瑠菜の生活日記

黒岩 姫

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秋とチビッ子

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 「もうそろそろ進路の方を話していきましょうか。」
 「あ、すみません。お願いします。」

 三十分ほどサクラと少女がしゃべったのを見て瑠菜は二人に声をかけた。
 少女は最初と比べると気を許していてよくしゃべるようになっていた。

 「どんな職業がいいとかある?」
 「ないです。なりたいことがよくわからなくて。」
 「まぁ、そんなものでしょう。まだまだ先の話だし。じゃぁ逆にこれだけは嫌だとか言うのはある?」
 「これだけは嫌?」

 少女は首をかしげて瑠菜に聞き返した。
 瑠菜はニコニコとしながらうなずいてメモを取り出した。

 「そう、例えば……人に注射を打ったり、人がけがをしているのが嫌だから、または血を見るのが嫌いだから医者は無理とかね。ほかにはあまり勉強はしたくないとかも。」
 「あぁ……じゃあ、料理は苦手です。人の世話をしたり片づけをしたりはできるんですけど。あとは勉強もすごく苦手とかではないのですが、得意かと言われると……。」
 「了解。」

 瑠菜はそういって表を少女に見せた。

 「今あなたが言ったことを表にしてみたの。ほかに何かある?」
 「えっ……と、事務処理的なことは好きです。あと、デザインとかはすごく苦手です。」

 瑠菜はそれをまとめてから資料のファイルを少女の目の前に置いた。
 国語辞典よりもよっぽど分厚くて声をすべて読むとなると気が遠くなりそうだ。

 「実はね、私はこの仕事に就く前は漫画家とか小説家を目指していたの。いろいろあって今はここで好きなことも含めて働いているけど。」

 瑠菜はそう言ってぺらぺらと資料をめくった。
 サクラと少女も興味深そうに瑠菜の言葉を聞いている。

 「ここで働く前、知り合いにくじを引かされたの。どうせ好きなことできなくってやりたいこともないなら、嫌いなこと以外なら何でもいい。どうにでもなれって思ってくじを引いた結果、この職だったのよ。」
 「そんな適当でいいんですか?」
 「後悔しなければそれは天職よ。お金さえ入れば、よっぽど人間関係に悩まない限りどこ行っても一緒だし。」
 「一緒って……そうなんですか?」
 「一緒よ。どんなに好きなことやってても人間関係で悩むこともあるし、ずっとやっていればあきるし、つまらないし嫌になる。逆にちょっと嫌だなくらいのことなら、嫌だけど慣れてきたなぁなんて思う日がいつかは絶対来るしね。結局、お金もらうことが仕事の大きな目標だから。」

 瑠菜にそう言われて少女は、自分は少し考えすぎていたのではないかと思った。
 難しく考えすぎていたことで正解のない問題がどんどんたまっていたのだと。
 少女はそのことに気づくと少し恥ずかしくなった。
 まぁ、瑠菜が考えなさすぎで、楓李からしたらしっかり考えてほしいと思うのだが、横から口を出すと瑠菜がうるさいため黙っておくことにした。

 「どんな職業にも資格はいるから、勉強はしないといけないんだけどね。その資格についてだけじゃなくて他の勉強もしないといけないのは確か。そこは頑張ってね。あそこの資料にいろいろ乗ってるからいつでも見に来ていいよ。」

 瑠菜はそう言うと事務員、公務員の仕事がわかりやすく書いてある資料を、ページを開いたまま渡した。棚にある似たような資料は他の仕事が種類別に分かれてあるのだろうと少女は思う。

 「ありがとうございます。あそこにある資料って……?」
 「アーティスト、デザイン、教師、医師。それみたいに必要な資格とか給料、あと職場の環境が書いてあるわ。」
 「あんなにたくさん……。」

 少女は辞典より分厚い資料を見てそうつぶやいた。

 (私が知らない職業ってたくさんあるんだなぁ。)

 少女はそう思いながら瑠菜からもらった事務員や公務員の資料からメモをいくつか取って、瑠菜にもう一度お礼を伝えた。

 「もういいの?」
 「はい。決めるヒントはもらったので。」
 「そう、なら良かった。あ、資料はあとで片付けるから出しっぱなしでもいいわよ。」
 「わかりました。今日は本当にありがとうございました。」

