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第二章
01 入院の知らせ
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一〇月一日。
「ケイちゃんご飯おかわりしていい?」
「いいわよ。貸して」
「ううん、自分でよそるよ」
学校帰りのアイリがやって来たのは、ケイが風呂掃除をしていた時だった。事前連絡は受けていたが、もう少し遅くなるだろうと予想していたので散らかった部屋の片付けも終わっていなかったが、アイリは自分の部屋よりずっと綺麗だと笑った。
アイリがモラハラ気質な緋山姉妹の父に関する最近の愚痴をぶちまけ終わる頃には、一八時を廻っていた。時間を取ってしまった事への謝罪を口にしながら帰宅の準備をするアイリを夕食に誘うと、予想通り二つ返事だった。
「ケイちゃんテレビ点けていい?」
「いいわよ。何観たいの」
「特にないけど、何か静か過ぎちゃってさ」
アイリはリモコンで電源を入れると、忙しなくチャンネルを変えた。
「んー、特に面白そうなのはやってないな……」
「この時間はまだ報道番組ばっかりよ」
「ちぇっ。じゃあいいや」
アイリはリモコンを置くと、再び箸と茶碗を手に取った。
「ケイちゃんってテレビはあんまり観ないの?」
「そうね。BGM代わりに点けっぱなしにしておく事はあるけど」
「好きな俳優とかタレントとかもいないんだっけ」
「うん、特にはね。アイリは?」
「うーん、最近は男性だと浅宮貴一君に新井木ノエル君、後は上永谷弓弦君かな。女性だと古川凛ちゃんとかLENAとか。……ケイちゃんこの人たち知ってる?」
「ごめん、さっぱりわかんない」
「やっぱり!」
食後に二〇分程休んだ後、ケイはアイリを駅まで送ってゆき、帰りに駅前のコンビニでカフェラテと抹茶ティラミスを購入した。
──アイリにも何か買って持たせれば良かったな。
コンビニを出ると、すぐ横に一台の黒い軽自動車が停まっていた。店内にはカップル客がいたため、恐らく所有者は彼らだろう。このコンビニには専用駐車場がないため同じような光景は度々見掛けるが、付近を通る者たちには少々迷惑となる。
車の窓ガラスに映る自分の姿を目にしたケイはふと、光雅も映る事はあるのだろうかと考えた。光雅は〝周囲の景色を映し出す物〟を通して姿を見せるのであって、鏡に限定しているわけではない可能性もある。
試してみようかという気にさえなりかけたが、そもそも光雅は毎回現れるわけではない。カップルが大声でぺちゃくちゃと喋りながらコンビニから出て来たところで考え直すと、ケイは帰路に就いた。
自宅に戻ると、複数人の笑い声がケイを出迎えた。
点けっぱなしだったテレビの向こうで、人気男性アイドルグループのメンバーがクイズゲームに挑戦している。メンバーの一人がなかなか正答を出せず、珍回答を口にする度にスタジオの観客から笑い声が上がった。
買って来たばかりのデザートを口にしながら何気なく観ていたケイは、ある人物に釘付けとなった。
「流石は広田さん! お見事です!」
出演者のほとんどが答えられずにいた問題を難なく正答してみせ、拍手喝采を受けている男性は、俳優の広田真行だ。
広田は五〇代前半だが、年齢を感じさせない顔立ちと鍛え上げた肉体、そして優れた演技力で、若い頃から男女問わず人気がある。近年ではハリウッド映画にも出演し、国外からも評価を得ている。ケイの母方の叔母・奏子もファンで、一番熱を上げていた自身の独身時代には、学校や仕事をサボってまで追っ掛けをしていたのだと、何年も前に奏子本人の口から聞いた事があった。
ケイが広田から目を離せなくなった理由は、彼の容姿でもなければクイズでの活躍でもなかった。
「あれは……何?」
広田の全身から、金色の光が淡く輝きを放っていた。他の出演者には見られず、CG演出やテレビの故障ではなさそうだ。
