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06.畑仕事が似合わない男

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 シルの家に転がり込んで1か月くらいが経った。
 素性不明の悠斗を特に疑うでもなく家に住まわせてくれているシルには感謝しかない。



 実はまだ、悠斗は彼が人外じゃないか疑っている。でも怖くて聞けないでいる。
 あんまり綺麗な顔立ちをしているものだから、たまに神々しく見えるというか。西洋人の顔が見慣れていないせいかもしれない。それだけかもしれない。自分に言い聞かせても、たまに負ける。

「まっ……ぶしい……ん、だよなあ」

 庭に出ているシルを見に行ったら、爽やかな朝の日差しの中で佇む姿が、完全に人間を超えていた。
 テラス状になっている階段上のスペースに設置された木製の柵に頬杖をついて、離れた距離からでも輝いて見えてしまう姿を眺める。

(いやまあ、していることは土いじりなんだけど!)

 シルの家の裏側には人一人はまかなえるサイズの畑がある。耕された土は他と違って柔らかそうで、悠斗の肩くらいまであるものから、地面を這うものまで種類に富んでいる。ついでに果樹が隣に生えていて、金色っぽく光るりんご――だと思うけど名前は知らない果物――がなっている。

「悠斗?」

 じーっと見つめる視線に気づいたらしいシルが、今日の食事になるだろう野菜の入った籠を持って振り返った。服装は相変わらずローブだ。正直に言って、畑とローブと美形のギャップがすごい。

「おはよ」
「おはよう」
「何か手伝うことある、って聞きに来たんだけど、もしかしなくても終わってる?」
「うん」
「そっかあ……」

 はあぁ
 深いため息が漏れた。一人じゃできないまでも手伝いくらいはしたいと悠斗は思っているのに、この低血圧っぽい低体温系美人は意外にも朝が早く、悠斗は未だに一度も畑の手伝いをしたことがない。

「気にしないでいいのに」
「でも、この辺は大丈夫なんでしょ?」

 出会った初日にシルに言われたことは『勝手に外に出ないように』だった。この家を中心にした土地には結界が張ってあるから大丈夫だと思うけど、万が一があるから、と。
 そんなことを言われて、虫退治も殺虫剤頼みの地球産現代日本人が森の中に繰り出す勇気があるわけもなく。
 悠斗はこの異世界に迷い込んでシルに拾われてからこっち、未だに畑よりも向こう側に行ったことがない。

 朝起きて、シルの作った食事を食べて。シルと一緒に本を読んだり、たまに室内で作業しているシルの見学をして。昼はシルの作ったごはんを食べて。たまに外に狩りに行く姿を見送り。いつの間にか増えていた3人掛けサイズのソファーに寝転がって昼寝をして。夜はシルの作ったご飯を食べる。
 最初のうちは悠斗も余裕がなくてされるがままに享受していた。とはいえ1か月も経つと、さすがに申し訳なさが上回って来る。



 誰がどうみてもヒモ。



 そんな考えが過ぎって肩を落とす。

「転生チート……いや転移チート? あったらいいのになあ……」

 鉄板の「ステータスオープン」は不発に終わり、手にした野菜を凝視しても鑑定は出来ない。瞑想してみても身体の中を流れる魔力なんて欠片も感じられない。
 一度だけシルに簡単な光りを出す魔法の呪文を聞いて口にしてみたけれど、何も起きなかった。
 言葉が喋れて文字が読めることが救いだった。

「ねー、シル。俺ってやっぱ魔法使えないのかなあ?」

 トン、トン、トンと短い階段を上って悠斗の前にやって来たシルが、何度もした問いかけに、ふむ、と見下ろしてくる。

「前にも話したけど、この世界で魔法が使える人間はあんまり多くない。種族適正がある」

 ではあなたはやはり人間じゃないんですか。

 問いかけを飲み込み、太陽光を背にしたシルが眩しくてぎゅっと目を瞑る。瞼の裏に残った美形が眩しい。

「あとは、精霊に力を貸してもらう方法もある。たとえば、そこの畑」
「畑?」
「そう。あそこは契約した精霊が力を貸してくれてる」
「だから美味しい野菜がいつでも採れ放題……みたいな」
「そう」
「えっ、精霊って見える? 見たことない」

 新規情報にシルの向こうに見える畑を凝視する。明るいそこには青々とした葉っぱが見えるだけだ。ファンシーな光景は残念ながら広がっていない。

「いる……けど、人型じゃない。こう……丸い」
「丸い。丸っこい玉みたいな?」
「そう」

 細くて長い指が軽く振られて、それから悠斗に向かって手のひらを向けた。ずい、とそこにいる何かを見せるかのような動きに、手のひらとシルの顔を交互に見る。

「……そこにいるとか言う?」



 無表情のまま、こくり、と頷かれて悠斗は絶望顔になった。
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