 少女が出て行くのを見送ると、瑠菜は一息つくためにコーヒーをペットボトルからコップに注いだ。
 缶やペットボトルでグイっと飲むのも好きなのだが、いつも行儀が悪いと雪紀や楓李に怒られてしまうためしっかりコップへ注いでから飲むようになったのだ。
 しかし、余裕がなかったり特別疲れているときはそのままグイっと一気飲みして寝転がって、雪紀や楓李から怒られている。

(うるさいからなぁ。)

 瑠菜がそう思いながら一口口にコーヒーを入れると、ガチャっとドアが開いて元気な声が響き渡った。

 「サークラちゃん!プレゼント……あれ?瑠菜さん行儀悪いですよ。コーヒーこぼしたんですか?ちゃんと拭かないとしみになりますよ。」
 「誰のせいよ……って、それ。」

 青龍は元気いっぱいの笑顔で入ってきて、サクラがいないことを確認すると瑠菜に声をかけた。
 青龍のその姿を見ていつもの瑠菜なら文句を言いそうなものだが、瑠菜は目を丸くして黙り込んでいた。

 「え?あ、きれいですよね。一本ですけど。」
 「……本当ね。サクラならもう帰ったと思うわよ。どこにいるかは知らないけど。」
 「そうですか。探してみます。」

 瑠菜が目を丸くした理由は青龍の持っていたピンクのガーベラだった。
 瑠菜はそれを懐かしいものでも見るように眺めてから青龍にそう言って目をそらした。

(ここに、かえがいなくて良かった……。)

 瑠菜はそう思いながら机を軽くふいてからさっさと荷物をまとめて、青龍から離れるように出て行ってしまった。
 青龍は置いて行かれてしまい何が何だかわからずにその後姿を見送った。

 「あれ?青龍来てたのか。それ……サクラにか?」
 「はい。きれいですよね。ガーベラの花。」
 「……そうだな。」

 瑠菜とすれ違うようにして入ってきた楓李に青龍は嬉しそうに言った。

 「瑠菜さん、さっき出て行きましたけど。」
 「会ってない。」

 楓李は珍しく疲れているうえに不機嫌で、ソファーに横になった。
 ガーベラの花を見た瞬間、楓李の顔が少し不安げにゆがんだのを青龍は気のせいだと思った。





 「わぁ!ありがとうございます。青龍君。」
 「いいえ。喜んでもらえてうれしいよ。」

 雪紀や瑠菜の住んでいる家に青龍がいくとちょうどサクラもどこかからか帰ってきたらしく、玄関で鉢合わせる形になった。
 サクラは花をもらってもそこまで深い意味はないと思い、そのまま全員が集まる部屋の花瓶に一本だけのそれを飾った。ピンクのガーベラはもともと飾ってあったほかの花よりも目立っていて特別きれいだった。

 「瑠菜さんにとてもよく似合いそうな花ですね。そうだ!楓李兄さん、今度瑠菜さんに買ってあげたらどうですか?瑠菜さんなら一本のお花でもすごく喜びそうですし。」
 「あれ?サクラちゃんはそこまで喜んでくれなかった?」
 「あ、いや……このお花、何か瑠菜さんに似てるんですよ。私の中で瑠菜さんはどんな状況でもみんなに指示できたりする真の通ったまっすぐできれいな方なので。」

 サクラは青龍にそう言いながらもう一度ピンクのガーベラを見た。
 きれいでかっこいい、そしてかわいさもある。
 サクラにとって瑠菜はそんなガーベラのような人間だ。

 「どうですか?楓李兄さん。」

 サクラは楓李を後押しするように言ったが楓李は答えなかった。

 「楓李さん?」
 「……考えておく。」
 「えぇ、なんでですか?何でもない日の彼氏からのプレゼントが一番うれしいのに。」

 楓李は青龍に呼ばれてそれだけ答えると少し笑ってからそう答えた。

 「ピンクのガーベラは瑠菜にとって特別なものだからな。俺が渡していいようなものじゃねぇよ。」

 楓李は自虐的に鼻で笑う。
 そしてサクラや青龍がそれを見てぽかんとしたのに気づくと、楓李は悪いと軽く謝ってそのまま部屋へと入った。

 「何か意味があるのでしょうか?」
 「さぁ?瑠菜さんが帰ってきたら聞いてみようか。」
 「そうですね。」

 しかし、その日瑠菜が帰ってくることはなかった。






 「瑠菜姉ちゃっ!松ぼっくり見つけた。」
 「見て。見て!どんぐり!」
 「わぁ、きれいねぇ。クゥもリィもきれいなの見つけたわね。」

 今日はクゥ、リィ、スゥの三人を連れて瑠菜と楓李が散歩をしに来ていた。
 クゥやリィは瑠菜や楓李から離れて木の実を拾ったり遊具で遊んだりしているのだが、スゥだけはいつも通り瑠菜から離れずに瑠菜とお菓子を食べたりしている。
 たまに遊具で遊んでいるのを見て瑠菜も一緒に遊具で遊ぶが、長いスカートでは動きにくく体力も続かないためすぐに瑠菜の方がばててしまうのだ。
 楓李はクゥとリィの世話で目も離せず、スゥ一人にかまっている暇はなさそうだった。

