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第四章 相愛の竜
34.パウラ、容赦無用と決める
「こっから先は俺の側を離れんなよ?」
背を向けたままのヴィートの声から、びりびりと緊張が伝わってくる。
パウラたちの前には、大きな深い闇があった。
ほんの少し前に、部屋の空間をヴィートが歪めたのだ。
吸い込まれるような深い闇。
不気味なほど真っ暗で、生の気配が全く感じられなかった。
「昔はよ、違ったんだぜ? もっと楽に行き来できた。でも今はこれだ。もしこん中で迷ったら出られねぇ。未来永劫ずっとだ」
きっとこれも、現黄金竜のしたことだ。
白虎の始祖との交流を断った。
(大がかりな出禁ってことよね)
「この路を壊すまでの力はない。そういうことか」
気味の悪い暗闇を正面に、セスランが薄く微笑している。
「そーいうこった。けど油断すんなよ? 一応まだ、あいつは黄金竜だ」
ヴィートが闇に踏み入るのを、セスランも追う。
パウラの右手をしっかり握って。
セスランの左手には、いつもの白い手袋はない。
素の肌の感触が、とても心強く頼もしかった。
どれくらい先へ進んだだろう。
時間の感覚もない闇の先に、ほんのわずかに光が見えた。
「出る前によ……」
ヴィートがそこで言葉を切った。
「昔話をちょっとだけ聞いとけや? あの厄介な女のことだ」
厄介な女のこと。
パウラの目は自然に細められていた。
「あいつはよ、銀狼のいるヴォーロフ、あそこの竜が好きでよ。だけど相手はそうじゃなかった。まあよくある話だな」
竜后はヘルムダールの公女だったはず。
それならヴォーロフの公子を婿にもらいたかった。
そういうことだろうか。
「まあなー。相手にもその気があれば、そうなったんだろうけどよ。そうじゃなかったってことだ」
(つまりフラれたってことよね)
大昔のことだけど、いい気味だと思う。
竜后とエリーヌにだけは、どうしても優しくはなれない。
「ただフラれて黙ってる女だと思うかよ?」
パウラの隣でセスランが憂鬱そうなため息をついた。
「そのあたりのことは、私も耳にしたことがある」
「ゆーめーな話だかんな。ヴォーロフもいい迷惑だ」
どうやら竜后がヴォーロフに何かしたらしい。
それはパウラにもわかったけれど。
「代々のヴォーロフ大公には大勢の愛人がいる。パウラも耳にしたことがあるだろう?」
セスランがパウラの右手を引き寄せる。
「このような聞き苦しいこと、我が唯一の耳に入れるのも嫌なのだが」
こんな時なのに、セスランの苦し気な声は甘く艶やかで。
「あー、よー。それは後にしてくんねーか」
甘い空気をヴィートがばっさりと切った。
「あの女はよ、自分をフッた男はもちろん、その子孫まで許さねぇんだよ。あいつをフッたヴォーロフ公子の唯一は、ひでぇ死に方をした。そっからヴォーロフ大公の唯一はみんなだ。あの女はヴォーロフに唯一を許さねぇんだぜ?」
(なんて酷いことを)
竜はただ一人の伴侶だけを愛し、生涯大切にする。
愛人を持つ竜がいないではないけれど、それは蔑まれることだ。
それが地竜の血を継ぐ名門ヴォーロフ大公で、しかも代々となれば……。
どれほどの蔑みを受けてきたことだろう。
(執念深いというだけじゃないわ。根っから腐ってる)
パウラに課した名ばかりの妻は、何度生まれ変わっても許せない。
絶対にだ。
(けどヴォーロフ大公は、私より長い時間ずっと、あのクサレ竜后にいいようにされてきたんだ)
「竜后になったのはそうするために……ですか?」
質問ではない。
確認だった。
「ああ、そーだ」
ヴィートの答えに、パウラは唇をきつく噛んだ。
「それなら一切の容赦は要りませんね」
早くこの暗闇から出よう。
そしてあのクサレ竜后に、引導を渡してやる。
今のパウラは、次期竜后だ。
偽モノの黄金竜の、その妻ごときに負けるはずがない。
「出るぜ?」
ヴィートの声とほぼ同時に、真っ白い光が辺りを包んだ。
「半竜の聖使か」
かさかさに乾いた声が、パウラたちを迎えた。
いきなりセスランを侮辱する。
「誰の許しを……」
「許しが必要か?」
冷ややかにセスランが遮る。
「退き時と。もうわかっていよう」
「…………」
金色の髪をした男は、押し黙る。
そして濁った緑の瞳を閉じた。
偽黄金竜だ。
初代黄金竜とその唯一との間に生まれた息子。
よく見れば、まるで老人のようだった。
金の髪は艶を失くして注毛立ち、肌には張りも艶もない。
(これが前世の、私の夫?)
前世一度も見たことはない。
けれど竜后と一緒になって、パウラを使い潰した憎むべき相手であることは確かだ。
(かわいそうだわ)
なのにそう思ってしまう。
目の前の男がこんなに惨めにやつれ果てた理由を、パウラはもう知っているから。
(あんな女でも、大切だったのね)
がくりとうなだれた偽黄金竜には、もうセスランに抗う力はないようだ。
それならこれ以上、何もしなくとも。
(生涯の幽閉くらいで許してやっても……)
そう思った瞬間、セスランがパウラを振り返る。
困ったような顔をして、微笑んだ。
「我が唯一の、なんと優しいことか」
セスランの語尾をかき消すように、聞き覚えのあるヒステリックな声が響いた。
「それでも竜族の長か! 蛮族の血の混じる半竜とヘルムダールの小娘、それに死にぞこないの蛮族の長。その程度のクズ相手に、何をもたもたしておる」
真の諸悪の根源。
パウラの、セスランの、その他たくさんの人生を歪めてくれた。
大物の登場だ。
(せいぜい派手にお迎えしてあげなくちゃね)
本当に一切の容赦をするつもりは、微塵もなかった。
背を向けたままのヴィートの声から、びりびりと緊張が伝わってくる。
パウラたちの前には、大きな深い闇があった。
ほんの少し前に、部屋の空間をヴィートが歪めたのだ。
吸い込まれるような深い闇。
不気味なほど真っ暗で、生の気配が全く感じられなかった。
「昔はよ、違ったんだぜ? もっと楽に行き来できた。でも今はこれだ。もしこん中で迷ったら出られねぇ。未来永劫ずっとだ」
きっとこれも、現黄金竜のしたことだ。
白虎の始祖との交流を断った。
(大がかりな出禁ってことよね)
「この路を壊すまでの力はない。そういうことか」
気味の悪い暗闇を正面に、セスランが薄く微笑している。
「そーいうこった。けど油断すんなよ? 一応まだ、あいつは黄金竜だ」
ヴィートが闇に踏み入るのを、セスランも追う。
パウラの右手をしっかり握って。
セスランの左手には、いつもの白い手袋はない。
素の肌の感触が、とても心強く頼もしかった。
どれくらい先へ進んだだろう。
時間の感覚もない闇の先に、ほんのわずかに光が見えた。
「出る前によ……」
ヴィートがそこで言葉を切った。
「昔話をちょっとだけ聞いとけや? あの厄介な女のことだ」
厄介な女のこと。
パウラの目は自然に細められていた。
「あいつはよ、銀狼のいるヴォーロフ、あそこの竜が好きでよ。だけど相手はそうじゃなかった。まあよくある話だな」
竜后はヘルムダールの公女だったはず。
それならヴォーロフの公子を婿にもらいたかった。
そういうことだろうか。
「まあなー。相手にもその気があれば、そうなったんだろうけどよ。そうじゃなかったってことだ」
(つまりフラれたってことよね)
大昔のことだけど、いい気味だと思う。
竜后とエリーヌにだけは、どうしても優しくはなれない。
「ただフラれて黙ってる女だと思うかよ?」
パウラの隣でセスランが憂鬱そうなため息をついた。
「そのあたりのことは、私も耳にしたことがある」
「ゆーめーな話だかんな。ヴォーロフもいい迷惑だ」
どうやら竜后がヴォーロフに何かしたらしい。
それはパウラにもわかったけれど。
「代々のヴォーロフ大公には大勢の愛人がいる。パウラも耳にしたことがあるだろう?」
セスランがパウラの右手を引き寄せる。
「このような聞き苦しいこと、我が唯一の耳に入れるのも嫌なのだが」
こんな時なのに、セスランの苦し気な声は甘く艶やかで。
「あー、よー。それは後にしてくんねーか」
甘い空気をヴィートがばっさりと切った。
「あの女はよ、自分をフッた男はもちろん、その子孫まで許さねぇんだよ。あいつをフッたヴォーロフ公子の唯一は、ひでぇ死に方をした。そっからヴォーロフ大公の唯一はみんなだ。あの女はヴォーロフに唯一を許さねぇんだぜ?」
(なんて酷いことを)
竜はただ一人の伴侶だけを愛し、生涯大切にする。
愛人を持つ竜がいないではないけれど、それは蔑まれることだ。
それが地竜の血を継ぐ名門ヴォーロフ大公で、しかも代々となれば……。
どれほどの蔑みを受けてきたことだろう。
(執念深いというだけじゃないわ。根っから腐ってる)
パウラに課した名ばかりの妻は、何度生まれ変わっても許せない。
絶対にだ。
(けどヴォーロフ大公は、私より長い時間ずっと、あのクサレ竜后にいいようにされてきたんだ)
「竜后になったのはそうするために……ですか?」
質問ではない。
確認だった。
「ああ、そーだ」
ヴィートの答えに、パウラは唇をきつく噛んだ。
「それなら一切の容赦は要りませんね」
早くこの暗闇から出よう。
そしてあのクサレ竜后に、引導を渡してやる。
今のパウラは、次期竜后だ。
偽モノの黄金竜の、その妻ごときに負けるはずがない。
「出るぜ?」
ヴィートの声とほぼ同時に、真っ白い光が辺りを包んだ。
「半竜の聖使か」
かさかさに乾いた声が、パウラたちを迎えた。
いきなりセスランを侮辱する。
「誰の許しを……」
「許しが必要か?」
冷ややかにセスランが遮る。
「退き時と。もうわかっていよう」
「…………」
金色の髪をした男は、押し黙る。
そして濁った緑の瞳を閉じた。
偽黄金竜だ。
初代黄金竜とその唯一との間に生まれた息子。
よく見れば、まるで老人のようだった。
金の髪は艶を失くして注毛立ち、肌には張りも艶もない。
(これが前世の、私の夫?)
前世一度も見たことはない。
けれど竜后と一緒になって、パウラを使い潰した憎むべき相手であることは確かだ。
(かわいそうだわ)
なのにそう思ってしまう。
目の前の男がこんなに惨めにやつれ果てた理由を、パウラはもう知っているから。
(あんな女でも、大切だったのね)
がくりとうなだれた偽黄金竜には、もうセスランに抗う力はないようだ。
それならこれ以上、何もしなくとも。
(生涯の幽閉くらいで許してやっても……)
そう思った瞬間、セスランがパウラを振り返る。
困ったような顔をして、微笑んだ。
「我が唯一の、なんと優しいことか」
セスランの語尾をかき消すように、聞き覚えのあるヒステリックな声が響いた。
「それでも竜族の長か! 蛮族の血の混じる半竜とヘルムダールの小娘、それに死にぞこないの蛮族の長。その程度のクズ相手に、何をもたもたしておる」
真の諸悪の根源。
パウラの、セスランの、その他たくさんの人生を歪めてくれた。
大物の登場だ。
(せいぜい派手にお迎えしてあげなくちゃね)
本当に一切の容赦をするつもりは、微塵もなかった。
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