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第一章
01 鏡の中に
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K県浜波市宿川区。
人口二〇万人超で歴史は古く、ケイの実家も同区内にある。
宿川を代表する施設といえば、全国的にも有名な宿川球場。そしてもう一箇所は、これからケイとアイリが向かうショッピングモール〈チアーズ〉だ。ケイは数年振りに、そして実家を出てからは初めて足を運ぶ。
「ケイちゃんごめん、お待たせーっ!」
事前の連絡通り、アイリは待ち合わせに約一〇分遅れてやって来た。
「待ったよねー? ほんとごめんねっ」
「別にいいよ、ランチとデザート期待してるから」
「せめてデザートだけでご勘弁を!」
JR宿川駅から徒歩約三分。改札を出て真っ直ぐ進み、大規模な歩道橋を上って更に進んだ先に、〈チアーズ〉二階の出入口が待ち構えている。出入口は一階にもあるが、駅からは少々遠回りとなり、更に目の前の横断歩道で引っ掛かると面倒なので、駅方面からの客のほとんどが歩道橋コースを好んでいる。
「しかしまさか閉店しちゃうとはね! 何か寂しーい」
〈チアーズ〉内に入るなりアイリは言った。
「昔は飽きる程よく行ったよね。家族とも友達とも」
「そうね」ケイは小さく頷いた。「特に子供にとっては聖地だったから」
〈チアーズ〉は今年で開業三五年目だが、店舗全体の来客数減少と売上低迷を理由に、一一日後の九月三〇日に完全閉店となる。施設は解体されるが、跡地が新しくどう生まれ変わるのかはまだ決まっていないらしい。
「ケイちゃん、見たいお店ある?」
「ううん、わたしは特に」
「じゃあ、先に三階行っていい? 何箇所か見たいんだ」
エスカレーターで三階まで来ると、アイリはすぐ目の前のバッグ専門店に小走りで入って行った。店頭には〝最大70%OFF〟と書かれたポスターが何枚も貼られている。
ケイはバッグ専門店から少し離れた壁際でアイリを待ちながら、周囲の店の様子をぼんやり見やっていた。〈チアーズ〉内のほとんどの店で、九月一日からセールが行われている。土曜日という事もあり、ケイは混雑を予想していたが、意外とそうでもなさそうだ。
「二階のスーパー以外は混んでいないわね」
「昔は土日になると人が溢れていたけどね」
「そうそう、駐車スペースの確保も大変だったわ。これも時代かしらねえ」
「次々に競合店が出来ているし、仕方ないのかもね」
目の前を通り過ぎてゆく高齢女性二人の会話に、ケイはかつての〈チアーズ〉の盛況ぶりを思い返した。
しばらくするとアイリが戻って来た。
「ケイちゃんお待たせ! 全然いいの残ってなかったから諦めた」
「そう。他の店は?」
「ざっと見て来たけど、めぼしいものは見付からなかったな。ちょっと遅かったかなー」
「セール開始から半月以上経ってるもの。仕方ないわよ」
アイリは不満そうに小さく頬を膨らませたが、すぐに気を取り直した。
「ねえ、次は五階のゲーセン行かない?」
「いいけど、あそこは小さい子供向けじゃない?」
「お菓子を獲りたいのっ! 行こっ!」
五階に来るなり、アイリはトイレに行きたいと言い出した。一度エスカレーターから一番近いトイレに向かったものの、混んでいると戻って来た。
「奥の方にもあったはずよ。海側の方」
ケイがそう言いながら指を差すや否や、アイリはそちらの方へ一目散に走って行った。
──やれやれ。
ケイは歩いて後を追った。記憶通り、行き止まりの手前右側に狭いトイレがあった。
──喉渇いたな。
九月半ばとはいえまだまだ蒸し暑く、最高気温が三〇度を超える日が多い。今日は二八度だそうだが、湿気が多く、体感的にはもっと高そうだ。
ケイは行き止まりの右端にポツリと設置された自販機の前まで来ると、炭酸飲料を探した。コーラとサイダーの缶が目に入ったが、どちらも売り切れていた。
──きっともう、補充はしないんだろうな。
ピーチジュースを購入し、しゃがんで缶を手に取ったところで、アイリが戻ったら何か飲みたいと言い出すだろうと思い付いた。
──買っといてあげるか。
立ち上がり、一度しまった財布を再びショルダーバッグから取り出そうとした時だった。
ケイは人の気配を感じ、振り返った。てっきりアイリが出て来たのかと思ったが、誰もいない。
ふと、ある物が目に入り、ケイはそちらに近付いた。
──全然気付かなかった。
行き止まりの左端に、縦二メートル以上はある壁鏡が取り付けられていた。
──何でこんな中途半端な所に?
