ボーイ・イン・ザ・ミラー

園村マリノ

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第四章

05 木宮清寅②

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 萩生田の話によると、木宮清寅を慕っていた若い新米の祓い屋が、約半年程前から行方不明になっているとの事だった。その新米の祓い屋は天涯孤独の身だったが、彼の親友が異変に気付いて警察に相談し、同業者たちの耳にも入るようになった。
 やがて、ある事実が判明した。新米の祓い屋は行方不明になる数日前、清寅に会う約束をしていたというのだ。その情報を元に警察が木宮家を尋ねた事もあったそうだが、結局新米の祓い屋は未だに見付かっていない。

「悪魔を召喚して契約するには人間の生贄や血が必要で、新米はその犠牲になったんじゃないかってね」

「流石に荒唐無稽過ぎる! 漫画じゃないんですから!」

「しかし黒魔術に凝っていたのは事実のようだね。木宮本人が、昔から仲のいい高瀬たかせという霊感占い師の男に、自ら話して聞かせたそうだからね。高瀬は黒魔術で何をする気なのかと聞いたが、木宮は答えなかった。そのやり取りがあったのは、新米の祓い屋が最後に目撃された日より半月程前だそうだ」

「それにしても──」

「もう一人消えたんだ」萩生田は静かに言った。「木宮を疑っていた霊能者の男が一人、消えたんだよ」

 その男は堀江ほりえといい、以前から清寅を毛嫌いし陰口を叩いていた。
 堀江は、清寅による殺人を絶対に暴き出し、祓い屋の世界から永久追放してやると息巻いており、そのための協力者を募っていたが、普段からあまり人望がない事もあってか、ほとんど一人で騒ぎ立てているようなものだった。

「つい先日、堀江とそれなりに親しかった数人が木宮の家に押し掛けたそうだ。家の中と庭をくまなく調べたが、黒魔術に関する書籍や道具はあっても、堀江の行方の手掛かりになりそうな痕跡や、黒魔術を行った形跡は全く見付からなかったと」

「だったらやっぱり言い掛か──」

「帰り際に、訪問者の一人が木宮に対して、悔し紛れにこう言ったそうだ──『証拠はなくとも、お前が殺ったって事は俺たち全員がわかっている。いつまでも自分の思い通りになると思うなよ!』とね。
 何がおかしいのか、木宮はニヤニヤ笑っていたそうだ。いつもの人懐こそうな笑顔とはかけ離れていて、まるで別人のように見えなくもない、何とも不気味な表情だったらしい。
 更に別の一人が『自分を慕っていた新米だって行方不明だというのに、ちっとも心配しちゃいないようだな』と嫌味を言うと、木宮は首を傾げて『だから何なんだい』と答えたんだと」

「いや、まさか……木宮さんがそんな……」

「悪い事は言わないよ、太郎ちゃん。木宮と付き合うのはもうやめときな」

 萩生田は再び茶に口を付けた。

「あらやだ、もう冷めちまってる」



「結局、新米の祓い屋も堀江という男も見付からないまま月日が流れていった。その間にも、清寅の頭はだいぶおかしくなっただの、祓い屋稼業は事実上の廃業状態で妻子を苦労させているだの、ソ連のカルト教団と親密だのと様々な噂が流れていたが、どれも真偽不明だった。私の父も危険を犯してまで真相を調べる気にはなれなかった。
 更に月日が流れ、私が中学に上がった年の冬頃……事態は急展開した」

 比留間は一旦話を止め、大きく息を吐くと苦笑した。

「すまないね、ちょっと疲れたし喉渇いちゃったよ。待ってて、何かあったと思うから……」

 比留間はレジの奥の休憩スペースに入ると、野菜ジュースの缶を二つ持ってすぐに戻って来た。

「どうぞ。ちょっと飲もう。カラカラだ」

「すみません。いただきます」

 ケイは素直に受け取ると、比留間に続いてオレンジ色の液体を喉の奥に流し込んだ。店内の暖房が効き過ぎているわけではなく──むしろ少々ヒンヤリするくらいだ──黙って話を聞いていただけなのに、どうして比留間と同じように渇いているのだろうか。

