その乙女、天界の花園より零れ墜ちし者なれば ~お昼寝好き天女は、眠気をこらえながら星彩の柄杓で悪しき種を天の庭へ返す~

國居

文字の大きさ
4 / 80
プロローグ 寝過ごしちゃいまして……わわっ! まさか天界追放?!

その四 失態の責任は、わたくしがとらせていただきます……グスン!

しおりを挟む
 うーん……。何だか天人寮内が、騒がしい……。
 まだ、空の色は夜明け前のようだけれど……、何かあったのかしら?
 昨日は、ずいぶん霊力を消耗したから、もう少し寝ていたいな……。

深緑シェンリュ! これ、深緑! お起きなさい!!」

 房の扉を勢いよく開けて、天人寮の寮長様が飛び込んでいらした。
 わたしは、上掛けを跳ね上げ、寝台から飛び出した。

「ど、どうさなったのですか、寮長様!」
「深緑、そなた、いったい何をしでかしたのですか?!」
「何を、って……。しでかした、って……。わ、わたくしは、いつもと同じように……」
「天帝様からのお召しです! すぐに身支度を済ませ、わたくしと一緒においでなさい!」
「は、はぁ? て、天帝様からのお召しぃ? そ、それは……」
「いいから! つべこべ申していないで急ぎなさい!!」

 何が何だかよくわからない。でも、天帝様からのお召しなら、のんびりしている場合じゃないわよね! 
 わたしは、大慌てで身なりを整え、扉の前で腕組みをして待っていらした寮長様と一緒に、寮の入り口へ向かった。

 入り口には、屋根付きの立派な四方輿しほうごしが待っていた。
 中にはすでに林杏姉様が座っていらして、神妙なお顔でうつむいていらっしゃった。
 わたしが乗り込むと、姉様は、涙をこらえながら何かおっしゃろうとしたが、輿を操る天人に止められた。
 いつの間にか集まった寮の天女たちが好奇の目を向ける中、輿は宙に浮き、天人たちに操られながら、天帝様が住まう宮殿へと出発した。

 楝色おうちいろの雲がたなびく清澄な明け方の空を、輿はゆっくりと進んでいった。
 やがて、曙光に輝く豪奢な宮殿が、霧の幕の向こうから姿を現した。
 紫微宮しびきゅう――、天界の中心にそびえる、この世界を統べる神の中の神・天帝様の居城だ。

 わたしたちは、紫微宮の入り口で輿から下ろされ、謁見の間へと案内された。
 謁見の間は、不思議な場所だった。
 壁や天上はあるようなのだが、なにやら全体に楝色の靄が立ちこめていてはっきりしない。
 わたしと林杏姉様は、玉座があると思われる方角に向かって叩頭こうとうし、天帝様のお言葉を待った。

 やがて、妙なる楽の音が頭上より降り注ぎ、強い気に満ちたお声が聞こえてきた。

「林杏、深緑、まずは頭を上げ、これを見よ!」

 お言葉とともに、目の前の靄の幕に、朝日を浴びる天空花園の風景が映し出される。
 生き生きと日の光に輝く花々――。
 昨日わたしが撒いた天水が、朝露となって花々を潤わせている。
 良かった! やっぱり、きちんと水やりを終えていたんだわ! どの花も元気そう……。

 風景は変わり、天空花園の西の外れの辺りが映し出された。最後に水やりをした場所だ。
 えっ?! これは?! これも、天空花園なの?!