「綺麗……」
ケイはその後も広田が映る度につい見入ってしまい、カフェラテと抹茶ティラミスはなかなか減らなかった。理由は異なるが、あの叔母も昔はこんな感じだったのかもしれない。
スマホが震え、メッセージの受信を伝えた。
「……何よもう」
母からだとわかると、ケイは無視してテレビに集中した。それが終わりデザートの残りもたいらげ一息吐くと、ようやくメッセージを確認する気になった。
「あらら……」
母からのメッセージは、奏子の入院を伝えるものだった。甲状腺に良性の腫瘍が見付かり、一昨日入院し今日手術を受けたばかりらしいとの事だった。また最後には、何故もっと早く連絡を寄越さなかったのだろうという、奏子や彼女の夫に対する不満も書かれていた。
奏子の入院先は、ケイの自宅と同じ愛陽区内にある愛陽総合病院で、距離も遠くはなかった。母は明後日の午前中にアイリを連れて見舞いに行く予定らしく、ケイも誘われたが、先日応募した会社の書類選考を通過し面接があるのだと嘘を吐いて断った。まだ母には会いたくなかった。
──明日一人で行こう。
ケイは父方も母方も親戚はあまり好きではないのだが、奏子は例外だ。気さくで話しやすく、ケイとアイリを分け隔てなく可愛がってくれた。ここ数年は会っておらず、少々残念な形での再会とはなるが、きっと喜んでくれるだろう。
「何買って行こうかな……」
多少の食事制限があるかもしれない事を考えると、一番無難なのは花だ。しかしあの叔母の性格からすれば間違いなく花より団子だろうし、花瓶は既にいっぱいかもしれない。
食事制限の有無について調べようとスマホを手に取ると同時に、アイリからメッセージが届いた。
〝土曜日面接って多分嘘だよね? ホントの話だったらゴメン〟
アイリの推測通りであり、明日一人で顔を出しに行く予定である事を返信すると、ややあってから再びメッセージが届いた。
〝おばさん、シュークリームかエクレアが食べたいって! 先にどっちかよろしく!〟
「了解」ケイは微笑んだ。
「ケイちゃんご飯おかわりしていい?」
「いいわよ。貸して」
「ううん、自分でよそるよ」
学校帰りのアイリがやって来たのは、ケイが風呂掃除をしていた時だった。事前連絡は受けていたが、もう少し遅くなるだろうと予想していたので散らかった部屋の片付けも終わっていなかったが、アイリは自分の部屋よりずっと綺麗だと笑った。
アイリがモラハラ気質な緋山姉妹の父に関する最近の愚痴をぶちまけ終わる頃には、一八時を廻っていた。時間を取ってしまった事への謝罪を口にしながら帰宅の準備をするアイリを夕食に誘うと、予想通り二つ返事だった。
「ケイちゃんテレビ点けていい?」
「いいわよ。何観たいの」
「特にないけど、何か静か過ぎちゃってさ」
アイリはリモコンで電源を入れると、忙しなくチャンネルを変えた。
「んー、特に面白そうなのはやってないな……」
「この時間はまだ報道番組ばっかりよ」
「ちぇっ。じゃあいいや」
アイリはリモコンを置くと、再び箸と茶碗を手に取った。
「ケイちゃんってテレビはあんまり観ないの?」
「そうね。BGM代わりに点けっぱなしにしておく事はあるけど」
「好きな俳優とかタレントとかもいないんだっけ」
「うん、特にはね。アイリは?」
「うーん、最近は男性だと浅宮貴一君に新井木ノエル君、後は上永谷弓弦君かな。女性だと古川凛ちゃんとかLENAとか。……ケイちゃんこの人たち知ってる?」
「ごめん、さっぱりわかんない」
「やっぱり!」
食後に二〇分程休んだ後、ケイはアイリを駅まで送ってゆき、帰りに駅前のコンビニでカフェラテと抹茶ティラミスを購入した。
──アイリにも何か買って持たせれば良かったな。
コンビニを出ると、すぐ横に一台の黒い軽自動車が停まっていた。店内にはカップル客がいたため、恐らく所有者は彼らだろう。このコンビニには専用駐車場がないため同じような光景は度々見掛けるが、付近を通る者たちには少々迷惑となる。
