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07.エルフはいるけど獣人はいない世界らしい
しおりを挟む精霊を見ることも叶わないショッキングな事実に、悠斗はソファーに倒れ込んでふて寝をしていた。
ふて寝前に食べた、採れ立ての野菜を挟んだ焼きたてのパンは、シンプルながらもとても美味しかった。シル作の食事は手の込んだものはないもののいつも美味しいし、何処か懐かしさを感じさせる家庭的な食事が多い。人外じみた美貌と、言葉少なで浮世離れした雰囲気からは想像もつかない家庭的な男だ。悠斗がここにすっかり居着いている理由の一つと言える。
それでも、魔法に次いで精霊を見ることも出来なかったショックは晴れず、食後にソファーに寝転がっている。
(ヒモが極まって来た……、シルが甘やかすのが悪い……)
特別に態度に出して優しくして来る訳ではない。それでも突然現れた悠斗を何も言わずに受け入れてくれて、だから悠斗は一人で途方に暮れずに済んでいる。
普段はあまり考えないようにしている心細さに眠れない時に、いつの間にか傍にいてくれることもある。
何度かそんなことが続いて、すっかりシルに依存している自覚があった。
当のシルはといえば、ふて寝をている悠斗の向かいにある一人掛けのソファーで読書をしていた。背もたれに身体を預けて本を読む姿は、麗しい、の一言につきる。ちらりと視線を向けて悠斗はしみじみと思う。
時折ページをめくる以外は動かない姿は、相変わらず人を超えている。薄紫の瞳だけが、文字を追って動いていて、彼が生きていることを伝えて来る。
「……何読んでるの?」
問い掛けに本から視線を移し、読んでいたページをそのまま悠斗に向けた。珍しく、挿絵が描かれていた。本棚に所狭しと並んでいる本はどちらかというと学術書と言われるようなものが多く、以前ぱらぱらとめくった限りは挿絵はほとんどなかった。その中から悠斗のために見繕ってくれた本は絵本に近い子供向けのものが多く絵も描かれていたが、シルが読んでいるものにあるのは意外だった。
一人が光の中心に座り込み、その正面に立っているもう一人が何かを差し出している。
儀式か何かを思わせるので、神話とかそういった類のものに見えた。ただ、悠斗が内容よりも気になったのは、その立っている人物の姿だった。
がばっと起き上がって、シルが差し出しているページを食い入るように見つめる。
――耳が、長い。
「え、嘘。ねえその絵って、エルフ?」
髪が長くて、今のシルが着ているみたいな裾が長い服を着ていて、耳が長い。
どう見てもエルフだ。
「そう」
予想通りに頷かれて、悠斗の心が高揚に跳ねた。
異世界に住む人外と言えばエルフ、ドワーフ、妖精にあとは獣人か。現代の若者らしくゲームにはそれなりに触れて来た悠斗のテンションが上がるのも仕方ない。
「ドワーフとか……」
「いるよ」
「妖精……」
「精霊なら」
「あ、そっか。えっ、じゃああれ、獣人とかもいるの?」
「いない」
「えっ」
「いない」
「……そっかあ」
勢い込んで矢継ぎ早に質問をする悠斗に呆れることも圧されることもなく淡々と返事をするシルは、否定も早い。きっぱりと獣人の不在を宣言された悠斗は、少し残念に思った。見る機会があるのかは分からないが、日本にいたら有り得ないものをせっかくなら見てみたいと思ったのだ。
残念。とっても残念。
顔にそう書いてある悠斗を見たせいか、それまでの無表情を崩して、シルが、ふっ、とかすかに笑った。
悠斗はそれを見て呼吸が止まるくらいにびっくりした。シルが笑ったこともそうだが、初めて見た無表情以外の表情があまりに綺麗だった。
(えっ、えっ、え?)
神々しすぎる。
神が降りた。
一瞬頭を過ぎった馬鹿な考えに気を取られた間に、一瞬でシルの表情はいつの間にか無表情に戻っていた。
「……今笑った?」
「分からない」
「え、笑ったでしょ」
「……分からない」
首を傾げたシルは、本当に自覚がないように感じられた。再度の否定に悠斗も幻覚でも見た気分になる。確かに見た気がした神の降臨――もとい、シルの笑顔は幻に消えてしまった。
獣人がいないこと以上に悠斗が残念に感じていたところを、話を戻すようにシルが口を開いた。
「――獣人はいないけど、神獣ならいる」
「神獣」
「そう。世界の護り手。人型になれるとい聞いたことがある」
「獣人!?」
「神に近い生き物だから違う……かな」
「へええええええ、ファンタジーだ」
シルはとても物知りで、気になったことを聞くとこうして簡潔に返事が返って来る。だから悠斗は、森の中でシル以外に会わないままでも、少しずつこの世界のことを知ることが出来ていた。
ビービービー
そんな穏やかな日常が突如崩れる音が響いた。
異世界にはそぐわない機械音に悠斗は辺りを見回した。シルは、珍しく眉間にシワを寄せて扉の方を振り返る。
「シル、これ何の音?」
「……誰か来た」
「魔獣?」
「違う。人間」
人間。
聞きなれない言葉を聞いたかのように、悠斗はぱちりと目を瞬かせる。
人口密集地に住んでいた地球からマイナスイオン溢れる森の奥に飛ばされて一か月以上。初めて聞いた単語だったからだ。
「え、ここって人が来るような場所?」
「……ここに住んでから初めて」
シルが何年ここに住んでいるか聞いたことはないが、充実した衣食住から察するにそれなりの年月が経過しているだろう。そのシルが初めてと言っているのだから、かなり珍しいことは分かった。
何より見たことがないほど険しい顔をしているシルが異常事態だと告げている。
ごくり、と悠斗は唾を飲み込んだ。
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