 ほとんどの花はしおれ、最後の力を振り絞って実や種を実らせていた。
 どの花の葉にも深い切れ込みが入り、茎は鋭利なとげや剛直な巻きひげをつけ、花を切ろうと近づく者を拒んでいた。
 伸びた蔓が複雑に絡み合い、濃い影を作って株元へ差し込む光を遮っていた。
 これでは、花々は根から痛んでしまう。

「林杏よ! 天水の役割とは何か? そなたなら、知っておろう。答えてみよ!」

 先ほどよりも冷え冷えとしたお声で、天帝様が林杏姉様に問われた。
 隣でかしこまる林杏姉様の体が、ぴくりと動いた。
 姉様は、胸を押さえ息を整えると、ゆっくりと話し出した。

「天水は、天界の花々を育み、その本来もつたちを整えるためのものでございます。日々これを与えることで、天界の花々は良き質をのばし、盛んに良き気を発するようになります。もし、これを与えることを怠れば、花々はたちまち悪しき質を露わにし、悪しき種や実をまき散らします。ときには、下界にまでそれを飛ばし、人間に辛苦を与えることもございます」

 えっ?! えっ?! ええーっ!! 水やりって、そんなに重大なお役目だったの?!
 そりゃあ、庭番の仕事は、花々に天水を与え、良き花を咲かせ、天界に良き気を満たすことだとは知っていたわ。だから、天水をかけ忘れてはいけないんだと思っていた。
 でも、天水をかけ忘れると、花々が悪しき質を露わにするなんて聞いてない!

 いや……、初めてお仕事をお手伝いしたとき、翠姫様からそんなお話を聞いたような……、気もする……。うん……、気がする……。ずうっと、忘れていたけれど……。グスン……。

「ならば、わかっておるであろう? 一部分とはいえ、天空花園がこのような有様になったのは、天水をかけ忘れたからだ! これは、庭番の失態である!」
「ははーっ!!」

 林杏姉様もわたしも、より深く頭を垂れ、床をなめんばかりに平伏した。
 うわぁっ! やってしまったぁっ! わたしたち、どうなっちゃうんだろう? 天帝様の怒りの雷撃で天界の塵にされてしまうのかしら? 翠姫ツイチェン様のお留守に、とんでもないことになってしまった!

「わたしは、そなたらしもの者に責めを負わせるつもりはない。この失態の責めを負うべきは、そなたらを育て導かねばならない翠姫であると考えている。翠姫は、いったいどこにおるのだ? 宮殿へ使いを出しても、いっこうに要領を得ぬ。霊力が衰え寝込んでいるという者もおるし、姉神たちのところへ、なにやら話し合いに出かけたという者もおる。どうやら、そなたらの同役の天女が二人、付き添っているようだがな――」

 まずい! このままでは、翠姫様が罰せられてしまう。内緒で下天していることまで知られたら、どうなることやら。な、何とかしなくては――。

「て、天帝様っ! こ、このたびの失態は、全て、わ、わたくし深緑の寝坊に起因しております。わたくし、常日頃から、れ、霊力を使いすぎますと、昼寝をしてしまう癖がございまして、ご主人様や姉様方から、何度もご注意を受けておりました。昨日も、一仕事終えたところで、つい昼寝をし、水やりがおわっていないことも忘れ帰ってしまいました。わ、わたくしの至らなさゆえの失態でございます! ど、どうぞ、わたくしを、わたくしだけを罰してくださいませ!」

 わたしは、床に頭をこすりつけるようにして、天帝様に願い出た。
 わたしの言葉を聞くや否や、今度は林杏姉様が涙声で訴えた。

「悪いのは、わたくしでございます! 天帝軍の兵舎へ花を届けに伺ったのに、そこでお誘いを受け、自分の役目も忘れて宴に加わってしまいました。水やりを深緑一人に任せ、自分はお酒をいただいて上機嫌になっておりました。罰せられるべきは、己の欲に負けたわたくしでございます! 深緑に罪はございません!」

 二人とも大泣きになり、「わたくしが……」「わたくしの方が……」と繰り返していたところ、誰かが、引き留めようとする天人たちを怒鳴りつけながら、謁見の間に入ってきた。

「ええいっ、止めるな! わたくしから天帝様に直接お話いたす!!」

 えっ?! だ、だれ?! どなた様ですか?! 平伏しているから、見えないのですけれどぉ!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...