6 / 10
屋台で買い物する幽霊
しおりを挟む
高校生の頃、親から屋台のバイトをしないかと持ち掛けられた。
日当が二万円と聞いて、私と弟は二つ返事でOKを出した。
屋台と一口に言っても、出店先が縁日だったり、花火大会だったりと色々あった。
八月十日から十六日のお盆の前後に出す屋台を手伝うというものだった。
待ち合わせ場所は、必ず京都駅前と決まっており、毎回そこまで通うのが面倒だ。
場所に寄って異なるが、朝は大体八時集合で夜は縁日なら二十二時。
花火大会なら翌日の三時を回る。
最初は日当二万円を稼ぐのが楽しくて頑張った。
毎回決まって店じまいをする前に来る客がいた。
どんなに離れた場所で出店していても、必ずビールを買って帰る。
最初は偶然かと思ったが、どうやら弟も同じ人を見ていた。
その客は、二十代半ばの女性で梅の浴衣を着ていた。
顔は可もなく不可もなく普通だったが、肌の色が青白かった。
屋台はフランクフルトとビールを主力で売り、時々たこ焼きを売っていた。
彼女を仮にウメさんとしよう。
ウメさんは、必ず店長の前に立って小さな声で注文をするのだ。
「ビールを二本下さい」
店長は、ウメさんの存在を無視して屋台を閉めていた。
私と弟以外のスタッフも、ウメさんの存在を無視している。
だから、必然的に私か弟がウメさんの相手をすることになった。
「いつものビールで良いですか? 千円になります」
毎回同じ注文をするのでウメさんの好みの銘柄も覚えてしまった。
念のため聞き返すと、彼女はコクリと小さく頷いて千円札を渡してきた。
私がビールを手渡すと、小さくお辞儀をして去って行った。
規模の大きい縁日や花火大会では、屋台は何十店にもなるのに、よく見つけてくるものだと思っていた。
そうして盆に入り、バイトも後二回の出勤で終わるとなった時に事件は起きた。
その日は、W県の花火大会の日で早朝から集合して車で移動して午前中の仕込みで疲労はピークに達していた。
晴天の中で始まった花火大会だが、客足が殆どない。
他の店は、早々に見切りをつけて花火大会の途中でも店仕舞いをしている。
「結構有名な花火大会の割には、誰も通らんね」
「ほんまにな。こっから見える花火は、綺麗なんやけどなぁ」
視界に入るテトラポットが若干気になるが、空を見るだけなら結構良いスポットだと思う。
花火大会が終了して店仕舞いしている最中に、ウメさんがいつものようにビールを注文してきた。
本日の客が彼女だけかと何とも言えない感情を抱えながら接客をしようとすると、私と弟は店長に呼ばれた。
「お前ら、ここは良いから車に戻ってろ!」
「え? でも……」
「良いから、早く行け!!」
どんなにヘマをしても笑っていた店長が、鬼の形相で怒鳴ってくる。
隣にいた弟を見ると、顔はウメさんの方を向いているのに、視線は下を向いている。
「……姉ちゃん、行こう。荷積みの手伝いしないと」
弟に手を引かれて、私達は車の元へと移動した。
荷物を積めていた先輩が、面倒臭そうな顔をして言った。
「こっちは、人が足りてるから屋台の方を手伝って欲しいんだけど」
「店長が、車に戻れって言われた」
弟の言葉に、先輩は何か思い当たる節があったのか、青ざめた顔をしている。
「あんたらは、車に乗って休んでな。今から戻るまで、絶対に喋ったらあかんよ。誰に話しかけられてもや。ハイなら頷く、イイエなら首を振る。分からないなら首を傾げる。OK?」
鬼気迫る感じの先輩に気圧されて、私は口をつぐみコクンと頭を縦に振った。
撤収作業が全て終わる頃には、二十四時を回っていた。
車内の窓から作業を見ていたが、ウメさんの存在は居ないものとして扱っている。
全員が車に乗り込んで、店長が皆いるなと確認を取った。
私と弟は返事が出来ないので、頷く仕草をすると車を発進させた。
帰りの道中は、普段と違って誰も喋らなかった。
疲れただけかと思っていたが、バックミラーから見えた店長たちの顔は強張っていたのを覚えている。