 「スゥ、遊ばなくていいの?」
 「いっぱい遊んだもん。」

 涼しくなってきている割には穴場のような公園だからか人が少なく、何ならこの五人しかいないようにも見える。
 それでも変質者はいるからとチビッ子から目を離さないようにしているところを見ると、楓李は本当に偉いなと瑠菜は思う。

 「ねぇ、瑠菜姉ちゃん。お歌うたって。いつものお散歩の曲。」
 「いっぱい歌ったから次は帰りに歌うんじゃなかったの?」
 「今がいい!」

 スゥに言われて瑠菜は動くよりはましかと思って歌い始めた。
 短い曲だが、瑠菜は小さいころから聞いていたためよく覚えている。

(こはくとも何回も聞いて歌ったっけ。)

 瑠菜がそう思いながら歌っていると、先ほどまで全く瑠菜の方によってこなかったクゥやリィも瑠菜の真横にピッタリとくっついて一緒に歌い始めた。
 楓李も少しほっとしたように楽しそうにしているちびっ子と瑠菜を見た。
 どうやら楓李も体力の限界が近かったようだ。

 「もう一回!もう一回!」
 「次、いつものやつ!」

 ちびっ子たちはそういって瑠菜によってたかった。
 瑠菜も嫌そうではなくうれしそうに笑っている。
 楓李はそんな姿を見て少し誇らしくなった。
 自分の母親と瑠菜を重ねると少し似ている気がして本当に子供のいる家族のように感じたのだ。

 「ん?かえ、どうかしたの?」

 無意識に楓李は瑠菜を見ていたらしく、瑠菜は首をかしげてあざとく笑いながら聞いた。

 「懐かしい曲だなって。」
 「こはくがよく聞いてた曲だもんね。」
 「いや、その前から知ってる。」

 瑠菜は楓李のその一言に全く深入りせずにそっかとだけ答えた。
 いつ知ったのか、誰が聞いているのを聞いたのか、瑠菜はそんな疑問に蓋をしてもう一度歌いだした。

(この歌手、相当前から見ない人なんだけどなぁ。)

 同じ曲を知っている人が少ないからこそのうれしさと、楓李への不信感が瑠菜の中で混ざり合う。
 しかし、それを顔に出して不安な表情をチビッ子や楓李に見せるのはダメだと瑠菜は考えて笑顔を表に出した。

 「母親がよく口ずさんでたんだ。あんまり記憶ねぇけど、これだけは覚えてる。お前もか?」
 「え、……うん。そっか。お母さんが。」

 瑠菜の気持ちを読み取ったかのように楓李が言うと、瑠菜はなぜかホッとした。

 「変な話だよな。顔も覚えてねぇのに。」
 「……めんどくさいね。」
 「ん?」
(私、女として……人としてめんどくさいなぁ。)

 瑠菜は口に出していることにも気づかずにそう言ってからまた歌いだした。
 木に囲まれた公園で小さなソロライブでもしているかのように歌う瑠菜に合わせて、ちびっ子たちは一緒に歌ったりダンスをしたりしていた。
 そのおかげで楓李は瑠菜の一言に対して聞き返す機会を逃してしまった。

 「瑠菜姉ちゃ!アンコオル、アンコオル!」
 「もう暗くなるから帰るぞ。」
 「えぇー。」

 楓李に言われてちびっ子たちはブーブーと文句を言いながら帰る準備をした。

 「あっ、木の実はかごの中に入れてね。」
 「はーい!」

 瑠菜が小さくはない、何ならとても大きいかごをチビッ子に渡すとどこに隠していたのかすぐに木の実でいっぱいになった。
 松ぼっくりやどんぐりをチビッ子だけでなく瑠菜も拾っているのを見て、楓李っは少し笑いそうになった。
 数分間、瑠菜とチビッ子たちは木の実を拾って満足したようで、楓李に帰るよと声をかけた。
 瑠菜がかごを持ってスゥと手をつなぎ、楓李はクゥとリィの横を歩く。

