異世界で森の隠者のヒモになります。

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19.森にお帰り

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「お、おかえり……? えっ!? ほんとにシル!!!???」
「うん」

 目深に被ったフードを取ったローブ男は、後ろで無造作に結われた輝く白銀の髪、薄紫の瞳が灯りを受けてきらりと光る――悠斗が想像した通りの美貌の男。間違いなくシルだ。

「えっ、え、いつ帰って来たの」
「今、そのまま」
「えっ、終わったの?」
「うん。踏破した。今回のスタンピードはないよ。大丈夫」
「――そっか、……そっかあ、よかったあ」

 ダンジョンを踏破すると魔獣の暴走と氾濫はなくなり、スタンピードがなくなると説明は受けていた。同時に、最難関ダンジョンである以上、最悪の可能性も捨てきれないと。
 例えば、攻略の途中にスタンピードが起これば、ダンジョン内にいる攻略隊がどうなるか。攻略に失敗した場合は、帰って来られるのか。
 かなりの危険の伴う任務だと聞かされていた。

 だから、何事もなかったように帰って来たシルに、安堵に膝から力が抜けた。かくんと崩れ落ちそうになった身体をシルはいとも簡単に引き寄せた。意外な力強さでぽすんと胸の中に飛び込む形になる。
 いつもなら急いで離れたかもしれない。けれど今日はそれよりも感情の高ぶりが強くて、とても離れる気にはなれなかった。

 頬に当たるローブ越しの胸に顔をずらして耳を当ててみる。
 じっとしていると、とくん、とくんと確かに心音が聞こえた。

「……シルだあ」
「うん。心配させちゃった?」
「だって、危ないって聞いたから、もしかしたらって」
「うん。ごめんね。帰って来たよ」
「おかえりぃ……」
「ただいま」

 ぐすっ、とツンとしてきた鼻をすする。背に回されたシルの手が、ぽん、ぽん、とあやすように優しく撫で叩く。
 自分で思っていた以上に不安だったのをシルが帰って来て悠斗は初めて自覚した。






「……そろそろ、お話を聞いてもいいですか?」
「の、わあああああああ!! ああああすみません!!」

 縋りついていたシルの身体からばっと離れる。執務室の方から聞こえた声は、もちろんここの部屋の主、副ギルドマスターのクリストフだ。執務室に続く扉の前でクリストフは少し困ったような微笑みを浮かべ、シルと悠斗を見つめている。
 二人の世界に入っていたこと、こどものようにぐずぐずとシルに縋っていたこと、すべてがたまらなく恥ずかしくて、結果としてどうにか誤魔化そうと大きな声が出た。
 誤魔化せるはずがない。現行犯逮捕だ。

「踏破した。他の人間もじきに戻って来る」
「……いえ、もっと具体的な報告を……いえ―――はあ、それは、戻って来た隊員たちに聞きます」
「そうして」

 クリストフは諦めたように深いため息を吐き出した。報告をする人間としてシルが向いていないことは誰の目にも明らかだ。
 ダンジョンの途中途中にフロアボスがいて、そこからは他階層を通らずとも戻って来ることが出来る――らしい。正確な原理は判明していないとも言っていた。この一か月も怪我をした人間などが離脱してそこまでの情報を持って来ていた。執務室の机上にあったのはおそらくそれだろう
 そしてそれは、踏破した時も同様だ。
 シルはおそらくチート魔法で一人で帰って来たのだろうが、ほどなく他の攻略隊のメンバーも戻って来る。

「ユート」
「あっ、はい!」
「お手伝い、ありがとうございました」
「あっ、大したことができずにすみませんでした!」
「お元気で」
「え、はい。クリストフさんも」

 苦笑いを浮かべるクリストフの唐突な挨拶に首を傾げそうになりながらも倣って頭を下げた。この人がいてこそ悠斗が快適に過ごせたことは間違いないので。
 それから隣のシルを見上げると、無言で差し出された白くて細く、長い指。

「悠斗」
「うん?」
「帰ろう」

 反射的に手を乗せる。それからこれは帰る流れだと思い至る。クリストフ以外に挨拶しないのはさすがにまずいんじゃないだろうか。でも、クリストフは納得しているようにも見えた。

 それ以上悠斗に考える時間は与えられず、一瞬で見慣れた森の景色の中にいた。






 帰って来た――と感じるほどにいつの間にか住み慣れた――森の家は、とても懐かしく感じた。砦にいた時間とそこまで変わらないはずなのに、『帰って来た』と感じてしまうのは、シルと二人でという感覚が強かったせいだろう。
 この異世界において、悠斗にとって間違いなく家とはここを指し示している。

 室内はシルが保存魔法をかけていたそうで、ホコリひとつないし、空気の澱みも感じられない。出掛けた日そのままの空間があって、悠斗は思わず、使い慣れたソファーにふらふらと近寄り身を投げ出した。

「あーーーーー……帰って来た感じするーー」
「……そう」
「あ、おかえりシル。ただいま俺」
「うん、おかえり。――ただいま、悠斗」

 うつ伏せになって両手の上に顔を乗せてシルの方を向く。もはや専用席と化していたそこはとても居心地が良い。だらりと投げ出した身体からはどんどん力が抜けて、長くて短いニート時代を思い出してふにゃっと脱力した笑みを浮かべて声をかけた。
 聞き慣れぬ言葉を聞いたかのようにぱちぱちと目を瞬かせ、ふっと吐息を漏らして穏やかな笑みを見せる。一か月ぶりに浴びる美形オーラに悠斗はひゅっと息を呑んだ。

(うっわ、眼福ぅう)

 変なテンションになって両足をばたつかせる悠斗を眺めてきょとんとした顔で首を傾げたシルは、出会った頃の無口無表情とは雲泥の差があった。まだ無表情でいることは多くても、時に浮かべる表情はとても人間らしい。

「じゃあ、……悠斗」
「ん?」
「帰って来たら話す……っていう、話、覚えてる?」
「あ、うん、もちろん」
「そのままでいいから、ゆっくり聞いて」
「えっ、嘘、もう? 休んでもないのに?」
「出来れば」

 こくり、と頷くシルに、それならば悠斗がNOを出すことは出来ない。帰って来て早々に、何をする間もなく話そうとするシルを前に慌てて身体を起こした。確実に寝転がって聞いていい話ではない。

 向かいに座ったシルは、思い出したように何も持っていない手のひらからテーブルに飲み物と軽食を出した。異空間収納に入れてダンジョンに持って行ったものの一つだろうそれは、何故かシルと悠斗が使っているマグカップに入っている。湯気まで立っていて、まるで淹れ立てだ。同じく見慣れた皿に盛られたサンドイッチは野菜と肉が挟まっていて、すぐに食べられるように一口サイズになっていた。もちろん、野菜の瑞々しさは失われていない。

「ダンジョンに行く前に作ったのだけど、食べられるから」
「ありがとう」

 自らが出した紅茶を一口飲んで、吐息を一つ吐き出す。何処か緊張しているようにも見えた。何を聞かされるのか。自然、悠斗の緊張も高まる。

 あのね、と、シルにしては珍しく言いにくそうに口を開いた。



「この世界には、人間を召喚するという概念はない」


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