途中、トンネル内でエンストしたり、山道でバッテリーが上がったりと大変だったが、何とか京都に入り国道沿いのファミレスに入り、漸く喋って良いと言われて大きな溜息を吐いた。
「店長、あのお……」
「それ以上は言うな!」
「あ、はい」
疑問に思ってたことを聞こうとしたら、鬼の形相で止められた。
「お前らは、今日でクビだ。祭りとかで俺らを見かけても絶対に声をかけるんじゃねぇぞ」
店長は、明日の日当分も入れた封筒を渡して言った。
働いてないのに一日分多く貰えるのは嬉しいが、何だかしっくりこない。
「分かりました。ただ、理由は教えてくれません? 私ら、そんなに役に立たなかったですか?」
「……理由は、お前らの母さんに聞け。日が登ったら、近くの神社に行ってお守り貰ってこい」
面倒臭いなと思ったが、隣に座っていた弟が既に涙目になっている。
「はあ、分かりました」
その後、私と弟は家の近くまで車で送って貰った。
数時間寝て、身体を洗ってから近くの神社にお参りをして言いつけ通りにお守りを授与して貰った。
弟は、祈祷をした方が良いと言っていたが金が勿体ないからと私は断って先に一人で家に戻った。
バイトを紹介した母親に、昨日の出来事を話すと大きな溜息を吐いた後に言った。
「最後にいつもビールを買ってた客は、人じゃない死霊さ。お前と弟以外は、誰も相手にしてなかったろう。あそこの屋台は、業界では有名でね。バイトが集まらないから、あんた達を紹介したんだ。見えないものだと思ってたんだけどねぇ。まさか、死霊を接客してるとは思わないじゃないか。最終日前に辞めさせたのは、死霊があんた達の顔を覚えちまったからだ。盆が明けると同時に連れてかれるところだったのを店長さんが止めて下さったんだ。心の中で感謝しときな」
「それ以前に物騒な職場を案内すんなし」
「何事も経験さね」
私のツッコミに対して、母はカラカラと笑った。
それから、あの屋台の人と逢う事はなかったが、その後どうしているのか分からない。
母曰く、「長くは続かないだろう」と零していたので、多分屋台は畳んでしまったのではないかと思っている。
日当が二万円と聞いて、私と弟は二つ返事でOKを出した。
屋台と一口に言っても、出店先が縁日だったり、花火大会だったりと色々あった。
八月十日から十六日のお盆の前後に出す屋台を手伝うというものだった。
待ち合わせ場所は、必ず京都駅前と決まっており、毎回そこまで通うのが面倒だ。
場所に寄って異なるが、朝は大体八時集合で夜は縁日なら二十二時。
花火大会なら翌日の三時を回る。
最初は日当二万円を稼ぐのが楽しくて頑張った。
毎回決まって店じまいをする前に来る客がいた。
どんなに離れた場所で出店していても、必ずビールを買って帰る。
最初は偶然かと思ったが、どうやら弟も同じ人を見ていた。
その客は、二十代半ばの女性で梅の浴衣を着ていた。
顔は可もなく不可もなく普通だったが、肌の色が青白かった。
屋台はフランクフルトとビールを主力で売り、時々たこ焼きを売っていた。
彼女を仮にウメさんとしよう。
ウメさんは、必ず店長の前に立って小さな声で注文をするのだ。
「ビールを二本下さい」
店長は、ウメさんの存在を無視して屋台を閉めていた。
私と弟以外のスタッフも、ウメさんの存在を無視している。
だから、必然的に私か弟がウメさんの相手をすることになった。
「いつものビールで良いですか? 千円になります」
毎回同じ注文をするのでウメさんの好みの銘柄も覚えてしまった。
念のため聞き返すと、彼女はコクリと小さく頷いて千円札を渡してきた。
私がビールを手渡すと、小さくお辞儀をして去って行った。
規模の大きい縁日や花火大会では、屋台は何十店にもなるのに、よく見つけてくるものだと思っていた。
そうして盆に入り、バイトも後二回の出勤で終わるとなった時に事件は起きた。
その日は、W県の花火大会の日で早朝から集合して車で移動して午前中の仕込みで疲労はピークに達していた。
晴天の中で始まった花火大会だが、客足が殆どない。
他の店は、早々に見切りをつけて花火大会の途中でも店仕舞いをしている。
「結構有名な花火大会の割には、誰も通らんね」
