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第六章 セスランの章(セスランEDルート)

78.竜の姫

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「セスラン様は、半分だけ竜なんでしょう?」

 正面切って、無邪気に投げかけられた問いに驚いた。
 ソーダ水のように透明な緑の瞳をきらきら輝かせて、唇に邪気のまるでない微笑を浮かべて。

「つらい思いをしたんですよね!」

 元気で明るい声は、つらいという言葉になんとも不似合いだった。
 だから怒るより、笑ってしまった。
 この少女の、なんと怖いもの知らずであることかと。

 少女はエリーヌ・ペローと名乗った。
 次期の聖女オーディアナ候補の一人らしい。

 聖女オーディアナ。
 黄金竜オーディの側室であり、竜后オーディアナの代理である。
 普通はヘルムダール公家より、聖紋オディラの出た公女がその任に就くが、今回だけはヘルムダールに二人、聖紋オディラ持ちが現れたらしい。
 そこで異例の選抜試験が行われることになった。
 と、ここまでは公式の話。
 実のところセスラン達4人の聖使は、このエリーヌ・ペローが使の聖女だと、皆気づいている。

 セスランが召喚されたほぼ同じころ、他の3人の聖使も代替わりをした。
 彼らは皆、強い魔力、竜の力を持つようで、その任期はとりわけ長くなりそうだと黄金竜オーディから聞かされていた。
 そこでその長い任期中、わずかの楽しみも希望もなしでは気持ちがもたぬと、寛大なる黄金竜オーディのお情けである。
 本命はもう一人の少女だとは、誰が見てもわかる。
 ヘルムダール公国の跡継ぎとして育てられた公女、パウラ・ヘルムダールである。
 ヘルムダール特有の細い銀糸の髪に、特徴的なエメラルドの輝く瞳。
 立ち居振る舞いは模範的な淑女のそれで、加えて飛竜を操る魔術騎士でもあった。
 文句のつけようもない。
 
「セスラン様のお気持ちは、わたしわかります。
 半分だけ竜だからって、そんなの関係ないから」

 幼稚な言葉で元気づけてくるエリーヌに、パウラ・ヘルムダールは俯いて視線を外した。
 エメラルドの瞳に嫌悪や軽蔑が映っていたわけではなかったが、竜の中の竜であるヘルムダール公家の令嬢なら、当然の反応だとセスランは思った。
 半竜の血を歓迎すべき理由が、彼女にはない。
 触れないように、見ないフリ聞かないフリを保つだけ、高位の姫としては礼にかなっている。
 ところがどうも、そういう意図ではなかったらしい。

「白虎ってどんな見た目なんですか?
 どこに住んでるんですか?」

 エリーヌが立て続けに質問してきた時に、それは起こった。


 
「いいかげんになさい」

 つかつかとこちらに近づいてきたパウラが、エリーヌを真正面に見据えて厳しい声を上げる。

「知りたいのなら、書籍を貸して差し上げます。
 目上の方に、しかもお許しもなく、して良い質問ではないわ」

 生まれのこと、育った環境のこと、父のこと母のこと、その他諸々。
 かなり私事の領域に入る、デリケートな話題である。
 貴族の間では、よほど親しくならない限り、この手の話題は取り上げない。
 
 なるほど……。
 視線を外して俯いたのは、エリーヌの無作法が気に障ったからか。

 そう気づいて、セスランは少しだけほっと気が緩むのを感じる。
 半竜の血を目の前にしたからではなく、半竜の話題を人前にさらしてしゃあしゃあとしているエリーヌにこそ、竜の姫パウラは苛立ったのだとわかって。

「畏れ多いことではございますが、あえて申し上げます。
 このような無作法は、許されるべきではありません。
 どうぞ然るべき方から、お叱りいただければと」
 
 当代の聖女オーディアナ、4人の聖使。
 おまえたちは何をしているのかと、パウラは言ったのだ。
 注意すべきはパウラではなく、その5人だろうにと。

 無作法だとパウラは怒る。
 聖女オーディアナ候補といえど、エリーヌはヘルムダールの男爵家の娘に過ぎない。
 家格や位から言って、セスランの許しなく質問できる立場にはない。
 ましてあのようなごく立ち入った質問など、無作法どころではない。
 ごくまっとうなことだった。
 けれどセスランには新鮮だった。
 これまでセスランのために、まっとうな怒りを示したものはいなかったから。
 昂然と頭をもたげ背筋をしゃんと伸ばした後、腰をかがめてパウラは綺麗なお辞儀をして見せる。
 
「どうぞよろしくお願いいたします」
 
 誰が見ても明らかだ。
 本命の候補、本物の竜の姫君。
 3人の聖使の、視線の温度が変わる。
 そして多分、セスラン自身の視線の温度も変わっているのだろう。
 本命の、本物の竜の姫。
 次代の聖女オーディアナ、つまり黄金竜オーディの側室になる姫だ。
 惹かれても、その先はない。
 半竜であるセスランが、竜族の頂点に立つ黄金竜と競うなど、端から考えられない。

(かなわぬ夢はみないことだ)

 目を閉じて軽く首をふったセスランの腕に、柔らかい腕がからみつく。

「セスラン様~。
 聞いちゃいけないことだったんですか?
 ごめんなさい。
 わたし、知らなくて……」

 うるうると涙の浮かんだ、ソーダ水の瞳が見上げていた。
 聖使用の聖女候補。
 わかりやすすぎる偽物に、己の立場がただ情けなく疎ましかった。 
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