「じゃ、続けるよ。ああ、あなたは飲みながらで全然構わないから」

 比留間は缶をカウンターに置いた。

「木宮家が全焼したんだ」

 焼け跡からは、清寅一人の遺体が発見された。火災発生が深夜だった事もあり、逃げ遅れて煙を吸い込んでしまったようだった。警察には煙草の火の不始末が原因だと判断され、事故と処理されたが、以前から清寅を知る同業者たちのほとんどが納得していなかった。

「清寅は煙草を吸わなかったそうだ……少なくとも、まともだった頃は。途中から覚えた可能性もなくはないがね。だから見付かったのは別人の遺体で、本人は何処かに隠れているんじゃないかって当初は噂されていたようだ。
 でも警察だって馬鹿じゃない。替え玉だったら流石にわかるはずだという冷静な意見が出るようになると、皆徐々に落ち着いていった」

「奥さんやお子さんはどうしたんです」

 ケイは初めて途中で口を挟んだ。

「ああ、清寅の妻はね、火事の数年前に子供を連れて実家に戻っていたんだよ。実家の両親や友人たちには、旦那の言動がおかしい、恐ろしいと話していたそうだ」

 清寅が死んだ事で、彼の変貌ぶりを恐れていたり、連続殺人を疑っていた者たちは、表向きは残念がる様子を見せながらも内心かなり安堵していた。
 しかしそれからしばらくすると、彼と面識のあった同業者たちの間で、恐ろしい出来事が相次ぐようになった。

 あるベテランの霊能者は、簡単な除霊ですら失敗を繰り返すようになり、評判も落ちて最終的には廃業した。別の霊能者は、妻がキリスト教からの派生を自称する新興宗教にのめり込んでしまい、正気に戻させるのに苦労し、心身共に参ってしまった。

「まあ、そういうのは単なる偶然だったのかもしれないがね。しかし、偶然じゃ片付かないような目に遭った同業者たちもいてね。堀江という男が行方不明者になった際、清寅を疑って家を調べた同業者たちがいたって話はしたろ? 彼らは悲惨だった……」

 かつて清寅の家を調べた同業者たちのうち、「行方不明の新米を心配しているようには見えない」と嫌味を言った者は、交通事故で寝たきりとなった。木宮家の跡地付近で清寅に似た男を目撃し、後を追い掛けている途中で車に撥ねられたのだった。「証拠はなくともお前が殺った事はわかっている」と言った者は、原因不明の病に苦しみ続け、最終的には電車に飛び込んだ。自殺の数日前から「鏡に木宮清寅が映り込んで笑う」と度々口にするようになり、家族を心配させていたらしい。

「鏡……?」ケイは薄ら寒いものを感じた。

「彼らと同行していた者たちも、一家離散や心身の病、怪我や対人トラブルなど、全員が何かしらに酷く悩まされ続け、暗い晩年を送った……。同業者たちは清寅の呪いだと噂し、畏れた。一部では彼の魂を鎮めようと試みたそうだが、効果があったとは思えなかった……まあ、当然なんだがな」

 比留間は再び缶を手に取ると、残りを一気に飲み干した。

「当然って、何故です?」

「逆に何でだと思う?」

 そう言われてもとケイは内心戸惑ったが、自分なりに考えた。

「木宮清寅の霊が強過ぎた?」

 比留間はかぶりを振った。

「実はその霊能者たちには霊能力なんてなくて、今まではずっとインチキだった?」

 比留間は噴き出した。「そりゃ酷いなあ! ハハハッ!」

「そ、それじゃあ一体──」

「生きていたからだ」

 比留間は口元にだけ笑みを浮かべたまま静かに答えた。

「木宮清寅は生きていたんだよ」

 
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