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一、Boy(?) Meets Girl(?)
1-1、少し古びた二階建てのビルにそれはあった。
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「今日から新しいクラスメートとなる錦 孟起(ニシキ ハルキ)君と関 平良(セキ タイラ)君だ」
本来ならありえない現実に孟起は頭が痛かった。何かの嫌がらせか、はたまた質の悪い冗談か。後者なら笑ってボコにするだけで許してやるが、生憎これはどちらでもない。
正式に申し込まれた仕事である。あと二ヶ月もすれば二十六になる男が何故に学ランを着て、一度逃げ出した高校生活を再び送らなければならなくなったのか。
事の起こりは二日前に遡る。
ビルのひしめくオフィス街の外れ、少し古びた二階建てのビルにそれはあった。不良のたまり場に見えなくもない所に漢蜀の事務所がある。辺鄙な所で客は来ないのではと思うだろうが、何かに導かれた人がやってくる。今日も一人の客が来ていた。
「喧嘩、ですか?」
粗末な社長席に座った優男の言葉にソファーに座った中年の男は深刻な顔で頷いた。社長の椅子に座っているよりも縁側の座布団の上でゆったりとお茶を飲みながら座っている方が似合う、そんな雰囲気の男性だった。彼の名前は徳田 玄劉。この会社の社長で、よく間違えられるが、まだ三十代である。
「はい、お恥ずかしいことですが」
俯いたままため息を漏らすその顔は年の割に老けて見える。髪も黒より白のほうが明らかに多い。ここに来るまで相当悩んだ証拠だ。
「ど、どうぞ」
「あ、ああ、ありがとうございます」
恐る恐るお茶を運んできたのは気の弱そうな少女だった。彼女の名前は藤林 文香。本来なら中学に通っている年だが、理由があって行っていない。普段は他の場所で働いているが空いた時間に漢蜀の事務的な仕事を手伝いに来ている。今日はその結果報告に来ていた。ただし、人見知りが激しいと言う欠点があるため、表立っての活動にはあまり参加していない。彼女が中学を途中中退したのはその辺が理由のようだ。今日もお茶を出し終えると客に目を合わせることなく奥へと走って引っ込んでしまった。
その微笑ましい様子に表情が少し和んだ客人だったが、別の視線ですぐに身を硬くする。彼が未だに落ち着けないでいるのは自分の後ろでムスッとしている金髪の混じった薄い灰色の髪の青年のためだった。猛獣のように鋭い琥珀色の瞳には不機嫌な色が出ている。その男だけだったらヤクザの事務所と思われても仕方がない面構えだ。
そして、給湯室に通じるドアのそばに置いてある大きな黒い猫科の剥製も彼の精神の波を乱していた。虎のようだが、全身が真っ黒の虎なんて聞いたことも見たこともない。剥製のはずだが、妙に生き生きとしていて今にものっそりと動き出して襲い掛かってきそうなほどだ。恐怖を覚えるほど毛並みは美しい。
しかし、この事務所には不釣合いなのも確かである。
「ガキの喧嘩なんてよくあることだ。ほっとけ」
後ろから無責任な言葉を言われたが、客人に睨み返す気力はすでになかった。
「私は校長ですから。それに困っているのはどうもほっとけなくて」
「良い心がけですね」
「ハン、ただの自己満足だろ。それかいざって時に家庭に責任転嫁できる気がしなかったか。どっちにしろ、そいつの実力不足だ。受けることはねー」
「孟起、客にその態度は何だ。失礼だぞ」
興味なさそうに呟いた青年を玄劉が嗜めると。
「徹夜明けに呼び出すそっちが悪いんだろが」
彼は大きな欠伸を付けて返した。どうやら、つい先程まで別の仕事をしていたようだ。
「疲れているのなら、別室で仮眠を取っていてくれ。そのように睨まれては客人も居心地が悪いであろう」
「お、悪いな」
社長の言葉に大きく伸びをすると青年はドアから出て行った。
「では、話を続けましょうか」
いつもの事らしく、玄劉はニコリと笑って話の続きを頼む。
「は。はい、まだ公になっていませんが、我が私立西華学園で、生徒同士の殴り合いがここ最近頻発しています。単なる生徒同士のいざこざだと言う声もあるのですが、喧嘩していた生徒の話を聞いているとどうも要点を得ないのです」