 「かえりにー。つかれた。お家まであと何歩くらい?」
 「疲れたよぉ、かえりにー。」
 「もう少しだから。」
 「もう歩けない―。」

 クゥが甘えるように言うと、リィやスゥも疲れたと言い出した。
 さすがの楓李も三人一気に抱き上げることはできずに歩くようちびっ子たちに言う。
 それを後ろから見ていた瑠菜はニコニコしながらスゥの目の前にしゃがむ。

 「クゥとリィはかえに抱っこしてもらってね。お姉ちゃんはかごも持たないといけないから。ほら、スゥ、おいで。」
 「かえりにー、はやく!」
 「はやく!」
 「ったく、しゃーねぇなぁ。」

 楓李はそういって、片手でクゥを、片手でリィを抱き上げるとゆっくりと歩きだした。

 「ちゃんと摑まってないと落ちるぞ。瑠菜は大丈夫か?」
 「大丈夫よ。心配性ねぇ。」
 「わーい!」

 クゥがはしゃいで楓李に摑まり、リィは少し怖いのか落ちないようにぎゅっと摑まる。
 そして、数メートル歩くとすぐにチビッ子からスース―と小さな音がしだした。

 「さっきまでうるさいくらいはしゃいでたくせに。」
 「眠かったのね。」

 瑠菜はスゥの背中をポンポンとしながら楓李の横を歩いた。

 「その木の実どうするんだ?」
 「私が覚えてたら、洗って乾かしてから箱の中に入れておく。ちびっ子たちの遊び道具にもなるし、飾りにもなるから便利なのよ。」
 「お前は本当に幼稚園とか保育園で働く方が向いてそうだな。」
 「私は多くの子供を一気に見る才能はないから。それに覚えてられると思う?子供たちの名前と顔。」

 瑠菜はそういって少し速足で歩きだした。
 いくらチビッ子とはいえ二人も同時に抱えている楓李はそれに追いつくことはできなかった。

(いつもより機嫌悪いか……。まぁ、疲れただろうし、仕方ないか。)

 楓李は少しため息をついてからゆっくりと自分のペースで歩いた。








 
 「おかえり。あらまぁ、また大量に集めてきたわね。本当にそのかごをいっぱいにするとは思ってもみなかったわ。」
 「これくらいは集めないとね。鍋ある?」
 「はいはい。一気には煮込めないでしょう?」
 「二、三回に分けようと思ってる。」

 瑠菜と楓李が帰ってくると、きぃちゃんがお茶を飲みながら出迎えた。
 瑠菜がきぃちゃんにかごを渡してスゥを寝かせながら言うと、きぃちゃんはざるを二つ出して大きめの鍋に水を入れた。そのざるで木の実を洗ってそのまま鍋に入れていく。
 瑠菜もすぐにその横できぃちゃんを手伝いだした。
 鍋の半分くらいの木のみを洗って鍋の中にぶち込んだら、今度はその鍋を火にかけてどんぐりを煮る。
 それを数回、拾ってきた木の実がなくなるまで繰り返すらしい。





 瑠菜が何度も繰り返し木の実を煮ているうちに真夜中になっていた。
 途中でお風呂にはいったり夕飯を食べていたことや量が多かったこともあり、瑠菜が思っていたよりも時間がかかってしまったのだ。

 「瑠菜ちゃん、もう私は寝るわね。あと一回くらいだし大丈夫でしょう。」
 「うん、ありがとう。きぃ姉。」

 もう最初に煮込んだ木の実は乾いていて、後はそれを網の上に並べて透明な液を塗っていくだけだ。
 ニスのようなつやつやにするものを筆で一つ一つ塗るのだが、これがまためんどくさい。
 瑠菜は、まだそれは塗らなくてもいいかと思い、鍋の前に立った。

(最近、変なことばかりね。青龍君がまさか、あの花を持ってくるなんて思ってもみなかったし。いや、あれはサクラに持ってきたものなんだけど……。なつかしいこともあるのね。)

 瑠菜はそんなことを考えながらボーっと鍋の底の裏を眺めていた。
 実際、鍋なんか見ていない。
 ただ、カチカチという時計の音が心地よくてそれに聞き入り、ぼーっとしていたのだ。

