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01.いわゆるヒモと言われてもしかたがない
しおりを挟む「シルー、お腹減ったー」
風呂上がりの濡れた髪を乱雑にタオルで拭きながら勝手知ったる木製の床をずかずか歩く。日本の等間隔に作られたフローリングではなく、色も幅もばらつきのある木の床だ。
人工的でないそれは今日もツヤツヤとしていて綺麗だと思う。どうやら綺麗好きらしい家主のおかげで、ホコリの一つも見当たらない。
我ながら雑な歩みと自覚しているのに、ギシギシと音がしないのが不思議でならない。家主曰く、修理が面倒だから魔法で補強しているとのことだ。
――そんな簡単にできるものなのか?
甚だ疑問ではあるのだが、元異世界人でシル以外の現地人を知らない悠斗には何が普通でなにが非常識かなど分かるはずもない。
(外から見た時は、掘っ立て小屋にしか見えなかったんだけどなあ……)
掘っ立て小屋は失礼か。
丸太で出来た可愛らしい建物ではあった。某動物ファミリー人形たちが住んでいそうな、ファンタジー風情は感じた。
一晩くらいならグランピングしてもいいんじゃない? と現代日本人なら言うかもしれない。
外は見渡す限りの木で薄暗いから悠斗は避けたいが。
風通しは良さそうに見えたし、じめっとしていそうに感じたし、もっとこじんまりとした間取りに思えたし、なんなら虫の侵入は避けられないだろうと思った。
それがどういったことか、中はどう考えても教室サイズはありそうなLDK、その向こうにいくつか扉が見える。
明らかに、外観とサイズが合わない。
立派な一階建ての一軒家だった。
意味不明すぎてファンタジーを感じたし、悠斗は考えるのをやめた。
ちなみに、理解できない魔法で、虫は入ってこないらしい。
痒いのは嫌いだし、かさこそされるのも避けたかったので、シル様様である。
「できてる」
童話に出てきそうなかまどの上に乗った鍋を前にした美形が一言告げて振り返った。
日本にあった藤の花を思わせる薄紫の瞳はいつ見ても綺麗な色だが、残念なことにそこにはなんの感情も浮かんでいない。
初めて見た時から、そこに感情の色が乗るところを見たことがなかった。
美形が黙っていると何故か責められている気分になると思ったのはそんなに前ではないはずだが、順応性の高い日本人気質を爆発させた悠斗はもう気にしていない。
気にするだけ無駄だ。
それに悠斗は、この無口美人の家主が嫌いじゃなかった。
突然やって来た悠斗を受け入れてくれて、何を要求するでもなく住まわせてくれている。
食事も、服も、寝床もだ。
ちなみに風呂もある。
現在、生きるためのすべてを悠斗はシルによって賄われていた。
親でも兄弟でもない相手が、無償で。
衣食住のすべてを提供されて文句を言うほど人として終わっていない。
「いい匂い。なに?」
隣に並んで巨大な鍋を覗き込む。茶色い液体からはいい匂いがする。シチューともカレーとも違う匂いがするということしか分からない。
ちなみに一般男子学生だった悠斗の料理は学校の調理実習レベルで終わっている。
ここはせめて料理くらい、などという考えは初日にシルの食事を食べた瞬間に消滅した。
このイケメンは、料理もうまかった。
何か出来ないこととかあんの?
そう聞きかけて、ぴくりとも動かない表情筋を見てやめた。もしも「顔の筋肉の動かし方が分からない」と言われたら、どう返事をしたらいいのか分からない。
「鶏肉のポシェ」
「ポシェ」
「……煮物」
「鶏肉」
「……バードラっていう、魔獣」
「魔獣」
魔獣、という言葉には未だに慣れない。ああ、日本じゃないというか地球じゃないんだな、と改めて思う。
バードラというのがどういう形状をしているのかは知らない。
異世界に来て多分二週間くらいの悠斗は、まだ魔獣にお目にかかったことはない。
外に出ても庭までで、その向こうの薄暗い森の中に足を踏み入れたのは、突然この世界にやって来た初日だけだ。
「シル様~」
「――なに、急に」
救世主以外の何者でもなかったシルに向けて手を合わせて拝む。
当然、変なものを見るような視線をされる訳だが、悠斗は気にしない。だって表情は変わっていない。眉間にシワは寄らないし、瞬きの間隔も変わらないし、唇もぴくりともしない。
声だけが、ちょっとだけ、戸惑ったように聞こえた。
あくまで聞こえただけだ。
もう二週間、まだ二週間。
初日よりもシルの感情の機微が分かるようになった気はする。でも表面が何も変わらないので、あくまで≪気がする≫でしかない。
「や、シルに拾われてよかったなって思って」
それでも、シルに拾われて良かったと思う気持ちは確かだった。
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