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08.異常事態=第二森人
しおりを挟むおそらく、この家を囲むシルの結界に誰かが入り込んだ音なんだろう。未だ鳴り続ける警報は、シルが手を動かすと何事もなかったように止まる。
「シル?」
「結界を壊されても面倒だから見て来る。悠斗はここにいて」
はあ、と嘆息したシルは本をテーブルに置いて立ち上がった。悠斗はといえば、突然の出来事に動揺が隠せない。火災報知器のような音は、いつ聞いても不安を搔き立てる。
「……大丈夫。ここにいればいい」
黙って見上げていた悠斗の頭を軽く撫でた白い指先は、綺麗だけど改めて見ると男らしい節のある手だと目の前を通り過ぎたそれを見つめて、現実逃避に勤しむ。臭い物には蓋をする訳ではないが、異世界に来て以来分からないことや考えたくないことは後回しにしようとするクセが悠斗の無意識下に出来ていた。
だから、出会った時以来被っていなかったフードをしてその美貌を隠したシルを黙って見送ったし、その姿が扉の向こうに消えた後は、ぱたんとソファーに倒れ伏した。
「……弱いなぁ」
情けない呟きは、ホコリひとつない木の床に落ちて消える。
***
階段の上から結界の外を眺める。
口の中だけで言葉を紡ぐと、シルの周りをふんわりと光が包んですぐに消えた。侵入者に丸腰で向き合うほどのんびりした性格はしていない。
この場所に定住して以来シルが独自に改良を重ねた結界は破られてはいないようで、その向こうに見える人影はそれ以上進めないようだった。拳がダンッと結界を叩いても音の一つもしない。ただ、そこにいる限りは定期的に警報音が鳴ることは想像に難くない。わざわざこの森の奥まで来る人間が、簡単に諦めるとも考えにくかった。
無言で眺めるだけのシルが現れたことに気づいたらしい人影が何かを言っているが、結界の外の魔獣たちの鳴き声を遮断するための遮音魔法で何を言っているのか聞こえない。
はあ、とため息を吐き出したシルは歩いて人影の見える場所まで近づいて行った。
人影は意外にも一つだった。20代後半の腰に長剣を下げた旅装の男がシルに向かって何かを伝えようと手を振っている。
胸の前に上げた手を左から右に振って、遮音魔法のみを解く。途端に騒がしく声が聞こえて来た。
「おい、返事をしてくれ! 聞こえていないのか」
「……何か用」
「この結界は、お前が?」
「…………」
「人を探しているんだ。この森の方角にいると神託が出た。こんな場所に人が住んでいるとは思わなかったが、渡りに船だ。協力して欲しい」
フードを被って怪しい男と化したシルに対して男は臆することなく話しかけてくる。お世辞にも愛想のいい対応をしていないにもかかわらず、男は警戒するでもなく自分の用件を通そうとしていた。自身の実力に余程自信があるのか、こんな場所でやけに自然体に見える姿にシルは首を傾げた。男の姿は空気を読めない、人の話を聞かない、とも言える。
「なあ、俺は人を探している。知らないか? 銀髪に紫の瞳の男だ。年齢は俺と変わらない」
再度問いかける男に、それでもシルは返事をしなかった。
かわりに声に出さずシルの唇が動く。しかしそれはフードを被っていて誰に知られることもない。
「――この家に、他に誰かいないか? いるなら会わせて欲しい」
「どうして」
「どうして、って……神託までもらってここにいるんだ。緊急なことはお前にだって分かるだろう」
神託。
この世界では、神から加護を授かった神官が敬虔な祈りを捧げた上でごく低確率に授かることが出来る、神聖なものとされている。神官にそれを願い出ることがそもそも難しく、それを神官が良しとすることも滅多にないと言われていた。
シルとて当然それを知ってはいるが、だからと言って協力してくださいはい分かりましたと協力するくらいなら、わざわざこんなところに住んでいる訳がない。
「お断りします」
きっぱりと言い切ったシルに、断られると欠片も思っていなかったらしい男はぽかんと口を開いた。唖然とした表情は間抜けで、シルの喉が我知らずくっと鳴る。
話は終わりとばかりに、ぱちんとシルが指を鳴らす。途端に男の足元が明るく光り出した。男は咄嗟に逃げようと後ろに飛び退いたが、その光はすっと男の足元に滑り込み、一層強く光る。それが転移魔法の光だと気づいた男が、くそっ、と悔しそうな声を出して魔法を操るシルを睨みつけた。
「おい、何か知ってるんだろう!? また来るからな! どうしても用があるんだ!!」
――――いまさら。
唇がさきほどと同じように動いたと同時に、男の足元の光はひと際強く輝き、それが収束したときにはその姿は何処にもなかった。
「……僕にはないよ」
しばらく無言で男が消えた場所を見つめていたシルは、何事もなかったかのように住み慣れた家へ戻っていった。
----ー
※シルには認識阻害がかかっています。
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