 「……な……るな……火!」
 「あっ……。」

 楓李に声をかけられて瑠菜はハッとした。
 気づくと鍋の中は沸騰していて、白い泡が噴きこぼれそうになっていた。
 楓李が瑠菜の後ろから手を出して火を止めると、真っ白い泡はどんどん消えて言って鍋の底が見えていた。もちろん、水はほとんど残っていない。

 「危ねぇな。見に来てよかった。」
 「ごめん、ぼーっとしてた。」

 瑠菜はそういって下をうつむくと、タオルを使って鍋の取っ手を持ち、ほかの木のみを乾かしているところまで運んだ。

 「何かあったか?」
 「何も。」
 「最近、かまってやれなくて悪かったな。」
 「いつもでしょう?って言うか、今日のあれはかまってくれてなかったんだ。」

 瑠菜は少し冷たいなと自分の行いをわかったうえでそう言った。

 「こはくのことか?」

 楓李にそう言われて瑠菜はびくりと一瞬体をこわばらせた。
 図星と言えば図星にも見えるし、違うと言われれば違うと受け取れる行動だ。

 「……。」
 「別に、いいけど。」

 楓李は瑠菜のその反応を図星だと判断したらしい。
 瑠菜はそんな楓李に対しては否定も肯定もせずに木の実を網の上に並べた。
 あと一回分、まだ煮ていない木の実が残っているため、早く終わらせたかったのだ。
 瑠菜は鍋に水と残りの木の実を入れて鍋を火にかけると、キッチンから一番近い台に座った。

 「まだ寝ないの?」

 瑠菜が少し不機嫌そうに言う。
 瑠菜の目の前には楓李が座っていた。
 何をするでもなくただ座っていて、瑠菜は最初無視しようと思った。
 しかし、ずっとここにいられても居心地が悪いので声をかけて自分の部屋へ帰ってもらおうとしたのだ。

 「今、俺がお前を置いてったら本気でお前は俺から離れて行くだろ。」
 「そ、んなこと……。」
 「あとこれも渡したいから。」
 「え……ちょっ?」

 楓李はそういってから立ち上がり、瑠菜を後ろから抱きしめてから瑠菜の表情を見てにっこり笑った。
 瑠菜の首元には星形の飾りについた赤い宝石が光っていた。
 それはあまり目立たないものだがおしゃれで大人っぽい感じだ。

 「うん。かわいい。」
 「えっ?あ、今日ってなんか記念日だったっけ?」
 「いや、違うけど。別にいいだろ?」
 「いや、申し訳なさすぎるでしょ……。」
 「俺がやりたいと思ってやっただけだし。それに俺は花を渡したりとかは性に合わねぇから。」

 瑠菜はその一言を聞いてハッとしたように楓李を見た。

 「な、何だよ……。」
 「花って……もしかしてこはくが私にあげてたから気にしてんの?」
 「……違う。」
 「その反応違うくないでしょ!」
 「……黙れ。」

 楓李がそう言いながら目をそらす。
 瑠菜の言っていることは大まか間違っているわけではなく、本当に楓李の中でこはくの存在は大きいのだ。

 「何それ……。そんなことで。」
 「い、いいだろ?別に。少しは格好つけさせろ。」

 瑠菜はこはくが生きていたころは本当にこはくが好きで、こはくも瑠菜を支えながら仕事をしていた。
 楓李と組む時よりも瑠菜はこはくと組む時の方が仕事の効率もよく、二人は誰がどう見ても息ぴったりの仲の良い恋人だった。
 春にはカスミソウの花、秋にはピンクのガーベラをこはくは瑠菜に毎年贈っていて、瑠菜もお菓子を作ったりしてお礼をする。

 「……そっかぁ。楓李はいいの?私はたぶんこれからも変わらなくて、こはくを思い出しては一人で泣く。そのたびに浮気したような気持ちになって楓李を無視すると思うけど。」
 「俺はお前が誰を好きでもお前を手離す気はない。」
 「束縛じゃん。」

 瑠菜が自分をどうしようもない奴だとあざ笑うように言うと、楓李はじっと瑠菜を見つめながらそう言った。
 瑠菜はそんな楓李に対してまた強く安心して、信頼できると思った。
 楓李に束縛だと言って、笑いながらからかうことができるくらい。

 「つ、つーか。一人で泣かせてたまるか。あいつのことで。」
 「じゃあ、いつでも呼んじゃおう。」

 瑠菜はそういってうれしそうにまたぐつぐつと泡を出し始めた鍋の火を止めて木の実を網の上に並べ始めた。
楓李もそんな瑠菜を見て何も言わずに手伝い始めたのだった。
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