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王子と従兄弟の生活
従兄弟4
しおりを挟むあの日から、ヴェルの顔を直視できなくなりました。
私は私の生まれを疑ってはいましたが、母が侯爵家の生まれであることは確実で、侯爵家の名に恥じぬように努めてきました。
行く先々で、“娼婦”と揶揄される母を見て、こんな風にだけはなりたくないと思っていました。
それらすべて、あの日に台無しにされました。
母と、それと通じた貴族の男たちの手によって穢された私は、その姿を一番見られたくなかった子にまで見られたのです。
貴族の男たちは全員爵位持ちだったのでしょう。爵位を示すバッチを胸につけていました。それも家紋入りのものです。
訴えたところで無駄でしょう。証拠は何もなく、子供の証言だけで動く大人など周りにはいません。
しかしこのようなこと、誰も言い出したりはしないでしょう。
言った方が不利になるのです。この国は歪んでいるから。
~三年後~
「兄様、おはよう」
「おはようございます」
今は秋の始まりの頃。
今日もヴェルは、私がそこに在ることを証明してくれます。
毎朝、感情を表に出すことなくヴェルに挨拶を返す度、彼が悲しげな顔をしているのを感じます。
あと五年もすれば準成人として社交界に顔を出さねばならなくなるというのに、まだまだ子供です。
ですが、私は貴族の子息として、本来ならやらなくてはならないことがある身です。爵位を継承するための勉強や、社交のマナーなど。前半部分に関してはこちらから願い下げですが、マナーはどのような場所で生きるにしても必要とされるでしょう。
……まぁ、私はもうマナーについては十分だと教師に言われましたので、別なことを学びに行くのですがね。
おっと、ヴェルに話しておくのを忘れてしまうところでした。
………食事が終わってからにしましょうか。
王立図書館。
ここは身分問わずに開かれている図書館で、初代クロノス様の建国当初からあるそうです。
ここにはいろんな本があります。例えば、神々にまつわる神話の本、経済学や経営学を学べる本、それから“地上”について書かれた本。
地上というのは、我々魔族にとっては幻とか伝説のような存在です。稀にこの魔界にも、地上の生物が来ることがありますが、環境に適応出来ずに死ぬのです。
かつて地上の人間がこちらに来たこともありましたが、その人間がどうなったかは誰も知りません。
その地上に憧れている、というわけではないのですが、私はできることなら私を知る人がいない土地で生きていきたいのです。
ここを出るのは成人してから。それまでここの本を読んで知識をつけておこうという次第です。
地上で通じるかはわかりませんが、無いよりはマシでしょう。
幸いにも私は記憶力だけは良いのですから。
ついでに魔法も少し習ってみたのですが、私は魔力の保有量が魔族にしては少なく、どのような魔法も扱うことは出来ませんでした。そのかわり、血を媒介にする“血禍魔術“というものを習いました。血で災いを起こす魔術だそうですが、出来ることといえば小動物を召喚するくらいでしょうか。
……無いよりは、マシでしょう。
夕方になって、やっと帰宅した私でしたが、ヴェルが倒れているのを見つけて血の気が引くようでした。
声をかけても反応はなく。ふと彼が抱きしめるようにして持つものに気付きました。見たことのない禍々しい鎌。刃だけが鈍く光を反射して、まるで血を欲しているようにも見えました。
……いいえ、見たことは本当に無いのですが、私はこれを知っている気がします。図書館の本で見たのだと思いますが、どの本だったでしょうか。
ひとまず気を失っているだけのように見えるヴェルは、部屋に運ぶとしましょう。…あ、重っ…無理ですね。諦めます。
私が諦めた時、鎌の柄の部分にはまった宝石が輝いて、ヴェルの体はふわりと浮かびました。
…私は夢でも見てるんでしょうか?
そのままヴェルの体は………
浮いただけで、べしょっ、と床に落ちました。
痛そうです。
私は一旦、不気味な鎌を見なかったことにして夕飯の支度に取り掛かりました。
夕飯を食べて一度部屋に戻った私でしたが、そこで自分が書き写した本を読みました。私が見たのは【王家の秘宝】を詳しく書いていた本を自分で書き写したもので、一言一句間違えずに記してあります。
絵の方も、あまり得意ではないのですが書き写しておいてよかったと今なら思います。ひと目見て、ヴェルが持っていたのはクロノス様の使っていた鎌で、〈神器〉のひとつ。
“時超えの大鎌”などと呼ばれるそれは、言い伝えや御伽噺によると自らの意思で使用者を選ぶそうです。今ここにこれがあるということはヴェルを主人として認めたか、或いは…。
…ヴェルに聞けばわかるでしょう。
私は今までヴェルを避けていましたが、少しだけなら大丈夫だと思ってヴェルの部屋へ行きました。が…
「むにゃむにゃ……えへへ、兄様ぁ…」
寝ながら私を呼んでいるヴェルの幸せそうな顔を見て、胸がいっぱいになってその日は自室に戻りました。
翌朝。
朝食の準備をしていると、ふと視界の隅にその大鎌は入っていました。そこにあるだけでとんでもない存在感だというのに、どうしてこうも主人に似てイタズラ好きというか、なんというか。
この大鎌にも人格のようなものがあるのでしょうか。気配を消して私の視界に映って、楽しいんですか?
時間になっても起きてこないヴェルを起こしにいくと、ヴェルはベットの上で丸くなっていました。最近寒くなってきたからでしょうか。
起こして、久しぶりに直視したヴェルは、可愛らしい顔つきがしっかり男の子の顔になってきていました。
ちょっと意地悪なことを言って起こした私に、ヴェルは恥ずかしそうにして目を逸らしました。私を見る目は相変わらずで、少しだけ気が楽になった気がします。
「あの大鎌は、お前の物ですか?」
と問えば、ヴェルは大鎌を見て驚いたような顔をした後、私があの大鎌について軽く教えてあげただけで、
「そうなんだ、知らなかったや」
と言って物知りな私を何故か得意げに、誰かに自慢するようにして笑っているのを眩しく思いながら、この国に古くから伝わる御伽噺のことも知らない弟を睨みつけるだけに留めたのでした。
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