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第1章 黄昏のパリは雪に沈む

No,13 明彦の決意

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「しょうふ……?それは……春をひさぐ娼婦の事ですか?」
「はい、その通りです」
 藤代は、まるで自分が何かミスを犯したかのごとく頭を下げる。

 明彦に衝撃が走った。
「そ、そんな……あの人はとてもそんな人には見えない」
「はい、しかしそれが事実なのです。そして彼女はピギャールあたりのココット(街娼)とは訳が違います。パリ社交界に於いて、彼女はれっきとしたクルティザーヌ(高級娼婦)の扱いで……その、つまり侯爵の公式な愛人と言う事だそうです」

 さすがに明彦も愕然とした。
「公式って……愛人に公式も非公式もあるのでしょうか?」
 しかしそんな奇妙な事情さえも、やはり明彦の心を戒めるには至らなかった。むしろ彼女の事情を知り、益々その思い入れの強まる明彦だった。

「藤代さん、僕のあの人に対する想いは一目惚れとか、そんな浮ついた事ではないのです。
 僕はあの人と対峙し、確かめなくてはならない事が有るのです。
この、どうにも抑えられない激しい動揺……僕はその正体を突きとめ、自分なりに納得しなければ先に進む事が出来ないのです」
「分かりました。あなたを信頼しております。侯爵の覚えを悪くすれば我が社にとっても大きな損害。あなたはそんな軽はずみな事など、決してなさらない方だ信じております」

「藤代さん、ありがとうございます。僕は自分自身の、この重大な想いに決着をつけて来ます」
「明彦さん……」

「そうしなければならない。
そうしなければ、自分にとってとても大切なものを一生涯、失ってしまうかも知れないのです」
 そう決意しながら、明彦の脳裏に切なくも激しい思いがよぎった。


(侯爵の愛人でもいい。契約で買われる娼婦でもいい。
俺は、あの人の現実を見据えなくてはならないんだ!)


 そんな明彦の確固たる意志を知り、藤代はもう、何も言おうとはしなかった。

──複雑に揺れる明彦の心情などに構うこと無く、パリの街は真っ赤に燃える夕日に照らされ、夜会の始まる時間は刻々と迫っていた。


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