何気なく鏡の中心まで移動した直後、驚きのあまりケイの心臓は跳ね上がった。
鏡に映し出されたのはケイだけではなかった。いつの間にやら右斜め後方に、学ランを着た少年の姿があった。
ケイは引っ張られるように振り向いた。
「えっ!?」
誰もいなかった。
──何これ……?
戸惑いながらもケイは再び鏡に向き直った。
──!!
少年は変わらず映っていた。
そしてケイはようやく気付いた。少年が、よく知っている人物である事に。
ケイの震える手からジュース缶が滑り落ちた。
「ケイちゃん?」アイリがケイを呼んだ。「ケイちゃんどうしたのっ?」
ケイは我に返ると、アイリの元へ駆け寄った。
「ケイちゃん? ジュース落としてるよ!」
ケイは俯いて無言で鏡を指差した。
「え、何? 鏡がどうしたの」
ケイは恐る恐る振り向いた。
鏡には、ケイとアイリ以外の人間は映っていなかった。
アイリは首を傾げていたが、「待ってて」と優しく言うと、ケイの代わりにジュース缶を拾いに行った。
「もしかしてゴキちゃんでもいたとか?」
アイリが差し出したジュース缶を、ケイは両手で受け取った。
「ケイちゃんマジでどうしたの。顔色悪いよ」
「アイリ……木宮光雅君って覚えてる?」
「え? うん、覚えてるよ。ショックだったよね」そう答えると、アイリは僅かに首を傾げた。「木宮さんがどうかしたの?」
「鏡に映ったの……彼が」ケイは無意識のうちに両手に力を込めていた。「死んだ光雅君が」
人口二〇万人超で歴史は古く、ケイの実家も同区内にある。
宿川を代表する施設といえば、全国的にも有名な宿川球場。そしてもう一箇所は、これからケイとアイリが向かうショッピングモール〈チアーズ〉だ。ケイは数年振りに、そして実家を出てからは初めて足を運ぶ。
「ケイちゃんごめん、お待たせーっ!」
事前の連絡通り、アイリは待ち合わせに約一〇分遅れてやって来た。
「待ったよねー? ほんとごめんねっ」
「別にいいよ、ランチとデザート期待してるから」
「せめてデザートだけでご勘弁を!」
JR宿川駅から徒歩約三分。改札を出て真っ直ぐ進み、大規模な歩道橋を上って更に進んだ先に、〈チアーズ〉二階の出入口が待ち構えている。出入口は一階にもあるが、駅からは少々遠回りとなり、更に目の前の横断歩道で引っ掛かると面倒なので、駅方面からの客のほとんどが歩道橋コースを好んでいる。
「しかしまさか閉店しちゃうとはね! 何か寂しーい」
〈チアーズ〉内に入るなりアイリは言った。
「昔は飽きる程よく行ったよね。家族とも友達とも」
「そうね」ケイは小さく頷いた。「特に子供にとっては聖地だったから」
〈チアーズ〉は今年で開業三五年目だが、店舗全体の来客数減少と売上低迷を理由に、一一日後の九月三〇日に完全閉店となる。施設は解体されるが、跡地が新しくどう生まれ変わるのかはまだ決まっていないらしい。
「ケイちゃん、見たいお店ある?」
「ううん、わたしは特に」
「じゃあ、先に三階行っていい? 何箇所か見たいんだ」
エスカレーターで三階まで来ると、アイリはすぐ目の前のバッグ専門店に小走りで入って行った。店頭には〝最大70%OFF〟と書かれたポスターが何枚も貼られている。
ケイはバッグ専門店から少し離れた壁際でアイリを待ちながら、周囲の店の様子をぼんやり見やっていた。〈チアーズ〉内のほとんどの店で、九月一日からセールが行われている。土曜日という事もあり、ケイは混雑を予想していたが、意外とそうでもなさそうだ。
「二階のスーパー以外は混んでいないわね」
「昔は土日になると人が溢れていたけどね」
「そうそう、駐車スペースの確保も大変だったわ。これも時代かしらねえ」
