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18.ギルドのお手伝い係は待つ

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 タルストリダンジョンの攻略が始まって一か月が経とうとしていた。

 時折、シルのチート魔法で短い連絡が入る。悠斗の近況を話す。シルは順調だよ、の一言で終わらすことが常だった。ダンジョン内といつでも連絡が取れることはギルドには秘密にしていた。この出来事が終わったあとにシルの力が必要と追いかけられるのが分かり切っていて、それを避けたいらしい。

「俺のチートはどう考えても、シルに全振りなんだよなあ……」

 魔の森に落ちて、シルに拾われて何事もなく過ごし。
 こうして外に出ても仕事もあるし守られている。
 どれもシルありきで、もしも悠斗に異世界転移特典があったのだとしたらすべてそこに行ったのではと思ってしまう。

 ちょっとでいいから魔法は使ってみたかった。
 そう思うと同時に、生き物に攻撃をする度胸が自分にあるのかと聞かれても答えに窮する。

 外壁の向こう、空を見上げるとそこには聳え立つタルストリダンジョンが見える。
 どれだけの階層があるのかも不明の未踏破ダンジョンの中では、シルや他の冒険者たちが悠斗が怖いと思っている戦いを今も強いられている。もちろん、冒険者たちの中には望んで討伐に出た人間もいるかもしれない。ただ少なくとも、わざわざ森まで迎えに来られたシルは強いられていると表現して良いだろう。

 シルの帰りを待つ間、悠斗は現在は臨時ギルドとなっている、普段はダンジョンの監視に使われているという砦で書類整理などの簡単なバイトをして過ごしていた。
 王都のギルドを中心にあちらこちらから集められているらしく初対面の人も多いようで、ぽつんと現れた悠斗もさして気にされることもなく馴染んでいる。

 ダンジョンから数分のところにぽつんと建てられた砦は周囲を壁で覆われていて、中は砦というよりも、ひとつの小さな町のようだった。
 国の端にあるこの土地にわざわざ訪れるものは少なく、かといってこの最大級のダンジョンをなんの監視もなく置いておく訳にはいかず、だだっ広い平地にある砦は、自然とそこだけで生活できるようになっていく。
 現にこの砦にも名前はあるらしいが、大体『タルストリの街』と呼ばれているそうだ。

「ユート、これをクリストフさんのところに持ってってもらっていい?」
「あ、はい! 今から行くところなんで大丈夫です」
「サンキュー、じゃ、よろしく」

 隣の建物から現れた王都ギルド職員のロンバーが手にしていた書類を受け取る。ひらひらと手を振ってさっさと戻って行った。それなりの仕事を任されている人たちはとても忙しそうだ。
 だからこそ悠斗のような常識知らずでも仕事が貰える。

 頼まれていた荷物の上に書類を乗せて、本館にある執務室に向かった。



「クリストフさん、悠斗です。お届け物です」
「どうぞ、入ってください」

 軽くノックをすると返って来る涼やかな声。扉を開けると視界に入る、光に虹色に反射する、シルの白銀の髪よりも更に白に近い腰までの長髪。長い睫毛とアイスブルーの瞳。すらりとした手足に、誰もが認める美貌。――そして、特徴的な尖った耳。
 そう。王都ギルドの副ギルドマスターのクリストフは、エルフだ。
 初めて会った時にテンションが上がってしまったことは許して欲しい。

 例のシルとクリストフの保護者面談の絵面は、ここは天国か何かかというレベルでキラキラと輝いていた。今思い出しても悠斗の目はちかちかする。
 同系統の美形かとは思うが、悠斗は正直、シルのが美形度は高いと思っていた。未だに悠斗は、シルが普通の人間なのが信じられないので。更に言えば、最近見せるようになった感情の乗った顔は、もはや神がかっている。

 なお、呆然とクリストフを見つめる悠斗の手をくいと引いたシルの顔が何処か拗ねたように見えて、心臓に矢が突き刺さった心地になった悠斗は人に見られているのも忘れて両手で顔を覆って天を仰いだ。

「これ、今日王都から届いた荷物と、ロンバーさんがさっき持ってきた書類です」
「ああ、ありがとう。テーブルに置いてください」

 執務机に座って机上に積まれた書類を片付ける表情は険しい。
 砦の食堂で王都ギルドの職員に聞いたところによると、脳筋タイプのグレンがすぐ外に飛び出すので主に書類仕事はクリストフがしているらしい。そんな慣れた人間でも、この大きな案件は神経を使うのだろう。

「他に何かありますか?」
「いえ、……、紅茶を入れていただけますか。濃いめに」
「濃いめ」
「はい」

 渋くないだろうか。いや、渋いのを求めているのか。

 執務室から続く小部屋にある魔道具のポットでお湯を沸かす。初めて見た時はコードレスのティ〇ァールかな? と思ったものだ。火の不始末の心配も、電気がショートする心配もない。便利だ。
 沸騰するのを待つ間、この世界に来るまでティーバッグの紅茶しかいれたことのない悠斗は、不安になりながらティースプーンで何杯もティーポットの中に茶葉を入れる。
 こんもりと小山化した茶葉に、自信なさげにもう一杯足した。

「悠斗、そんなにいれたら渋くならない」
「え、いえ、クリストフさんが渋いのがいいって、言っ……、えっ」

 隣から聞こえて来た声。
 ぎぎぎと顔を声の方へ向けると、そこに見えるのは見慣れたローブ。

「……シル?」
「うん、ただいま」

 突然のご帰還である。
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