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第四章 相愛の竜
30.パウラ、邪魔をされる
「白虎の姫君、お加減はいかがですか」
白虎の姫は前世の記憶のとおり、はかなげな美少女だった。
白い髪、サファイヤブルーの瞳、折れそうなほど細い肢体。
それが食事も水も摂らず、何日も寝込んだままだという。
ゲルラの港で捕らえられて以降、恋人の騎士にも会えていない。
「あのね、わたくし、もしあなたが望むのならゲルラの騎士と会わせて差し上げてもと思っているの」
パウラの言葉に、姫はぴくりと肩を揺らした。
ぼんやりと宙を見つめるだけだった瞳が、ぴたりとパウラにあてられる。
パウラの言葉の真偽を糺すつもりか、瞬きもしない。
どちらも言葉を発しないまま見つめ合う。
ふぁさりと布のこすれる音が、その緊張を解く。
外の新鮮な空気と共に、背の高い白い髪をした青年が天幕の内に現れた。
「…………っ!」
白虎の姫は跳ね起きるようにして、寝台から降りる。
そして深く腰を落とした。
彼女の礼を当たり前のように受ける青年は、真珠のように輝く白い髪を無造作に後ろに流している。
肩から胸にかけて薄い綺麗な筋肉がついていて、まだ成長途上の少年のようにも見えた。
はだけた白いシャツの胸元からのぞく肌は白く清らかで、粗野とか野蛮だとかそんな悪い印象はない。
むしろ美青年だ。
それもとびきりの。
宝石のようにきらめくサファイヤブルーの瞳に、セスランが息をのむのがわかった。
(知ってるの? この人を)
セスランが青年の前に膝をついた。
深く頭を垂れている。
(誰なの?)
白い髪にサファイヤの瞳なら、白虎の王族だろうか。
でも王族なら、セスランの方が立場は上だ。
こうまで畏まる必要はないはず。
「久しぶりだな、セスラン。元気そうじゃねぇか」
明るいくだけた調子に、パウラもなんとなく感じた。
(ただの白虎の王族ではない)
慌てて深く腰を落とした。
「これがおまえの竜の姫か? なるほど……よく似てんな」
あけすけな言い方に、パウラは驚いた。
けれどそれよりもっと気になることがあって。
(似てる? 誰に?)
「んなみょーなかお表情すんなって。おまえの、そうだな遠いご先祖さんってとこだ」
パウラの正面に腰を落として、始祖はパウラの顔をじいっと観察する。
「初代の竜后オーディアナだよ。おまえ、あいつにそっくりだ」
黄金竜に代がわりがあったことは知っている。
だから現在の、あのグータラ竜后が初代ではないのもだ。
(初代の竜后は勤勉だったと聞いてる。なら褒め言葉よね)
はっとする。
パウラはまだ、名乗ってもいないのだ。
もし彼が、パウラの思っているとおりの人なら無礼この上ない。
「パウラ・ヘルムダールがご挨拶申し上げます」
できるだけ丁寧に頭を下げる。
「ああ、知ってる。おまえが思ってるとおりだよ。めんどーだ。ヴィートでいいぜ、俺のことは。おまえは白虎じゃねーからよ」
パウラの心の内は、どうやらお見通しのようだ。
あっさり名前呼びを許される。
「どっか座らねぇか?」
言いながらヴィートは、そのあたりにある簡素な椅子にどかりと腰を下ろした。
「おまえらも適当に座れよ。そう畏まられたままじゃ、話しにくい」
白虎の始祖といえば、ほとんど神様と同じだ。
なのにこんなに気さくで良いのだろうか。
人前に出ることすらない黄金竜と、つい比べてしまう。
「ああ、それな。それはしょーがねえぜ。今の黄金竜は二代目だ。それは知ってるよな?」
「はい……。いえ……いいえ。代替わりがあったということくらいしか存じ上げません」
正直に答えた。
黄金竜に関する記録は、ほぼ伝説のようなものだ。
伝説じゃなければ神話のようなもので、客観性に乏しい。
黄金竜は不老不死。
そういうことになっている。
けれど初代竜后の後、少なくとも一度は竜后が立った。
ヘルムダールの記録にそうあるからには、黄金竜の代替わりがあったのだろうと。
そう推測していたわけだ。
知っていたとも知らないとも、両方正しい。
「俺がやられたのは初代のクソやろーにだ。俺と銀狼のやつは消されるとこだったんだぜ。それを止めたのがあいつ、初代の竜后だ。『種族を根絶やしになど絶対にできないし、そんなことを考えてもいけない。まして種族の長を殺すなどもってのほか。そんなことしたら、竜族は未来永劫彼らの敵になる』だっけか。あのクソやろーを怒鳴りつけてな。すげーよな」
白虎の始祖は、ほんの少し肩をすくめてみせる。
「んなワケでよ。俺はおまえをほっとくわけにはいかなかったんだよ。なにしろでけー借りがある。あいつにはな」
この人がパウラにやり直しの機会をくれたのか。
ずっと不思議に思っていたことが、今すとんと腑に落ちる。
「前よりマシだろ?」
にやりと笑うヴィートに、パウラの胸はじんとしびれた。
「はい。おかげさまをもちまして」
心からの感謝をこめて微笑んだ。
いくら感謝してもしきれない。
もう一度生まれ変わったとしても、まだ借りのが多いと思うくらいだ。
「そりゃけっこー。ならよ、ついでにソイツのこともよろしく頼むわ」
「ソイツ?」
「ん、あぁ。セスランのことだ。ソイツが今ここにいるワケ、聞いたんだろ?」
「は……い……」
きっとセスランの二度目も、ヴィートのおかげだと理解した。
だからヴィートの頼みたいことも。
(まかせてください!)
ついさっき、気持ちを確かめ合ったばかりだ。
あの瞬間を思い出して、思わずぽっと赤くなる。
「あー、そうじゃなくてだな。つーか、セスラン。だらしねぇな。まだ済ませてねえのか?」
真珠色の短い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、ヴィートはサファイヤの瞳をセスランに向ける。
ギンっ……と、睨みつけるようにだ。
すませた?
なにを……。
ちかちかとパウラの脳内でランプが瞬いた。
そして気づく。
ボンっ。
全身の血が、頭に上った。
「始祖様、どうか今そのお話は……」
苦し気に、言いにくそうにセスランは口にする。
こんな彼は珍しい。
「それよりまず、この白虎の姫の将来についてを……」
セスランは苦し気に続ける。
確かにこれこそ本筋だった。
そもそもパウラとセスランがこの地に来たのは、白虎の姫を助けるためだ。
跪いたまま小さくなっている姫に、パウラはやっと気持ちを戻す。
(彼女を死なせてはいけない)
ヴェストリーへの亡命を口にしようとした。
「残念だがよ、ゲルラの騎士はもう逃げたぜ?」
ヴィートが気の毒そうに、姫に告げた。
「もうわかってんだろ?」
途端、姫の小さな肩がぷるぷると震えた。
そしてこくんと頷く。
「一族の者に聞きました。港にいるから迎えにきてほしいと、あの方から連絡があったのだと。あの方は、あの後上官の薦めるお相手と一緒になったのだそうです。兄が直々に、あの方のお式を見に行ってくれましたから、間違いありません」
なんということだ。
駆け落ちしてまで一緒になろうと誓った相手を、あっさり見捨てたというのか。
港でつかまって、そう日も経ってないというのに。
「無理があったのだと、あの方は港でおっしゃいました。王族のわたくしと平民の自分との間には、越えられない高い壁があるのだと。港で別れた時、思い切るべきでした。でもできなくて……。未練がましく縋りついていました」
きっと彼女は何もかも捨てるつもりだったはずだ。
それなのにその思いを裏切られたのだから、すぐに過ちを認めろというのは残酷過ぎる。
ただ一つと思い決めた恋を失って、生きる甲斐を失くした。
だから食べないし、飲まない。
セスランと想いの通じた今なら、パウラにもわかる気がする。
「まあアレだ。生きてればいろいろあるってことだ。けど心配すんな。こっから先は、俺がなんとかしてやる。おまえは俺の一族だからな」
ヴィートが初めて思いやりにあふれる、まともなことを言った。
照れくさいのか、ふいっと顔を背けている。
「次はもっといい男を選べよ? 白虎の王族が惚れるなら、相手にもそれなりの格が必要だぜ」
パウラは一瞬ひやりとする。
格、ゲルラの騎士にはその格がなかった。
ヴィートはそう言っているのだ。
いくら相手が白虎の始祖とは言え、セスランはゲルラの血も継いでいる。
「ゲルラの騎士も地に落ちたものだ。唯一を間違えるとは、竜の風上にもおけぬ」
突き放した言いようだったけれど、セスランもつまりは白虎の姫の味方をしたということだ。
(でもそれを言うなら、セスランだって間違えたんじゃない?)
そこは黙っていることにした。
間違えてもやり直せば良い。
心から望むなら、きっとその機会はやってくる。
気づくか気づかぬか。
単純なそのことが、とても難しいのだと今のパウラは知ってはいる。
傷ついた白虎の姫の未来に、光がさすことを願わずにはいられなかった。
「後は俺に任せろ」
ヴィートの言葉に甘えて、パウラとセスランは天幕を後にした。
降るような星空の下、白虎の里を出る。
ひゅるりと吹き抜ける夜風が、首筋に冷たい。
ふるっと首をすくめると、セスランが毛織の外套を脱いで着せかけてくれる。
「風邪をひく」
たったそれだけの短い言葉に、艶やかな甘さを感じて赤くなる。
これが俗に言う「惚れた弱み」というものか。
「あ……ありがとう、セスラン」
恥ずかしくて顔を上げられず、うつむいたまま答えるとセスランの笑った気配があった。
それきり二人は黙り込んで、並んで歩いた。
時々空を見上げて足を止める。
ほう……と息を吐けば、白い靄のような塊が冷たい空気に溶けてゆく。
課題は片付いた。
明日には黄金竜の泉地へ帰る。
満天の星を見上げて、パウラは思う。
機会は、今夜限りだ。
それはセスランも同じ思いだったようで。
「褒美を強請っても許されるな。もう待たぬ。待ってはやれない」
いつもは甘いテノールが、今夜はひどく掠れている。
切羽詰まって余裕のない、まるでわずかの間も惜しんでいるような。
わかったと差し出した手が、空を切る。
ぱりん……。
薄氷が割れるような音がして。
「ヘルムダールの小娘が。何を血迷った」
辺りに響く透明感のある美しい声には、苛立ちの混じった怒りがあった。
「おまえはわたくしの人形だ。勝手な真似は許さぬ」
神々しい空気が、声の主を只者ではないと教えてくれる。
「誰?」
反射的に声に出した。
けれどパウラは直感した。
そしてそれはおそらく間違ってはいない。
――――竜后オーディアナ。
きっと彼女だ。
白虎の姫は前世の記憶のとおり、はかなげな美少女だった。
白い髪、サファイヤブルーの瞳、折れそうなほど細い肢体。
それが食事も水も摂らず、何日も寝込んだままだという。
ゲルラの港で捕らえられて以降、恋人の騎士にも会えていない。
「あのね、わたくし、もしあなたが望むのならゲルラの騎士と会わせて差し上げてもと思っているの」
パウラの言葉に、姫はぴくりと肩を揺らした。
ぼんやりと宙を見つめるだけだった瞳が、ぴたりとパウラにあてられる。
パウラの言葉の真偽を糺すつもりか、瞬きもしない。
どちらも言葉を発しないまま見つめ合う。
ふぁさりと布のこすれる音が、その緊張を解く。
外の新鮮な空気と共に、背の高い白い髪をした青年が天幕の内に現れた。
「…………っ!」
白虎の姫は跳ね起きるようにして、寝台から降りる。
そして深く腰を落とした。
彼女の礼を当たり前のように受ける青年は、真珠のように輝く白い髪を無造作に後ろに流している。
肩から胸にかけて薄い綺麗な筋肉がついていて、まだ成長途上の少年のようにも見えた。
はだけた白いシャツの胸元からのぞく肌は白く清らかで、粗野とか野蛮だとかそんな悪い印象はない。
むしろ美青年だ。
それもとびきりの。
宝石のようにきらめくサファイヤブルーの瞳に、セスランが息をのむのがわかった。
(知ってるの? この人を)
セスランが青年の前に膝をついた。
深く頭を垂れている。
(誰なの?)
白い髪にサファイヤの瞳なら、白虎の王族だろうか。
でも王族なら、セスランの方が立場は上だ。
こうまで畏まる必要はないはず。
「久しぶりだな、セスラン。元気そうじゃねぇか」
明るいくだけた調子に、パウラもなんとなく感じた。
(ただの白虎の王族ではない)
慌てて深く腰を落とした。
「これがおまえの竜の姫か? なるほど……よく似てんな」
あけすけな言い方に、パウラは驚いた。
けれどそれよりもっと気になることがあって。
(似てる? 誰に?)
「んなみょーなかお表情すんなって。おまえの、そうだな遠いご先祖さんってとこだ」
パウラの正面に腰を落として、始祖はパウラの顔をじいっと観察する。
「初代の竜后オーディアナだよ。おまえ、あいつにそっくりだ」
黄金竜に代がわりがあったことは知っている。
だから現在の、あのグータラ竜后が初代ではないのもだ。
(初代の竜后は勤勉だったと聞いてる。なら褒め言葉よね)
はっとする。
パウラはまだ、名乗ってもいないのだ。
もし彼が、パウラの思っているとおりの人なら無礼この上ない。
「パウラ・ヘルムダールがご挨拶申し上げます」
できるだけ丁寧に頭を下げる。
「ああ、知ってる。おまえが思ってるとおりだよ。めんどーだ。ヴィートでいいぜ、俺のことは。おまえは白虎じゃねーからよ」
パウラの心の内は、どうやらお見通しのようだ。
あっさり名前呼びを許される。
「どっか座らねぇか?」
言いながらヴィートは、そのあたりにある簡素な椅子にどかりと腰を下ろした。
「おまえらも適当に座れよ。そう畏まられたままじゃ、話しにくい」
白虎の始祖といえば、ほとんど神様と同じだ。
なのにこんなに気さくで良いのだろうか。
人前に出ることすらない黄金竜と、つい比べてしまう。
「ああ、それな。それはしょーがねえぜ。今の黄金竜は二代目だ。それは知ってるよな?」
「はい……。いえ……いいえ。代替わりがあったということくらいしか存じ上げません」
正直に答えた。
黄金竜に関する記録は、ほぼ伝説のようなものだ。
伝説じゃなければ神話のようなもので、客観性に乏しい。
黄金竜は不老不死。
そういうことになっている。
けれど初代竜后の後、少なくとも一度は竜后が立った。
ヘルムダールの記録にそうあるからには、黄金竜の代替わりがあったのだろうと。
そう推測していたわけだ。
知っていたとも知らないとも、両方正しい。
「俺がやられたのは初代のクソやろーにだ。俺と銀狼のやつは消されるとこだったんだぜ。それを止めたのがあいつ、初代の竜后だ。『種族を根絶やしになど絶対にできないし、そんなことを考えてもいけない。まして種族の長を殺すなどもってのほか。そんなことしたら、竜族は未来永劫彼らの敵になる』だっけか。あのクソやろーを怒鳴りつけてな。すげーよな」
白虎の始祖は、ほんの少し肩をすくめてみせる。
「んなワケでよ。俺はおまえをほっとくわけにはいかなかったんだよ。なにしろでけー借りがある。あいつにはな」
この人がパウラにやり直しの機会をくれたのか。
ずっと不思議に思っていたことが、今すとんと腑に落ちる。
「前よりマシだろ?」
にやりと笑うヴィートに、パウラの胸はじんとしびれた。
「はい。おかげさまをもちまして」
心からの感謝をこめて微笑んだ。
いくら感謝してもしきれない。
もう一度生まれ変わったとしても、まだ借りのが多いと思うくらいだ。
「そりゃけっこー。ならよ、ついでにソイツのこともよろしく頼むわ」
「ソイツ?」
「ん、あぁ。セスランのことだ。ソイツが今ここにいるワケ、聞いたんだろ?」
「は……い……」
きっとセスランの二度目も、ヴィートのおかげだと理解した。
だからヴィートの頼みたいことも。
(まかせてください!)
ついさっき、気持ちを確かめ合ったばかりだ。
あの瞬間を思い出して、思わずぽっと赤くなる。
「あー、そうじゃなくてだな。つーか、セスラン。だらしねぇな。まだ済ませてねえのか?」
真珠色の短い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、ヴィートはサファイヤの瞳をセスランに向ける。
ギンっ……と、睨みつけるようにだ。
すませた?
なにを……。
ちかちかとパウラの脳内でランプが瞬いた。
そして気づく。
ボンっ。
全身の血が、頭に上った。
「始祖様、どうか今そのお話は……」
苦し気に、言いにくそうにセスランは口にする。
こんな彼は珍しい。
「それよりまず、この白虎の姫の将来についてを……」
セスランは苦し気に続ける。
確かにこれこそ本筋だった。
そもそもパウラとセスランがこの地に来たのは、白虎の姫を助けるためだ。
跪いたまま小さくなっている姫に、パウラはやっと気持ちを戻す。
(彼女を死なせてはいけない)
ヴェストリーへの亡命を口にしようとした。
「残念だがよ、ゲルラの騎士はもう逃げたぜ?」
ヴィートが気の毒そうに、姫に告げた。
「もうわかってんだろ?」
途端、姫の小さな肩がぷるぷると震えた。
そしてこくんと頷く。
「一族の者に聞きました。港にいるから迎えにきてほしいと、あの方から連絡があったのだと。あの方は、あの後上官の薦めるお相手と一緒になったのだそうです。兄が直々に、あの方のお式を見に行ってくれましたから、間違いありません」
なんということだ。
駆け落ちしてまで一緒になろうと誓った相手を、あっさり見捨てたというのか。
港でつかまって、そう日も経ってないというのに。
「無理があったのだと、あの方は港でおっしゃいました。王族のわたくしと平民の自分との間には、越えられない高い壁があるのだと。港で別れた時、思い切るべきでした。でもできなくて……。未練がましく縋りついていました」
きっと彼女は何もかも捨てるつもりだったはずだ。
それなのにその思いを裏切られたのだから、すぐに過ちを認めろというのは残酷過ぎる。
ただ一つと思い決めた恋を失って、生きる甲斐を失くした。
だから食べないし、飲まない。
セスランと想いの通じた今なら、パウラにもわかる気がする。
「まあアレだ。生きてればいろいろあるってことだ。けど心配すんな。こっから先は、俺がなんとかしてやる。おまえは俺の一族だからな」
ヴィートが初めて思いやりにあふれる、まともなことを言った。
照れくさいのか、ふいっと顔を背けている。
「次はもっといい男を選べよ? 白虎の王族が惚れるなら、相手にもそれなりの格が必要だぜ」
パウラは一瞬ひやりとする。
格、ゲルラの騎士にはその格がなかった。
ヴィートはそう言っているのだ。
いくら相手が白虎の始祖とは言え、セスランはゲルラの血も継いでいる。
「ゲルラの騎士も地に落ちたものだ。唯一を間違えるとは、竜の風上にもおけぬ」
突き放した言いようだったけれど、セスランもつまりは白虎の姫の味方をしたということだ。
(でもそれを言うなら、セスランだって間違えたんじゃない?)
そこは黙っていることにした。
間違えてもやり直せば良い。
心から望むなら、きっとその機会はやってくる。
気づくか気づかぬか。
単純なそのことが、とても難しいのだと今のパウラは知ってはいる。
傷ついた白虎の姫の未来に、光がさすことを願わずにはいられなかった。
「後は俺に任せろ」
ヴィートの言葉に甘えて、パウラとセスランは天幕を後にした。
降るような星空の下、白虎の里を出る。
ひゅるりと吹き抜ける夜風が、首筋に冷たい。
ふるっと首をすくめると、セスランが毛織の外套を脱いで着せかけてくれる。
「風邪をひく」
たったそれだけの短い言葉に、艶やかな甘さを感じて赤くなる。
これが俗に言う「惚れた弱み」というものか。
「あ……ありがとう、セスラン」
恥ずかしくて顔を上げられず、うつむいたまま答えるとセスランの笑った気配があった。
それきり二人は黙り込んで、並んで歩いた。
時々空を見上げて足を止める。
ほう……と息を吐けば、白い靄のような塊が冷たい空気に溶けてゆく。
課題は片付いた。
明日には黄金竜の泉地へ帰る。
満天の星を見上げて、パウラは思う。
機会は、今夜限りだ。
それはセスランも同じ思いだったようで。
「褒美を強請っても許されるな。もう待たぬ。待ってはやれない」
いつもは甘いテノールが、今夜はひどく掠れている。
切羽詰まって余裕のない、まるでわずかの間も惜しんでいるような。
わかったと差し出した手が、空を切る。
ぱりん……。
薄氷が割れるような音がして。
「ヘルムダールの小娘が。何を血迷った」
辺りに響く透明感のある美しい声には、苛立ちの混じった怒りがあった。
「おまえはわたくしの人形だ。勝手な真似は許さぬ」
神々しい空気が、声の主を只者ではないと教えてくれる。
「誰?」
反射的に声に出した。
けれどパウラは直感した。
そしてそれはおそらく間違ってはいない。
――――竜后オーディアナ。
きっと彼女だ。
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