「どういうことですかな」
「喧嘩した理由を当人達も知らないのです。何度尋ねても「相手が悪い」とか「ムシャクシャしたから」とかも言わず、ただ、わからないとばかり言うのです。周りの生徒も気がついたら殴り合っていたと言っています。本人達も喧嘩の理由すらわからないそうです。」
「確かに変ですね。普通例えわずかでも何らかのきっかけがあるはずですが」
それこそ些細なものでいい。肩が当たったとか、一方の機嫌が悪かったとか、お金が欲しかったとか。しかし、どの生徒も誰がいくら尋ねてもわからないとしか言わない。仕舞いには聞かれた生徒の方が首を傾げてしまったらしい。
もちろん、こんな話他の先生方は信じなかった。
「しかし、当事者の生徒同士も何故喧嘩になったのか本当にわかっていないようなのです。喧嘩が起こったのが自他共に認めるほど仲が良かった生徒同士であったり、逆に接点の全くない生徒同士で起こったり。しかし、表立っての調査はできないのです」
「それは学校の評判を下げるからですか」
「いえ、それだけでしたらとっくに警察に頼んでいます。私はただ生徒たちに不安を与えたくないだけです。今の高校生は受験のストレスもあって何かと不安定な状態ですし、公の調査が入る理由を話せば、それこそ隣の生徒でさえ信じられなくなってしまう。一生に一度の青春にそんな高校生活を送ってほしくありません。けれども、このままという訳にもいきません」
「それだけですか」
「・・・・・・実はその前にも生徒が事故死していまして」
元々そんなに偏差値が高い高校ではないらしい。これで自殺が多発しているなんて噂がたてば評価は下がる。そうなると来年の新入生の人数も減ってしまう。少子化の時代でただでさえ集めるのに苦労しているはずだ。
「どうでしょう、受けてもらえませんか」
「任せる、兄者」
どこからともなく低く渋い声が聞こえた。だが、声の主の姿はどこにも見当たらない。しかし、玄劉は気にしていない。当たり前のことのように平然としていた。
「わかりました。その依頼受けましょう」
「ありがとうございます。こちらもできる限り協力しますので、何でも仰ってください」
深々とお辞儀すると顔色の悪い校長は出て行った。
続く
本来ならありえない現実に孟起は頭が痛かった。何かの嫌がらせか、はたまた質の悪い冗談か。後者なら笑ってボコにするだけで許してやるが、生憎これはどちらでもない。
正式に申し込まれた仕事である。あと二ヶ月もすれば二十六になる男が何故に学ランを着て、一度逃げ出した高校生活を再び送らなければならなくなったのか。
事の起こりは二日前に遡る。
ビルのひしめくオフィス街の外れ、少し古びた二階建てのビルにそれはあった。不良のたまり場に見えなくもない所に漢蜀の事務所がある。辺鄙な所で客は来ないのではと思うだろうが、何かに導かれた人がやってくる。今日も一人の客が来ていた。
「喧嘩、ですか?」
粗末な社長席に座った優男の言葉にソファーに座った中年の男は深刻な顔で頷いた。社長の椅子に座っているよりも縁側の座布団の上でゆったりとお茶を飲みながら座っている方が似合う、そんな雰囲気の男性だった。彼の名前は徳田 玄劉。この会社の社長で、よく間違えられるが、まだ三十代である。
「はい、お恥ずかしいことですが」
俯いたままため息を漏らすその顔は年の割に老けて見える。髪も黒より白のほうが明らかに多い。ここに来るまで相当悩んだ証拠だ。
「ど、どうぞ」
「あ、ああ、ありがとうございます」
恐る恐るお茶を運んできたのは気の弱そうな少女だった。彼女の名前は藤林 文香。本来なら中学に通っている年だが、理由があって行っていない。普段は他の場所で働いているが空いた時間に漢蜀の事務的な仕事を手伝いに来ている。今日はその結果報告に来ていた。ただし、人見知りが激しいと言う欠点があるため、表立っての活動にはあまり参加していない。彼女が中学を途中中退したのはその辺が理由のようだ。今日もお茶を出し終えると客に目を合わせることなく奥へと走って引っ込んでしまった。
