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王子と従兄弟の生活
王子4
しおりを挟むあの時から、兄様は壊れてしまった。
いつも一緒のベッドで寝て、朝は一緒に起きていたのに。
一緒に寝てはくれなくなったし、起こしに来ることもなくなった。
別の部屋に寝所を移された僕だったけど、それでも夜に聞こえてくる泣き声に、心配していた。夜には鍵がかけられてしまうから、兄様の元へ行くこともできない。
いや、できない訳じゃない。
したくないだけだ。
見てしまえば、きっと兄様もあの時の男たちに向けた目を僕にも向けることになる。
あんな目で見られたくない。
嫌われたく、ない。
でも………、
それでも、僕は…
~三年後~
「兄様、おはよう。」
「おはようございます。」
兄はあの日から、僕に笑顔を見せることはなくなった。
ずっと無表情で、僕は兄様の顔を直視することが出来なくなった。
感情の籠もらない声が僕の耳に入ってきた。
「今日は図書館に行くので、昼は自分でどうにかしなさい。」
「え…、兄様はお昼どうするの?」
僕の質問には答えず、バケットをひとつだけ食べた兄様は、そのまま食器を片付けると家を出て行ってしまった。
最近、兄様はこうして家を留守にすることが多い。
僕は家事全般できるようになったから、問題とかは特にない。
けど、一人になるとどうしても、考えてしまう。
僕を捨てた両親のことも、僕の叔母さんのことも、それから兄様のことも。
父は王としても男としても最低な人で、父親としては良い人だったと思う。
母は王妃としては完璧だったが、子供を置いて死ぬなんて馬鹿な人だと思う。
叔母さんはどうして子供を放置して、大人の男とばかりいるのだろうか?
…兄様はどうして僕に優しくしてくれたのだろうか。
同情? それとも、哀れみから?
そんなこと考えてもしょうがないのに。
「今日も一人、か」
兄様は冷たくなったけど、僕の朝食を用意したり、ちゃんと挨拶を返してくれる。
まだいい方だと思うけど、あの日僕が兄様を助けることが出来たのなら、どれほど良かったことだろう。
僕は無力だ。
好きな人一人守ることも出来ない。
でも、誰も守れないままでいいのか?
せめて、僕が今より強くなれれば、兄様に迷惑をかけずにすむかもしれない。
「強くなるには、どうしたらいいんだろう…」
僕はあまり頭がいいとは言えないし、この小さな身体では戦いには向かないだろう。
魔法を行使できれば、そんなことは関係なしに戦えるのに。
僕は魔法を使ったことがない。
火、水、風、土、光、闇、空間。
大雑把にいうとこの七属性があることしか知らない。
正確に言うと、知る前にあの事件が起きてしまった。
だから、魔法がどんなものなのかも知らない。
「王宮に行けば、わかるのかなぁ…」
でも、母が叔母のいるこの家に僕を送ったということは、少なくとも王宮には僕にとって危険な人がいるということなのだろう。
あの時王宮に置いていったばあやと、僕を送った後城の方に戻って行ったじいやは大丈夫なんだろうか。心配だ。
「確実に王宮よりこの家の方が酷いと思うけど…」
この家の実情は母も知らなかったのかもしれない。
僕は大きくなったらこの家を出ようと思う。
その時には、兄様も一緒に連れ出せたらいいな、とは思う。
僕は王宮へやってきていた。
時間がかかったので、もうお昼を過ぎてしまっている。
「僕の住んでたところって、こんなに大きかったんだ」
住んでた時はこうして外からこの城を見ることはなかった。
『黒』が尊ばれるこの世界で、唯一と言っていい『白』を纏っている建物がこの城だ。
そんな王宮の、図書室に僕は足を踏み入れた。
幼い頃、父が使っていた『隠蔽』の魔術。
それで自らの姿を隠すことで、城下へと降りていたのを僕は見ていた。難しい魔術だからと教えては貰えなかったので見様見真似だ。
誰にも認識されずに本を読んでいたけど、ふと顔を上げてみたら兄様の姿が見えた。
兄様の言っていた図書館は街にあるもので、平民でも出入りできるところだったはずだ。こちらに来るとは思わなかった。
隠れて兄様を見ていると、声が聞こえてきた。
––––––おいで……。
女の人の声だ。
兄様の後をつけようと思っていたけど、僕はその声がどうしても気になって、声に導かれるようにして図書室を出た。
––––––おいで…私の、かわいい……。
廊下に響いているはずのその声はとても不明瞭で、周りに人の気配が全くしないということも恐怖感を煽った。
でも、それ以上のドキドキとワクワクを抑えられなかった。
声に導かれるままに廊下を進み、階段を登って、部屋の中に入って行った。そこは僕の記憶に一番残っている場所で、よくお母様と一緒に本を読んだりお昼寝をしたりしていた。
父は、忙しくて中々遊んでくれなかったけど。
声は、その部屋にある暖炉から聞こえていた。
“おいで。私の、かわいい子。”
そうだ、この声は、お母様の……?
どうして死んだはずのお母様の声が聞こえてくるの?
“暖炉の中を、のぞいてごらん。”
声に従って暖炉を覗き込むと、僕の側には父と、父に付く『女官』という役職の人がいた。
彼女はリアーナ。とても珍しい、黒以外を纏う人だった。
「ねぇ、レヴァ。どうしてそんなことを言うの?」
「どうしてって、俺と君が幸せになるには、そうするしかないからだよ。リアーナ、俺は君を、君だけを愛しているんだ!」
「だからといって! 王妃様と、まだ幼いヴェルナード様を置いて国を捨てるだなんてっ…!」
いきなり聞こえてきた会話に目を見張る。父も、このリアーナという女官も、今ここにはいないはずの人物だ。
どういうことだ? いや、それよりもこの会話は?
この部屋にある大きな窓を見れば、時間帯は夜なのだろう。黒く染まった外側は、何も見えない。
「俺を好きだと、愛していると言ったのは嘘だったのか?」
「そんな訳ないでしょ?! 愛してなきゃ、私が貴方とするわけないじゃない!」
悲壮な顔をした父の言葉も、顔を歪めて叫ぶリアーナの言葉も、僕には衝撃的すぎる内容だった。
愛してるってことは、大好きってことだよね?
父はお母様にも「愛してる」って言っていたけど、さっきの父はリアーナに「君だけを愛している」と言っていた。
お母様への「愛してる」は嘘、ってこと?
父は、最初からお母様を裏切っていたの?
それなのに僕をお母様に生ませたの?
わけがわからない。 頭が痛くなってくる。
あの頃より少しは勉強ができるようになったのに、僕にはまだまだわからないことばかりある。
だから兄様も、勉強ばかりしているのかなぁ。
やがて父…いや、陛下はリアーナと言い争いをやめた。
そして嫌がるリアーナを押し倒し、あの日兄様がされたことと同じことをしはじめた。
僕はもうそれを見ていたくなくて目を瞑った。
お母様を裏切って、隠れてそんなことをするような人が父親だなんて、最悪の気分だ。
こんなものを僕に見せて、何がしたいの?
お前は一体なんなの?
“賢い子。お前は『クロノス』の名を継ぐに相応しい。
今日からお前が、私の新たな主人だ。精々、楽しませろ。”
そんな声が聞こえて、目を開けた時には暖炉の前で座っていた。
暖炉の中には、黒い大鎌が妖しく光を反射していた。
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