「次々に競合店が出来ているし、仕方ないのかもね」
目の前を通り過ぎてゆく高齢女性二人の会話に、ケイはかつての〈チアーズ〉の盛況ぶりを思い返した。
しばらくするとアイリが戻って来た。
「ケイちゃんお待たせ! 全然いいの残ってなかったから諦めた」
「そう。他の店は?」
「ざっと見て来たけど、めぼしいものは見付からなかったな。ちょっと遅かったかなー」
「セール開始から半月以上経ってるもの。仕方ないわよ」
アイリは不満そうに小さく頬を膨らませたが、すぐに気を取り直した。
「ねえ、次は五階のゲーセン行かない?」
「いいけど、あそこは小さい子供向けじゃない?」
「お菓子を獲りたいのっ! 行こっ!」
五階に来るなり、アイリはトイレに行きたいと言い出した。一度エスカレーターから一番近いトイレに向かったものの、混んでいると戻って来た。
「奥の方にもあったはずよ。海側の方」
ケイがそう言いながら指を差すや否や、アイリはそちらの方へ一目散に走って行った。
──やれやれ。
ケイは歩いて後を追った。記憶通り、行き止まりの手前右側に狭いトイレがあった。
──喉渇いたな。
九月半ばとはいえまだまだ蒸し暑く、最高気温が三〇度を超える日が多い。今日は二八度だそうだが、湿気が多く、体感的にはもっと高そうだ。
ケイは行き止まりの右端にポツリと設置された自販機の前まで来ると、炭酸飲料を探した。コーラとサイダーの缶が目に入ったが、どちらも売り切れていた。
──きっともう、補充はしないんだろうな。
ピーチジュースを購入し、しゃがんで缶を手に取ったところで、アイリが戻ったら何か飲みたいと言い出すだろうと思い付いた。
──買っといてあげるか。
立ち上がり、一度しまった財布を再びショルダーバッグから取り出そうとした時だった。
ケイは人の気配を感じ、振り返った。てっきりアイリが出て来たのかと思ったが、誰もいない。
ふと、ある物が目に入り、ケイはそちらに近付いた。
──全然気付かなかった。
行き止まりの左端に、縦二メートル以上はある壁鏡が取り付けられていた。
──何でこんな中途半端な所に?
何気なく鏡の中心まで移動した直後、驚きのあまりケイの心臓は跳ね上がった。
鏡に映し出されたのはケイだけではなかった。いつの間にやら右斜め後方に、学ランを着た少年の姿があった。
ケイは引っ張られるように振り向いた。
「えっ!?」
誰もいなかった。
──何これ……?
戸惑いながらもケイは再び鏡に向き直った。
──!!
少年は変わらず映っていた。
そしてケイはようやく気付いた。少年が、よく知っている人物である事に。
ケイの震える手からジュース缶が滑り落ちた。
「ケイちゃん?」アイリがケイを呼んだ。「ケイちゃんどうしたのっ?」
ケイは我に返ると、アイリの元へ駆け寄った。
「ケイちゃん? ジュース落としてるよ!」
ケイは俯いて無言で鏡を指差した。
「え、何? 鏡がどうしたの」
ケイは恐る恐る振り向いた。
鏡には、ケイとアイリ以外の人間は映っていなかった。
アイリは首を傾げていたが、「待ってて」と優しく言うと、ケイの代わりにジュース缶を拾いに行った。
「もしかしてゴキちゃんでもいたとか?」
アイリが差し出したジュース缶を、ケイは両手で受け取った。
「ケイちゃんマジでどうしたの。顔色悪いよ」
「アイリ……木宮光雅君って覚えてる?」
「え? うん、覚えてるよ。ショックだったよね」そう答えると、アイリは僅かに首を傾げた。「木宮さんがどうかしたの?」
「鏡に映ったの……彼が」ケイは無意識のうちに両手に力を込めていた。「死んだ光雅君が」
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