その微笑ましい様子に表情が少し和んだ客人だったが、別の視線ですぐに身を硬くする。彼が未だに落ち着けないでいるのは自分の後ろでムスッとしている金髪の混じった薄い灰色の髪の青年のためだった。猛獣のように鋭い琥珀色の瞳には不機嫌な色が出ている。その男だけだったらヤクザの事務所と思われても仕方がない面構えだ。
そして、給湯室に通じるドアのそばに置いてある大きな黒い猫科の剥製も彼の精神の波を乱していた。虎のようだが、全身が真っ黒の虎なんて聞いたことも見たこともない。剥製のはずだが、妙に生き生きとしていて今にものっそりと動き出して襲い掛かってきそうなほどだ。恐怖を覚えるほど毛並みは美しい。
しかし、この事務所には不釣合いなのも確かである。
「ガキの喧嘩なんてよくあることだ。ほっとけ」
後ろから無責任な言葉を言われたが、客人に睨み返す気力はすでになかった。
「私は校長ですから。それに困っているのはどうもほっとけなくて」
「良い心がけですね」
「ハン、ただの自己満足だろ。それかいざって時に家庭に責任転嫁できる気がしなかったか。どっちにしろ、そいつの実力不足だ。受けることはねー」
「孟起、客にその態度は何だ。失礼だぞ」
興味なさそうに呟いた青年を玄劉が嗜めると。
「徹夜明けに呼び出すそっちが悪いんだろが」
彼は大きな欠伸を付けて返した。どうやら、つい先程まで別の仕事をしていたようだ。
「疲れているのなら、別室で仮眠を取っていてくれ。そのように睨まれては客人も居心地が悪いであろう」
「お、悪いな」
社長の言葉に大きく伸びをすると青年はドアから出て行った。
「では、話を続けましょうか」
いつもの事らしく、玄劉はニコリと笑って話の続きを頼む。
「は。はい、まだ公になっていませんが、我が私立西華学園で、生徒同士の殴り合いがここ最近頻発しています。単なる生徒同士のいざこざだと言う声もあるのですが、喧嘩していた生徒の話を聞いているとどうも要点を得ないのです」
「どういうことですかな」
「喧嘩した理由を当人達も知らないのです。何度尋ねても「相手が悪い」とか「ムシャクシャしたから」とかも言わず、ただ、わからないとばかり言うのです。周りの生徒も気がついたら殴り合っていたと言っています。本人達も喧嘩の理由すらわからないそうです。」
「確かに変ですね。普通例えわずかでも何らかのきっかけがあるはずですが」
それこそ些細なものでいい。肩が当たったとか、一方の機嫌が悪かったとか、お金が欲しかったとか。しかし、どの生徒も誰がいくら尋ねてもわからないとしか言わない。仕舞いには聞かれた生徒の方が首を傾げてしまったらしい。
もちろん、こんな話他の先生方は信じなかった。
「しかし、当事者の生徒同士も何故喧嘩になったのか本当にわかっていないようなのです。喧嘩が起こったのが自他共に認めるほど仲が良かった生徒同士であったり、逆に接点の全くない生徒同士で起こったり。しかし、表立っての調査はできないのです」
「それは学校の評判を下げるからですか」
「いえ、それだけでしたらとっくに警察に頼んでいます。私はただ生徒たちに不安を与えたくないだけです。今の高校生は受験のストレスもあって何かと不安定な状態ですし、公の調査が入る理由を話せば、それこそ隣の生徒でさえ信じられなくなってしまう。一生に一度の青春にそんな高校生活を送ってほしくありません。けれども、このままという訳にもいきません」
「それだけですか」
「・・・・・・実はその前にも生徒が事故死していまして」
元々そんなに偏差値が高い高校ではないらしい。これで自殺が多発しているなんて噂がたてば評価は下がる。そうなると来年の新入生の人数も減ってしまう。少子化の時代でただでさえ集めるのに苦労しているはずだ。
「どうでしょう、受けてもらえませんか」
「任せる、兄者」
どこからともなく低く渋い声が聞こえた。だが、声の主の姿はどこにも見当たらない。しかし、玄劉は気にしていない。当たり前のことのように平然としていた。
「わかりました。その依頼受けましょう」
「ありがとうございます。こちらもできる限り協力しますので、何でも仰ってください」
深々とお辞儀すると顔色の悪い校長は出て行った。
続く
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