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第四章

09 真実

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「ねえ、それ本当?」

 七部袖のTシャツにジーンズ姿の光雅が、姿見に向かって話し掛けている。

「本当にそんな力をくれるの?」

「ああ、本当さ」

 もう一人、男の声が聞こえた。ケイと凪は顔を見合わせて頷くと、そっと部屋の中へ入り、光雅の後ろから鏡面を覗いた。

 ──!!

 そこに映し出されていたのは、ケイたち三人や部屋の中の様子ではなかった。光雅が映るはずの位置に小柄な男が一人立っており、その周囲は黒いもやに覆われていた。

 ──木宮清寅。

 ケイはすぐに確信した。

 ──木宮清寅の姿をした……〝アイツ〟だわ。

「お前に秘められた霊能力は驚く程絶大なんだよ、光雅。死んだお前の祖父である清寅よりもずっとな。それを我が最大限に引き出したうえで、更に我の力も半分与えてやろう。そうすればお前は、お前が好きな漫画の登場人物たちのように自由自在に魔法を操れる。そしていずれはこの世界中もお前の自由になるだろう」

「そりゃ凄いよ、想像しただけでワクワクする! でも、それ以上に何か怖いかな」

「何故だ」

「自分が大きく変わってしまうような気がして。それこそさ、人間じゃなくなってしまうような」

「考え過ぎだよ」〝アイツ〟は人懐こそうな笑顔を見せた。

「それに、当然ながら普段の契約とはまた別の対価を要求するんだろ?」

「そりゃあそうだ。しかし後々お前が手に入れる力や様々なものに比べれば、大した事ではないはずだ」

「で……何が必要なの?」

「人間の生贄だ」

 光雅だけでなく、ケイと凪も息を呑んだ。

「人間の生贄を捧げよ。最低三人は必要だ。性別は問わないが、若い方が好ましい。お前が通う学校の生徒はどうだ」

「……いや待ってよ……それは流石に……」

「出来ないか? それならこの話だけでなく、お前との契約自体もなかった事にする」

「そ、そんな! それとこれとは別だろ? 牛肉ならちゃんとあげてるじゃないか!」

「お前が我を召喚よんだ理由は、お前の祖父と違い、好奇心だけではない事くらいお見通しだ」

〝アイツ〟は長い指で光雅を差した。

「お前は最初から特殊で強大な力を求めていた。そうでなければ我を召喚よばなかったのだから、願いを叶える気がないのであれば、契約を続ける意味はないだろう」

 光雅が言葉に詰まっていると、〝アイツ〟はぐにゃりと溶けるようにして自分の周囲の同じ黒いもやと同化し、数秒後には新たな人間の姿を取っていた。

「この娘はどうだ」

 ケイと凪は思わず声を上げた。〝アイツ〟の新しい姿は、どう見てもケイのものだったからだ。

「お前と仲のいい娘。この娘はお前に好意を抱いているようだ。もっとも自覚しているようには見えないが」

〝アイツ〟はケイの声で言った。

「いや……そんな……」

「適当に理由を付けてこの部屋まで誘い込め。どうしても殺しに抵抗があるのならば我が──」

「駄目だそんなの!!」

「優先すべきはこいつの方だがな」

〝アイツ〟が再び変えた姿は、凪のものだった。

「お、俺……?」

「こいつからはお前程ではないが強い霊能力を感じる」

 戸惑う凪の声と、凪の声をした〝アイツ〟の言葉が被った。

「今はまだ眠っているが、いつ目を覚ますかもわからん。いずれ力を手に入れたお前の邪魔になる可能性は低くない。今のうちに始末しておいた方が楽だぞ」

「み、三塚……」光雅は消え入りそうな声で呟いた。

「まあ、最終的にどうするのかはお前次第だ。いい返事を待っているぞ」

〝アイツ〟は凪の顔でニヤニヤ笑うと、周囲の黒いもやと共に何処へともなく消えてしまった。元に戻った姿見には、うなだれる光雅と、その後ろで愕然としているケイと凪が映し出されている。

「それで、お前はどうしたんだ……」凪は光雅の元に寄ると、肩を揺すって呼び掛けた。「あの悪魔の提案を……お前はどうしたんだよ?」

「断ったのよ」

 断言するケイに凪は振り向いた。

「断ったから殺されたのよ」

「でも〝アイツ〟は契約解除だと──」

「〝アイツ〟が自ら言っていたでしょう、光雅君に秘められた霊能力は驚く程絶大だと。〝アイツ〟は光雅君のその霊能力を引き出して、更に自分の力も半分あげるとも言っていたけど、多分嘘ね。何か企んでいて、光雅君の力を利用するつもりだった……いや、最初から光雅君の力を奪うつもりだったのよ。そして用済みになったらさよなら、ってね」

「ところが木宮は俺たちを生贄にする事を、そして俺たち以外にも人を殺す事を拒み、最終的に契約自体の破棄を申し出たために、〝アイツ〟は逆上して光雅を殺した……?」

「鋭いな」答えたのは光雅だった。「正解だよ、お二人さん」

 ケイと凪は光雅から数歩後ずさり、身を寄せ合うとそれぞれアイテムを手にして構えた。

「我を拒否した光雅が、抵抗虚しく命を落とす哀れな光景も見せてやろうと思っていたのだが、その必要はなかったか」

 ゆっくり振り向いた光雅の顔には、底意地の悪いニヤニヤ笑いが浮かんでいた。

「ついでに教えておいてやろう。光雅の魂は我が完全に喰らった。もうあのガキは存在しない」

 ケイは驚愕に目を見開いた。

「女、お前の推測通り、我は光雅の力を欲していた。一度は光雅の魂を捕らえて吸収し、ついでに元々強い霊能力を持つその男と、どういうわけか急激に力が高まってきたお前の魂も奪おうと動いた。ところがあのガキは抵抗し、更には隙を突いて我の元から逃げ出した。まさかここまで手こずるとは思わなかった! 少々油断したよ」

〝アイツ〟は光雅の姿のままカッと大きく口を開くと、光雅とは似ても似付かない下品な嘲笑わらい声を上げた。

「てめえ……よくも……!」

「そう。よくわかったわ。ご丁寧に説明有難う」

 怒りに体を震わせる凪とは対照的に、ケイは淡々と答えると、再び〝アイツ〟に近付いた。

「緋山──」

「ふざけんじゃねえわよ」

 それは凪が一度も耳にした事のないような、怒りに満ちた低い声だった。

「あんたが素直に光雅君の魂を解放して、魔界なり地獄なり自分の世界に戻って二度とこちらには来ないと約束するんだったら、それ以上は何もしないつもりだった……でもそれが無理だってんなら、わたしだって容赦はしないから。覚悟しなさいよ、下っ端野郎」

〝アイツ〟がニヤニヤ笑いを一瞬だけ引きつらせたのを、凪は間違いなく見た。そしていかれるケイの口元に、ほんの微かに笑みが浮かんでいるようにも見えたような気がしたが、こちらは見間違えだろうと考え直した。
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