車の窓ガラスに映る自分の姿を目にしたケイはふと、光雅も映る事はあるのだろうかと考えた。光雅は〝周囲の景色を映し出す物〟を通して姿を見せるのであって、鏡に限定しているわけではない可能性もある。
試してみようかという気にさえなりかけたが、そもそも光雅は毎回現れるわけではない。カップルが大声でぺちゃくちゃと喋りながらコンビニから出て来たところで考え直すと、ケイは帰路に就いた。
自宅に戻ると、複数人の笑い声がケイを出迎えた。
点けっぱなしだったテレビの向こうで、人気男性アイドルグループのメンバーがクイズゲームに挑戦している。メンバーの一人がなかなか正答を出せず、珍回答を口にする度にスタジオの観客から笑い声が上がった。
買って来たばかりのデザートを口にしながら何気なく観ていたケイは、ある人物に釘付けとなった。
「流石は広田さん! お見事です!」
出演者のほとんどが答えられずにいた問題を難なく正答してみせ、拍手喝采を受けている男性は、俳優の広田真行だ。
広田は五〇代前半だが、年齢を感じさせない顔立ちと鍛え上げた肉体、そして優れた演技力で、若い頃から男女問わず人気がある。近年ではハリウッド映画にも出演し、国外からも評価を得ている。ケイの母方の叔母・奏子もファンで、一番熱を上げていた自身の独身時代には、学校や仕事をサボってまで追っ掛けをしていたのだと、何年も前に奏子本人の口から聞いた事があった。
ケイが広田から目を離せなくなった理由は、彼の容姿でもなければクイズでの活躍でもなかった。
「あれは……何?」
広田の全身から、金色の光が淡く輝きを放っていた。他の出演者には見られず、CG演出やテレビの故障ではなさそうだ。
「綺麗……」
ケイはその後も広田が映る度につい見入ってしまい、カフェラテと抹茶ティラミスはなかなか減らなかった。理由は異なるが、あの叔母も昔はこんな感じだったのかもしれない。
スマホが震え、メッセージの受信を伝えた。
「……何よもう」
母からだとわかると、ケイは無視してテレビに集中した。それが終わりデザートの残りもたいらげ一息吐くと、ようやくメッセージを確認する気になった。
「あらら……」
母からのメッセージは、奏子の入院を伝えるものだった。甲状腺に良性の腫瘍が見付かり、一昨日入院し今日手術を受けたばかりらしいとの事だった。また最後には、何故もっと早く連絡を寄越さなかったのだろうという、奏子や彼女の夫に対する不満も書かれていた。
奏子の入院先は、ケイの自宅と同じ愛陽区内にある愛陽総合病院で、距離も遠くはなかった。母は明後日の午前中にアイリを連れて見舞いに行く予定らしく、ケイも誘われたが、先日応募した会社の書類選考を通過し面接があるのだと嘘を吐いて断った。まだ母には会いたくなかった。
──明日一人で行こう。
ケイは父方も母方も親戚はあまり好きではないのだが、奏子は例外だ。気さくで話しやすく、ケイとアイリを分け隔てなく可愛がってくれた。ここ数年は会っておらず、少々残念な形での再会とはなるが、きっと喜んでくれるだろう。
「何買って行こうかな……」
多少の食事制限があるかもしれない事を考えると、一番無難なのは花だ。しかしあの叔母の性格からすれば間違いなく花より団子だろうし、花瓶は既にいっぱいかもしれない。
食事制限の有無について調べようとスマホを手に取ると同時に、アイリからメッセージが届いた。
〝土曜日面接って多分嘘だよね? ホントの話だったらゴメン〟
アイリの推測通りであり、明日一人で顔を出しに行く予定である事を返信すると、ややあってから再びメッセージが届いた。
〝おばさん、シュークリームかエクレアが食べたいって! 先にどっちかよろしく!〟
「了解」ケイは微笑んだ。
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