上 下
64 / 287

第六十四話 タゴサク、予選を突破する

しおりを挟む
 タゴサクのトーナメントデビューは、武器戦闘の部だった。
 名前を呼ばれて闘技場の中央にある舞台に向かうと、観客の視線がタゴサクと対戦相手の少年に突き刺さる。
 大勢の人間から注目を浴びた経験のないタゴサクは、それだけで委縮してしまった。

「始め!」

 試合が始まって歓声が上がると、それはますます加速した。対戦相手の事を忘れ、オドオドとした様子でキョロキョロと周囲を見回し始めたのだ。
 当然、対戦相手がその隙を見逃す筈もない。タゴサクの注意が逸れている今のうちに決着を付けようと、大きく踏み込んで剣を振り下ろした。卑怯ということなかれ、彼も学院に入りたくて必死なのだ。

「もらった!」

 剣がタゴサクに届こうかというその瞬間、勝利を確信して、少年が叫ぶ。
 異変はその時起きた。必勝を期して振るわれた剣はタゴサクを捉える事無く空を切り、闘技場の床に叩きつけられたのだ。

「なにっ!?」

 慌ててタゴサクの姿を探す少年。その目に映ったのは、自分目掛けて振るわれた、鞘が付いたままの剣だった。



「勝者、タゴサク!」

 鮮やかに勝利を収めたタゴサクに、観客席は大盛り上がりだった。そんな中、冷静にタゴサクの動きを観察していたのは、カズキが注目している事を知っている、ラクト達三人だけである。
 学院からの参加者の中で、一般の部に注意を払う者は少ない。自分は厳しい試験を乗り越えて入学したという自負があるので、一般の部の参加者は眼中にないのである。事実、一般の部を勝ち上がって学院に入学した者は、ここ十年で一人もいないのが現状だった。

「不意打ちを受けたのに、あっさり躱して反撃かぁ。カズキが注目しているだけの事はあるね」

 ラクトがカズキに話し掛けるが、当のカズキは試合を見ていなかった。【次元ハウス+ニャン】の中で昼寝をしていたクレアが、チOオちゅーるの匂いを嗅ぎつけ、カズキに飛び掛かってきたからだ。

「ん? 何か言ったか?」
「・・・・・・いや、なんでもない」
「そうか」

 そう言って、あっさりとクレアへの奉仕に戻るカズキ。ナンシーは満足したのか、クレアと入れ替わるように【次元ハウス+ニャン】へと入っていった。

「先輩はどう思いました?」

 気を取り直して、マイネに問いかけるラクト。カズキの事は気にしない事に決めたらしい。

「そうですね・・・・・・。試合中によそ見をしていたのはフリかもしれません。その証拠に、襲い掛かられた後の動きは、目を瞠るものがありました。相手を油断させて、最小限の動きで仕留める。カズキさんの言う通り、腕が立つ事に加えて、かなりの策略家なのかもしれません」

 本人の知らないところで、勝手に評価が上がっていくタゴサク。当然だが、マイネの分析は間違っていた。

「まあその辺は、次の試合ではっきりするでしょう。次の試合は、武器、魔法ありの通常戦闘ですから」

 マイネの言葉と同時に、再びタゴサクの名が告げられた。

「連戦だったんですね。これを知っていたから、さっきはああいう戦い方をしたんでしょうか?」

 フローネの目に、真剣な光が宿る。
 再び名前を呼ばれたタゴサクは、またもオロオロしていたが、既に策略家というイメージ(勘違い)を持ってしまった三人は、真剣な表情で一挙一動を見守っていた。 



 ラクト達に警戒されているとも知らず、タゴサクは再び舞台へと上がっていた。

「さっきは驚いたべ。気付いたら目の前に剣があったから、反射的に思いっきりぶっ叩いちまっただ。酷え怪我とかしてねえといいんだけんど」

 漸く落ち着いたタゴサクは、目の前の対戦相手の事をまたも忘れ、先程の相手の心配をしていた。

「始め!」

 そこに掛かる戦いの合図。先程のタゴサクの戦いぶりを見ていた観客たちが、次はどんな試合を見せてくれるのかと、期待混じりの声援をタゴサクに送る。
 それで我に返ったタゴサクは、同じ過ちを繰り返さないようにと、素早く剣を抜いて身構えた。
 対する相手は、直前のタゴサクの試合を見ていただけに、不用意に近づく事はせず、タゴサクから距離を取るように後退して、剣と盾を構えた。

「自分から仕掛ければ先程の試合のようにカウンターを貰う可能性が高いとみて、距離を取りましたか。なかなか慎重ですね」
「はい。もしかしたら、彼の実力の一端を見られるかもしれません」

 感心したように呟くマイネに、フローネが答える。二人共、タゴサクが勝つ事を疑っていない。
 だが、そんな二人の期待は見事に裏切られた。
 タゴサクから離れた対戦相手が、目を閉じて長々と呪文を詠唱し始めたのである。

「敵を目の前にして、目を閉じたまま呪文を詠唱かぁ。彼が学院に入れなかった理由がよくわかるね」

 ラクトが呆れたように呟く。タゴサクもそう思ったのか、無造作に相手に近付いて行った。
 そして、夢中で呪文を詠唱している相手に向けて、剣の切先を喉元に突き付ける。
 それでも頑張って詠唱を続ける相手を見て困り果てたタゴサクは、審判役の教官に無言で問いかけた。
 即ち、このまま攻撃しても良いのか? と。

「勝者、タゴサク!」

 このまま続けても無意味だと判断した教官が、タゴサクの勝利を告げる。それでやっと状況を理解したのか、対戦相手が詠唱を止めて、肩を落とした。

「「「・・・・・・」」」

 今度こそタゴサクの実力に迫れるのかと期待していた三人に、落胆の色が浮かぶ。
 観客もそれは同様で、喜んでいるのはエルザ只一人だけという有様だった。

「・・・・・・次は魔法戦闘だっけ。彼の実力を引き出してくれるような相手がいれば良いんだけど」
「無理じゃね?」

 一般参加の選手を眺めて、カズキがラクトの言葉を即座に切り捨てた。
 その言葉は正しく、魔法戦闘の予選では、タゴサクが魔法を使う場面が無かった。対戦相手は魔力が低く、ただ躱しているだけで魔力切れを起こしてしまったのだ。
 その後の予選でもタゴサクを脅かすような相手は現れず、彼は大した労力を払う事もないままに、一般の部、全部門を制覇したのであった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,499pt お気に入り:4,185

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:626pt お気に入り:449

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,583pt お気に入り:91

帰還した元勇者はVRMMOで無双する。〜目指すはVTuber義妹を推して推しまくる生活~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,458pt お気に入り:591

魔法大全 最強魔法師は無自覚

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:8

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,302pt お気に入り:4,114

処理中です...