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第四章 二〇年前
07 森へ①
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日曜日、夕凪高校正門前。
約束の時間に余裕を持ってやって来た百合子と絵美子に対し、保は一〇時丁度に到着した。
「まさか怖気付いちゃったんじゃないかとか、途中で事故に遭ったんじゃないかって心配したんだから」
「悪ぃ悪ぃ」
「まあまあ、無事着いたんだから良かったわ。それに天気も何とか持ってるし」
空はどんよりしていて、そのうち降り出してもおかしくなさそうだ。
「ところで二人共」絵美子の声が若干低くなった。「その……何か策はあるの?」
「策はないけど武器はある」
百合子と保は同時に答え、背中のリュックに手を回して同時に叩き、更にそれぞれが肩に掛けたバットケースを同時に掲げてみせた。
「奮発していいやつ買っちゃったんだから!」
「俺も」
「そ、そう……」
絵美子の荷物はスクールバッグではなく、ローズピンクの小さなショルダーバッグだった。
「絵美子は? その中に?」
「貴重品とか細々した物よ。先に教室のロッカーにしまっておこうと思って」
「武器は己自身ってか」
「そういう事」
「何それカッコイイ!」
三人は笑い合ったが、長くは続かなかった。これからの事を考えるとあまり落ち着かなかった。
保は深呼吸すると、
「んじゃ、行きますか」
百合子と絵美子は頷いた。
絵美子のショルダーバッグをしまうと、三人は教室を出た。
「で、どうするんだ。〝あいつ〟は俺たちに気付いて現れるんじゃないかと思ってビビッてたんだが」
百合子は保の肩を軽く叩き、
「正直でよろしい。実は私も」
「多分、逆よ」
「逆?」
「〝あいつ〟は、わたしたちがやって来た事に気付いたら、警戒して隠れるんじゃないかと思うの。日曜日に三人揃ってなんて、明らかに不自然だもの。それに二人は、ほら」
絵美子は百合子と保のバットケースを見やり、小さく笑みを溢した。
「ねえ、もしも暗くなるまでに探し出せなかったら?」
「何かありそうな場所なら把握しているわ。付いて来て」
絵美子が百合子と保を連れてやって来たのは、第一校舎の中庭に面する出入口だった。上履きのまま外へと出てコンクリートの通路の途中で立ち止まると、絵美子は数メートル先に一本だけ立っている針葉樹を指差した。
「ほら、あの根元。多分二人には見えると思うんだけれど、どうかしら」
「根元?」
「もう少し近付きましょう」
更に数歩進むと、突然保が驚きの声を上げた。
「しーっ。驚いて逃げちゃうわ」
保は半開きにした口を左手で押さえた。
「え、待って何が──」
何があるんだと言いかけて、百合子はハッと息を呑んだ。二〇センチかそこらの茶色っぽい生き物が二匹、針葉樹の根元をうろうろしている。
──あれ……えっ!?
百合子は最初、タイワンリスか何かかと思った。しかしよく見てみればそれは、薄い白髪頭に上下が茶色のみすぼらしい服を着た、小さい男たちだった。
「ち、小さいおじさん?」百合子は声を潜めて絵美子に尋ねた。「芸能人に目撃証言が多い、あの小さいおじさん!?」
「多分、同類じゃないかしら。わたしも詳しくはわからないわ」絵美子も小さな声で答えた。
「あれは〝あいつ〟と関係してんのか?」保も声を潜めてはいたが、女子二人よりは大きかった。「まさかあれが〝あいつ〟じゃないよな?」
小さい男二人は百合子たちに気付くと、そのまま固まった。絵美子が足音を立てないようにしながらゆっくり近付こうとすると、飛び上がるようにして驚き、逃げ出そうとした。
「待って、お話がしたいの」
小さい男二人は足を止めた。
「わたしだけそっちに行くわね」
絵美子は友人二人にこの場で待つように目配せすると、小さい男二人の元まで歩み寄ってしゃがんだ。
「ねえ、あなたたちに教えてほしい事があるの」
小さい男二人は小首を傾げた。
「昔この辺りにあった森に、悪い事をするのが好きな魔物がいたと思うんだけれど──」
「関わるな。関わるな」
百合子たちから見て左側の男が、まるで少女のような甲高い声で遮った。
「え?」
「危険。危険」
右側の男が、やはり少女のような声で──左側の男より僅かに低いが──続いた。
「危険って──」
小さい男二人は体を震わせた。
「魔物。魔物」
「意地悪。意地悪」
「怖い。怖い」
「逃げる。逃げる」
二人は素早く木の裏側へ回り込むと、そのまま出て来なくなった。
「あらら、どうしよう」
そう言って立ち上がり、百合子たちに振り返った絵美子の表情が引きつった。
「やあ、何してるんだい」
百合子と保は、ギクリとして振り返った。
一〇メートル程離れた位置、コの字型の校舎の縦の部分を背にして、うっすらと笑みを浮かべた千堂雅貴が立っていた。
「日曜日だし、三人共帰宅部だよね?」
──あり得ない。
雅貴が立っている方向は行き止まりとなっている。針葉樹の方から歩いて来たのだとすれば絶対に視界に入るし、中庭に面する出入口のどちらかから出て来たのだとしても、いくら小さい男たちに気を取られていたとはいえ、誰も全く気付かないとは考えにくかった。
百合子が身構えると、保は百合子を庇うように立ち、絵美子も後ろから走り寄って来て百合子の右に並んだ。
「どうしたんだい」
「とぼけてんじゃねえよ! テメエの正体はわかってんだよ!」保が叫ぶように言った。「よくも熊井をボロボロにしてくれたな! お前は他にも、笑い話じゃ済まねえ悪戯して楽しんでたんだろ!?」
雅貴の顔から薄っぺらい作り笑いが消えた。
「二人共、気を付けて」
注意を促す絵美子の声からは、焦りが感じられた。
突然風が強くなった。元々どんよりしていた空は更にどんどん暗く、黒くなってゆく。
「お前たちもオレの邪魔をする気か」
雅貴──いや、〝あいつ〟の憎々しげな声は、張り詰めた空気の中、嫌によく響いた。
「後悔させてやる」
視界がぐにゃりと歪み、百合子たちに眩暈を誘発させた。足元が浮くような感覚、耳鳴り、〝あいつ〟の嗤い声、そして──……
気付くと百合子たち三人は、中庭とは全く異なる風景の中、乾いた土の上に尻餅を突いていた。
「なっ……」
「何ここ!?」
三人はまだ何となくフラつく体で無理矢理立ち上がり、周囲を見回した。
「木ばっかり! 暗いし!」
「空が見えねえ」保は見上げたままボヤいた。「不自然なまでに葉っぱで覆い尽くされちまってる」
「森ね」
絵美子の声に二人は振り返った。
「え、まさか昔の……?」
「ううん、本物じゃなくて、それを元に〝あいつ〟が創り出した偽物の世界ね。木や足元の土からは、生きたエネルギーが全然感じられないし」絵美子は百合子の後方を見やった。「道はあれしかないわけね。あの一本道」
「うん。しかもここよりもっと真っ暗みたいなんだけど!」百合子は顔をしかめた。
「でもあの道を進まなきゃ出られないんじゃないか?」
「そのようね」
「最悪」百合子は頭を抱えた。「ああもう、せめてもうちょい明るく設定しろっての! ……え?」
百合子の足元の一部が、眩しいくらいに明るくなった。
「文明の利器は利用しなきゃ」
絵美子の左手には、簡易ライトを点けた携帯電話が握られていた。
「あ、そっか……それがあったね」
「ほれ、こっち使いな」保は掌サイズの懐中電灯を百合子に差し出した。「俺は自分のケータイ使うから」
「あ、有難う……」
「二人共、武器を構えといて。いつ〝あいつ〟の妨害があるかわからないから」
百合子と保は頷くと、それぞれバットケースから新品の金属バットを取り出した。
「まだあるが、とりあえずこれだな。ああ星崎、バットケースは邪魔だから置いてけよ?」
「これも安くなかったんだけどなあ……まあいいや。準備OK!」
絵美子は頷いた。「それじゃあ行くわよ」
三人は絵美子を先頭に小径を進んでいった。
約束の時間に余裕を持ってやって来た百合子と絵美子に対し、保は一〇時丁度に到着した。
「まさか怖気付いちゃったんじゃないかとか、途中で事故に遭ったんじゃないかって心配したんだから」
「悪ぃ悪ぃ」
「まあまあ、無事着いたんだから良かったわ。それに天気も何とか持ってるし」
空はどんよりしていて、そのうち降り出してもおかしくなさそうだ。
「ところで二人共」絵美子の声が若干低くなった。「その……何か策はあるの?」
「策はないけど武器はある」
百合子と保は同時に答え、背中のリュックに手を回して同時に叩き、更にそれぞれが肩に掛けたバットケースを同時に掲げてみせた。
「奮発していいやつ買っちゃったんだから!」
「俺も」
「そ、そう……」
絵美子の荷物はスクールバッグではなく、ローズピンクの小さなショルダーバッグだった。
「絵美子は? その中に?」
「貴重品とか細々した物よ。先に教室のロッカーにしまっておこうと思って」
「武器は己自身ってか」
「そういう事」
「何それカッコイイ!」
三人は笑い合ったが、長くは続かなかった。これからの事を考えるとあまり落ち着かなかった。
保は深呼吸すると、
「んじゃ、行きますか」
百合子と絵美子は頷いた。
絵美子のショルダーバッグをしまうと、三人は教室を出た。
「で、どうするんだ。〝あいつ〟は俺たちに気付いて現れるんじゃないかと思ってビビッてたんだが」
百合子は保の肩を軽く叩き、
「正直でよろしい。実は私も」
「多分、逆よ」
「逆?」
「〝あいつ〟は、わたしたちがやって来た事に気付いたら、警戒して隠れるんじゃないかと思うの。日曜日に三人揃ってなんて、明らかに不自然だもの。それに二人は、ほら」
絵美子は百合子と保のバットケースを見やり、小さく笑みを溢した。
「ねえ、もしも暗くなるまでに探し出せなかったら?」
「何かありそうな場所なら把握しているわ。付いて来て」
絵美子が百合子と保を連れてやって来たのは、第一校舎の中庭に面する出入口だった。上履きのまま外へと出てコンクリートの通路の途中で立ち止まると、絵美子は数メートル先に一本だけ立っている針葉樹を指差した。
「ほら、あの根元。多分二人には見えると思うんだけれど、どうかしら」
「根元?」
「もう少し近付きましょう」
更に数歩進むと、突然保が驚きの声を上げた。
「しーっ。驚いて逃げちゃうわ」
保は半開きにした口を左手で押さえた。
「え、待って何が──」
何があるんだと言いかけて、百合子はハッと息を呑んだ。二〇センチかそこらの茶色っぽい生き物が二匹、針葉樹の根元をうろうろしている。
──あれ……えっ!?
百合子は最初、タイワンリスか何かかと思った。しかしよく見てみればそれは、薄い白髪頭に上下が茶色のみすぼらしい服を着た、小さい男たちだった。
「ち、小さいおじさん?」百合子は声を潜めて絵美子に尋ねた。「芸能人に目撃証言が多い、あの小さいおじさん!?」
「多分、同類じゃないかしら。わたしも詳しくはわからないわ」絵美子も小さな声で答えた。
「あれは〝あいつ〟と関係してんのか?」保も声を潜めてはいたが、女子二人よりは大きかった。「まさかあれが〝あいつ〟じゃないよな?」
小さい男二人は百合子たちに気付くと、そのまま固まった。絵美子が足音を立てないようにしながらゆっくり近付こうとすると、飛び上がるようにして驚き、逃げ出そうとした。
「待って、お話がしたいの」
小さい男二人は足を止めた。
「わたしだけそっちに行くわね」
絵美子は友人二人にこの場で待つように目配せすると、小さい男二人の元まで歩み寄ってしゃがんだ。
「ねえ、あなたたちに教えてほしい事があるの」
小さい男二人は小首を傾げた。
「昔この辺りにあった森に、悪い事をするのが好きな魔物がいたと思うんだけれど──」
「関わるな。関わるな」
百合子たちから見て左側の男が、まるで少女のような甲高い声で遮った。
「え?」
「危険。危険」
右側の男が、やはり少女のような声で──左側の男より僅かに低いが──続いた。
「危険って──」
小さい男二人は体を震わせた。
「魔物。魔物」
「意地悪。意地悪」
「怖い。怖い」
「逃げる。逃げる」
二人は素早く木の裏側へ回り込むと、そのまま出て来なくなった。
「あらら、どうしよう」
そう言って立ち上がり、百合子たちに振り返った絵美子の表情が引きつった。
「やあ、何してるんだい」
百合子と保は、ギクリとして振り返った。
一〇メートル程離れた位置、コの字型の校舎の縦の部分を背にして、うっすらと笑みを浮かべた千堂雅貴が立っていた。
「日曜日だし、三人共帰宅部だよね?」
──あり得ない。
雅貴が立っている方向は行き止まりとなっている。針葉樹の方から歩いて来たのだとすれば絶対に視界に入るし、中庭に面する出入口のどちらかから出て来たのだとしても、いくら小さい男たちに気を取られていたとはいえ、誰も全く気付かないとは考えにくかった。
百合子が身構えると、保は百合子を庇うように立ち、絵美子も後ろから走り寄って来て百合子の右に並んだ。
「どうしたんだい」
「とぼけてんじゃねえよ! テメエの正体はわかってんだよ!」保が叫ぶように言った。「よくも熊井をボロボロにしてくれたな! お前は他にも、笑い話じゃ済まねえ悪戯して楽しんでたんだろ!?」
雅貴の顔から薄っぺらい作り笑いが消えた。
「二人共、気を付けて」
注意を促す絵美子の声からは、焦りが感じられた。
突然風が強くなった。元々どんよりしていた空は更にどんどん暗く、黒くなってゆく。
「お前たちもオレの邪魔をする気か」
雅貴──いや、〝あいつ〟の憎々しげな声は、張り詰めた空気の中、嫌によく響いた。
「後悔させてやる」
視界がぐにゃりと歪み、百合子たちに眩暈を誘発させた。足元が浮くような感覚、耳鳴り、〝あいつ〟の嗤い声、そして──……
気付くと百合子たち三人は、中庭とは全く異なる風景の中、乾いた土の上に尻餅を突いていた。
「なっ……」
「何ここ!?」
三人はまだ何となくフラつく体で無理矢理立ち上がり、周囲を見回した。
「木ばっかり! 暗いし!」
「空が見えねえ」保は見上げたままボヤいた。「不自然なまでに葉っぱで覆い尽くされちまってる」
「森ね」
絵美子の声に二人は振り返った。
「え、まさか昔の……?」
「ううん、本物じゃなくて、それを元に〝あいつ〟が創り出した偽物の世界ね。木や足元の土からは、生きたエネルギーが全然感じられないし」絵美子は百合子の後方を見やった。「道はあれしかないわけね。あの一本道」
「うん。しかもここよりもっと真っ暗みたいなんだけど!」百合子は顔をしかめた。
「でもあの道を進まなきゃ出られないんじゃないか?」
「そのようね」
「最悪」百合子は頭を抱えた。「ああもう、せめてもうちょい明るく設定しろっての! ……え?」
百合子の足元の一部が、眩しいくらいに明るくなった。
「文明の利器は利用しなきゃ」
絵美子の左手には、簡易ライトを点けた携帯電話が握られていた。
「あ、そっか……それがあったね」
「ほれ、こっち使いな」保は掌サイズの懐中電灯を百合子に差し出した。「俺は自分のケータイ使うから」
「あ、有難う……」
「二人共、武器を構えといて。いつ〝あいつ〟の妨害があるかわからないから」
百合子と保は頷くと、それぞれバットケースから新品の金属バットを取り出した。
「まだあるが、とりあえずこれだな。ああ星崎、バットケースは邪魔だから置いてけよ?」
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