがセスランを孤独と苦しみから救うことができる。
そんな風に思いこませたんだろう。
竜族の選民意識や排他性を、パウラはよく知っている。
ヘルムダールでは大公である母がそんな考えを嫌っていたから、表立って他種族をバカにするようなことはない。
けれど選民意識がまるでないかと言われると違う。
例えばパウラの父だ。
ヴァースキーから婿入りしてきた父には、他種族に対する侮りがあった。
当たり前のように、彼らを蛮族と呼んでいる。
ヘルムダールでさえそうなのだ。
ゲルラは四大公家の中で、一番気位の高い家だ。
選民意識の塊と言ってもいい。
セスランが生まれたのはそんな国なのだ。
白虎族の母をもったセスランが、どんな扱いを受けてきたか。
簡単に想像できるから、胸が痛くなる。
エリーヌはセスランの心の、一番弱くて繊細なところを容赦なく突いた。
なんて卑しい。
なんて汚い。
そしてなんて罪深いことをする。
それならエリーヌの真実を、セスランも知るべきだ。
ゲームの知識でズルをしたこと。
卑怯で矮小な女なのだと。
本人が口にしないなら、他人がけして触れてはならないことだ。
先に手をだしたのはエリーヌ。
他人に同じことをされても、文句は言えない。
「どうして知っているのか、考えたことはおありですか?」
パウラは静かに口を開いた。
セスランは首を振る。
「彼女にも記憶があるらしいのです。それも異世界からわたくしたちが生きているこの世界を見ていた、その記憶が」
セスランはほんの少しだけ目を見開く。
「異世界?」とつぶやいて、ふっと唇の端を上げた。
「そうか、知っていたか。さぞや容易かったであろうな。あの惨めな、情けない私を堕とすことなど造作もない」
「驚かないのですか?」
「私も、そしてパウラも二度目を生きている。エリーヌがそうであったとして、そうか……とむしろ得心したが」
エリーヌの正体を知っても、セスランにはなんの感動もないらしかった。
怒っている風でもない。
まるで興味がないように見えた。
――――憎くはないのか。
パウラは口に出せなかった。
もしそうだとしても、それを誇り高いセスランが認めるはずもない。
彼はあくまでも自分の罪だと言うだろう。
「白虎でもあり、竜でもあるものだ。どちらでもあるのだと。それはとてもめでたいことだ。そう教えてくれた方がいてな。私はその時、ようやく自分の愚かさに気づいた」
今はもう恥じてはいないと、セスランは綺麗に微笑んだ。
「今度こそ告げようと思っていた。そのために私はここにいる」
跪いたセスランの、翡翠の瞳がパウラを見上げている。
「愛している。どうか私と共に生きてほしい」
パウラの右手をそっと取り、翡翠の瞳に溢れんばかりの熱をこめて。
くらっと眩暈がした。
この状況に耐えられる女などいないと思う。
ここまで一気に詰め寄られるとは、想定範囲を超えている。
まずは前世と同程度に、ふんわり柔らかい雰囲気になって、胸がほわほわと温かくなって。
そこまでの心の準備しかしてなかった。
それなのにいきなりこれ。
過負荷もいいところだ。
八歳の時、正確には八+数千年だけれど。
とにかく今から九年前、あの時のセスランの蕩けるような声と表情は反則だと思ったものだ。
八歳のパウラにはとても処理できない質と量で、気絶しなかった自分を褒めてやりたい。
そのくらいの威力があった。
そして現在。
時間はきっちり九年経っている。
けれどパウラの恋愛経験値は、まったく上がっていない。
聖女にならなくて済むように、とにかくエリーヌとセスランが恋に落ちるのだけは防ごうと思っていた。
(それだけじゃなかったんだ)
前世を思い出せば出すほど、パウラがセスランに抱いた淡い想いが顔を出す。
それが破れて永遠にかなわなくなったあの日の衝撃も。
普段なら無視できるエリーヌの図々しさ、低俗さ。
そんなものがやけに目障りなのは、あの日の衝撃をパウラが忘れられなかったからだと気づいてしまった。
簡単なことだ。
パウラはセスランに惹かれている。
セスランの傍にいると、いつも胸の動悸が速くなる。
温かい気持ちになれる。
好きだから。
認めてしまうと、急に恥ずかしくなった。
「わ……わたくしも……」
言いかけて言葉に詰まる。
私も好きだ、ずっと好きだったと、そう答えればいいだけだ。
けれどパウラの唇は、思うように動いてくれない。
どくんどくんと、頭の芯で音が鳴る。
セスランに預けたままの右手の感覚は、既にない。
(わかるでしょう? 言わなくてもわかるわよね?)
涙目で訴えてみる。
翡翠の瞳が見開かれ、次の瞬間歓喜の色に染まる。
けれどセスランは許してはくれなかった。
緩やかにうねった紅い髪を振る。
「その先を聞きたい。どうか聞かせてくれ」
甘い艶やかなテノールが、パウラを促す。
どうしてもパウラ自身の口から、その思いを告げよと。
「わたくしはセスランが好きですわ。前も今も変わらず、ずっと」
口に出すと、涙がこぼれた。
ああ、そうだ。
自分はセスランをずっと愛していたのだ。
だから辛かったのだ。
セスランがエリーヌと共にいることが、なによりも。
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