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1 社長の御曹司に迫られています
6 家が火事になりました
しおりを挟む誉のスマホが鳴った。
亜梨子を抱きしめていた誉は、面倒そうに電話に出た。
『牧野亜梨子さんの家が火事になっているそうです』
「すぐに連れていく」
表の会社の秘書課からの連絡を受けて、誉は亜梨子の顔を覗き込んだ。
「亜梨子、落ち着いて聞いてくれ。君の家が火事になったらしい。すぐに連れていくから、着替えておいで」
「火事に?千代さんは無事?」
「まだ何もわからない。取り敢えず、送っていこう。すぐに着替えて」
「はい」
亜梨子はバスローブを身につけると、下着を握り涙を拭って廊下を走っていく。
その後ろを誉は追いかけた。
戦後に建てられたという千代さんの屋敷は、亜梨子が辿り着いた頃に鎮火した。
屋根が落ち、柱が立っているだけだ。
「うそ」
亜梨子は周りを見回すと、近所の人と一緒にいる千代さんの姿を見つけた。
「千代さん。無事ですか?」
「亜梨子ちゃん、ごめんなさい。亜梨子ちゃんの荷物、全部焼けてしまったわ」
千代さんはタオルで涙を拭っている。
「漏電みたいなんだ。あっという間に火が回ってしまって。千代さんは、たまたま俺たちとお茶を飲んでてな。無事だったんだが、駆けつけた時には、もう家の中に入れないほど火が回っていて」
近所の魚屋さんのご主人が、説明してくれた。
「遺影を取りに行くという千代さんを止めるのが、大変でね」
八百屋の女将さんが、千代さんの体を抱きしめながら言った。
「無事で良かったです」
千代さんの顔を見たら、ホッとしてしまった。
(遺影。私が持っていた遺影も納骨されてなかった両親の遺骨も燃えてしまったんだ。記念のアルバムも)
亜梨子はその場に座り込んだ。
「すまないね。亜梨子ちゃん。住む家がなくなってしまった」
「千代さんは?」
「息子さんに連絡がついて、もうすぐこちらに着くと思うが」
魚屋の主人が千代さんの代わりに言った。
「母さん、無事で良かった。だから何度も同居しようと言っただろう?」
千代さんの息子らしい。
五十代くらいの男性だ。優しそうな顔をしている。
「今日からうちで暮らすんだから、お世話になった人にちゃんとお礼をして」
「わかったよ」
千代さんは、周りにいる人たちに頭を下げている。
「今日から息子の家に行きます。今までお世話になりました」
「元気でね。千代さん」
「いつでも遊びに来てね」
魚屋さんのご主人と八百屋の女将さんが、千代さんを励ます。
「亜梨子ちゃん、大切な物を燃やしてしまってごめんなさい。新しい家を探してやりたいが、息子も来てしまった。大丈夫かい?」
「私はどうにかします。今までお世話になりました。どうかお元気で」
千代さんは息子に連れられて、その場から消えた。
「亜梨子ちゃんも元気を出してね」
魚屋さんのご主人と八百屋の女将さんも帰っていった。
亜梨子はぼんやり立ち尽くした。
「全部、燃えちゃったの?」
まだ消防隊がいる焼けた家に入ろうとして、背後から手を掴まれた。
「亜梨子」
忘れていた。社長がここに連れてきてくれたんだった。
「危ないから、離れよう」
「両親の位牌と遺骨と写真が。貯金通帳も全部なくなってしまったの?」
「全焼だから残っていないだろう」
亜梨子は諦めたようにため息をついて、その場に座り込む。
これでは仕事を辞めるわけにはいかない。
お財布の中にも、そんなにお金は入っていない。
クレジットカードもまだ持っていない。
貯金もそんなにあるわけではない。
「亜梨子、家なら僕のところにおいで」
甘い囁き。
頼ってしまいそうになって、それでも首を振る。
「会社で寝ます」
ソファーベッドがあった。
「更衣室にシャワー室はないよ」
「そんな・・・」
「行くところがないんだろう?」
亜梨子は頷いた。
「僕と暮らそう」
手を取られて、立たされる。
「もう痴漢にも遭わないよ」
頼れる人は、もうこの人しかいない。
保証人がいない亜梨子は、部屋を借りることも難しい。
「お世話になります」
新しい仕事を見つけても保証人になってくれる人は、もういない。
転職の道も閉ざされた。
「さあ、おいで。着替えや必要な物も買っていこう」
「お金がありません」
亜梨子は鞄からお財布を取り出して、財布を見せた。
「キャッシュカード持ってるな。通帳の再発行してもらおう」
頭の回転が完全に停止している亜梨子を連れて、誉は車に乗せた。
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