「ほんまにな。こっから見える花火は、綺麗なんやけどなぁ」
視界に入るテトラポットが若干気になるが、空を見るだけなら結構良いスポットだと思う。
花火大会が終了して店仕舞いしている最中に、ウメさんがいつものようにビールを注文してきた。
本日の客が彼女だけかと何とも言えない感情を抱えながら接客をしようとすると、私と弟は店長に呼ばれた。
「お前ら、ここは良いから車に戻ってろ!」
「え? でも……」
「良いから、早く行け!!」
どんなにヘマをしても笑っていた店長が、鬼の形相で怒鳴ってくる。
隣にいた弟を見ると、顔はウメさんの方を向いているのに、視線は下を向いている。
「……姉ちゃん、行こう。荷積みの手伝いしないと」
弟に手を引かれて、私達は車の元へと移動した。
荷物を積めていた先輩が、面倒臭そうな顔をして言った。
「こっちは、人が足りてるから屋台の方を手伝って欲しいんだけど」
「店長が、車に戻れって言われた」
弟の言葉に、先輩は何か思い当たる節があったのか、青ざめた顔をしている。
「あんたらは、車に乗って休んでな。今から戻るまで、絶対に喋ったらあかんよ。誰に話しかけられてもや。ハイなら頷く、イイエなら首を振る。分からないなら首を傾げる。OK?」
鬼気迫る感じの先輩に気圧されて、私は口をつぐみコクンと頭を縦に振った。
撤収作業が全て終わる頃には、二十四時を回っていた。
車内の窓から作業を見ていたが、ウメさんの存在は居ないものとして扱っている。
全員が車に乗り込んで、店長が皆いるなと確認を取った。
私と弟は返事が出来ないので、頷く仕草をすると車を発進させた。
帰りの道中は、普段と違って誰も喋らなかった。
疲れただけかと思っていたが、バックミラーから見えた店長たちの顔は強張っていたのを覚えている。
途中、トンネル内でエンストしたり、山道でバッテリーが上がったりと大変だったが、何とか京都に入り国道沿いのファミレスに入り、漸く喋って良いと言われて大きな溜息を吐いた。
「店長、あのお……」
「それ以上は言うな!」
「あ、はい」
疑問に思ってたことを聞こうとしたら、鬼の形相で止められた。
「お前らは、今日でクビだ。祭りとかで俺らを見かけても絶対に声をかけるんじゃねぇぞ」
店長は、明日の日当分も入れた封筒を渡して言った。
働いてないのに一日分多く貰えるのは嬉しいが、何だかしっくりこない。
「分かりました。ただ、理由は教えてくれません? 私ら、そんなに役に立たなかったですか?」
「……理由は、お前らの母さんに聞け。日が登ったら、近くの神社に行ってお守り貰ってこい」
面倒臭いなと思ったが、隣に座っていた弟が既に涙目になっている。
「はあ、分かりました」
その後、私と弟は家の近くまで車で送って貰った。
数時間寝て、身体を洗ってから近くの神社にお参りをして言いつけ通りにお守りを授与して貰った。
弟は、祈祷をした方が良いと言っていたが金が勿体ないからと私は断って先に一人で家に戻った。
バイトを紹介した母親に、昨日の出来事を話すと大きな溜息を吐いた後に言った。
「最後にいつもビールを買ってた客は、人じゃない死霊さ。お前と弟以外は、誰も相手にしてなかったろう。あそこの屋台は、業界では有名でね。バイトが集まらないから、あんた達を紹介したんだ。見えないものだと思ってたんだけどねぇ。まさか、死霊を接客してるとは思わないじゃないか。最終日前に辞めさせたのは、死霊があんた達の顔を覚えちまったからだ。盆が明けると同時に連れてかれるところだったのを店長さんが止めて下さったんだ。心の中で感謝しときな」
「それ以前に物騒な職場を案内すんなし」
「何事も経験さね」
私のツッコミに対して、母はカラカラと笑った。
それから、あの屋台の人と逢う事はなかったが、その後どうしているのか分からない。
母曰く、「長くは続かないだろう」と零していたので、多分屋台は畳んでしまったのではないかと思っている。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる