唯一の恋

綾月百花   

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10   金森家のお姫様

2   綺麗なお医者様

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 深夜の救命救急センターの待合室で、奈都は響介と亜稀に挟まれて座っていた。
 巻かれていた包帯は取られて、分厚いガーゼが広範囲にあてられている。
 血が止まらず、ガーゼを赤く染めている。
「響介ごめん。きちんとエスコートできなかった」
「亜稀は悪くない。ジュースを取りに行ってくれていた間に起きたことだよ」
「おまえは悪くないってさ」
 響介は怒りの持っていき場所を探していたが、亜稀を責めることはできないようだ。
 事情を聞けば、苛立っている響介でも判断できる。
 悪いのは、奈都をパーティーに行かせた自分と、奈都に危害を与えた女子生徒たちだ。
 せっかく嬉しそうな笑顔を浮かべて、パーティーに出かけたのに、まさか怪我をさせられるとは思ってはいなかった。
 今までの虐めで、怪我まではさせられてこなかったから、油断をしていた。
「奈都、すまない。パーティーに行かせなければよかった」
「響ちゃん、パーティーは楽しかったよ。怪我をするまで夢の中にいるみたいだった」
「そうか?」
「うん」
 パーティー会場で受け取った荷物の中に、たくさんの花束の入った袋があった。
 生徒会の主催で、一番美しいと思える女性にミニブーケを贈り、その花束の数でミス城南が決められることになっている。初めて出席する奈都は知らなかったかもしれないが、高校時代の三年間生徒会に所属し、生徒会長まで務めた響介は、その量の多さに、今年のミス城南は奈都に決まっていただろうことは想像できた。
 奈都は女子生徒たちに危害を与えられるまで、楽しい時間を過ごしていたとわかるほどの、花束の量だった。
 名前を呼ばれて、奈都は席を立った。
「行ってくる」
 二人が頷いた。


 診察室に入ると綺麗な女医さんだった。
 女医の名札を見た。藤岡亜香里と書かれていた。
「金森奈都さんですね。医師の藤岡亜香里と申します」
「よろしくお願いします」
「そのままベッドに横になって」
「はい」
 看護師が手伝ってくれる。
「18歳ね。高校生かしら?」
「はい。高校3年生です」
「こんな時間に学校行事かしら?」
「パーティーだったんです」
「そう。綺麗な足に傷が残るとかわいそうね」
 血は止まっていない。
「傷は残るんですか?スカートはけなくなるんですか?」
 膝から下に切り傷がたくさんある。
「あなたは運がいいわ。私は形成外科医なの。任せて。スカートはけるようにしてあげる」
「お願いします」
 奈都は緊張しながら、頭を下げた。
「ちょっと大変な手術になるから、保護者の方の念書をもらってくるわ。奈都さんも書いてくれる?」
「はい」
 看護師が持ってきた念書に署名して、奈都はストレッチャーに載せられて、寝転んだまま手術室に連れて行かれた。手術着に着替えて手術室のベッドに寝かされて待っていると手術着に着替えた先生が戻ってきた。
 背中に注射をされると、両足の感覚がなくなり痛みも消えた。
 刺さったガラスを抜き取って、残っていたガラスを一つずつ取り除き、綺麗に洗浄された。洗浄だけで、すごく時間がかかった。丁寧に深い場所から少しずつ縫合されている。
 最初の麻酔は痛かったが、今は触られている感覚しかない。
 時間はかかっている。切り傷が多いから仕方がなけど。
 奈都は壁に取り付けられた時計をぼんやり見ていた。
 オルゴールのクラシック音楽が静かに流れている。
「眠くなったら眠ってもいいわよ」と手術開始に言われたが、眠気を誘うような音楽が流れていても、眠れなかった。
 生々しい傷を思い出すと、心のどこかで綺麗に治るとは思えなくて、気が重い。
(スカート履けるようにしてくれるって言われたけど、本当に綺麗に治るのかな?
 どうして彼女たちは、平気でグラスを投げつけられるのだろう。
 ガラスが割れたら、傷つけることくらい幼稚園児でもわかることなのに。
 これからは、危害を加えられないように、気をつけなければ。
(気が重い。もう彼女たちとは会いたくない。虐められるのも、もうイヤだ)
 手術室の中には、藤岡先生の他に補助の医師がついている。看護師が一人機械出しをしていて、室内には他に二人の看護師がいた。一人は医師の近くで記録を書いている。
 心電図の音と規則的な血圧を測る音が聞こえている。
「眠れない?」
 看護師が聞いてきた。
 手術からすでに二時間以上経っている。
 奈都は頷いた。
「痛くはないでしょう?」
「痛くはありません」
 奈都は答えて、ため息をついた。
 大変な手術だとは言われたが、本当に大変な手術だ。医師の集中力はすごい。寝ているだけの奈都は、もううんざりしているのに、淡々と手術が行われている。
「この傷はどうしたの?数カ所に大きなガラスの破片が入っていたわ」
 不意に藤岡先生に声をかけられ、時計を見ていた奈都は、足下を見た。
 藤岡先生は、奈都の手術をしながら話しかけている。
 綺麗な優しい声だ。
「同級生にグラスを投げられてしまって」
「虐めかしら?」
 奈都は曖昧に笑った。
「虐めは、ずっと小さい頃からあったんです。怪我をさせられたのは初めてです」
「そう、やっぱり体の秘密が原因?」
 普段連れてこられている大学病院なので、カルテでわかるのだろう。
「小学4年の途中まで女子として過ごしてきたんですけど、途中からこの間まで、男子として過ごしてきたんです。また女子に戻ったら、虐めが酷くなってしまって」
 誰にも話せなかったのに、奈都は自然に口に出せていた。
 女医は聞き上手なのか、奈都の言葉を聞き出してくる。
「学友はわたしの体の事は知りません。亡くなった両親が隠してくれていたので、家族以外知りません」
「両親は亡くなったの?」
「春になったら、二年になります」
「生活は苦しくない?」
「兄が養ってくれています」
「そう。二人兄妹?」
「弟がいます。三人で暮らしています」
(そう、響ちゃんと亜稀と僕との三人家族。大切な家族だ)
「奈都さんは、今は幸せ?」
「はい。幸せです」
 奈都は迷わず答えられた。
 女医は微笑んだ。
「よかったわ」
 女医は晴れ晴れしたような声を出した。
「先生?」
「私も18歳になる子がいるのよ。私が幼くて一緒に暮らすことはできなかったけど、産んだことは後悔してないの。幸せになってほしくて、預けたの」
 女医は手を止めると、横になっている奈都の顔をじっと見つめた。
 視線が合う。
 意志の強そうな目が印象的だ。
 手術着を着ているので、顔の全貌は見えないけれど、微笑んでいるのはわかる。
「一緒に暮らせなくて寂しくなかったんですか?」
 また足の処置が始まる。淡々と一つずつ縫われていく。
「寂しかったわよ。生まれた瞬間に引き離されて、顔も見せてもらえなかった。毎日、泣いていたわ。でも私は医師になる目標があったの。子供の父親は当時医学生だった、私の家庭教師。今の旦那さんよ」
「結ばれたんですか?素敵」
 奈都は両手を胸の上で組んで微笑んだ。手から伸びる点滴チューブが揺れる。
「手放した子供のことを忘れたことはないわ。幸せでなかったら迎えに行きたいくらいよ」
 淡々と足を縫われていく。
 医師と話していたら、沈んでいた気持ちが浮き上がってくる。
「子供さん、どこにいるかわかるんですか?」
「親の知り合いに預けたから知っているわ。昔から何度も陰から見てる」
「離れていても、愛しているんですね」
「そうよ。とても愛しているわ」
 二人の医師が奈都の足を観察している。
「傷は全部、縫合できたね」
「取り残しはないようだ」
「ちなみに彼が私の旦那様よ」
 男性の医師が、奈都を見て微笑んだ。
「夫婦でお仕事できているんですね。素敵です」
(私もいつか、響ちゃんとお仕事ができたらいいな)
 縫合を済ませた場所に消毒をして、ガーゼをあてて包帯を巻いていく。
 包帯を巻き終えると、手袋を外して、藤岡医師は奈都の頭を撫でた。男性医師は奈都の手に触れた。優しく握られる。
「今夜は抗生剤と痛み止めの点滴をしますね。一週間は入院してもらいます。できるだけ、傷を安静に保ちたいの。じっとしていられるかしら?」
「はい、おとなしくしてます」
「一週間が過ぎたら傷の状態を見ながら抜糸していきますね」
「お願いします」
 女医は奈都の両手を握った。
「負けないでね」
 真っ直ぐ見つめる目が優しかった。
「はい」
「痛かったら、言ってね。痛み止めを追加するから」
 最後に両手をぎゅっと握られる。
 パワーを送られてくるような力強さを感じる。
 ストレッチャーが運ばれてきて、医師と看護師に体を移される。
 両足とも、膝から足の先まで包帯が巻かれていた。
 手術室を出るとき、奈都は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「お大事に」
 二人の医師は微笑みながら、奈都を送り出してくれた。


 病室に入ると、響介と亜稀が立ち上がった。
 看護師が集まって、ベッドに移される。点滴の調節をして看護師が出て行く。
「ただいま、響ちゃん、亜稀」
「大丈夫なのか?」
「あとから主治医の説明があると思いますが、腰椎麻酔をしているので今はまだ麻酔がかかっていて、両足は動きません。麻酔は徐々に切れてくると思います。何かあったらナースコール押してください」
 コールのボタンを枕元に置いて、看護師が頭を下げて、部屋を出て行った。
「痛くはないのか?」
「最初の麻酔の注射は痛かったけど、今は痛くないよ」
 響介は足下の布団を捲った。
 両足の膝の下から足の先を少し出した状態で、包帯を巻かれていた。
 響介が強く拳を作る。
「亜稀、誰が加害者かわかるな」
「俺も見たし、目撃者も多かったから、情報収集は任せて」
 亜稀は奈都の足の写真を数枚撮る。
「亜稀、写真駄目。恥ずかしい」
「奈都の泣き顔可愛いから、顔も写す」
「今日は泣いてないよ」
「奈都は暴れないで、心電図の心拍数が乱れて看護師さんが慌てて来るよ」
「はーい」
 奈都は振り回していた手をベッドに下ろした。
「奈都は早く治すようにおとなしくしていよう」
「うん、主治医の先生にもじっとしているように言われたから、おとなしくしてる。主治医の先生、女医さんですごく優しい形成外科医だったんだ。ラッキーだったねって言われた。スカートもまたはけるようにしてくれるって。もうはけないかと思ってたから、そう言ってもらえて嬉しかった」
「そうか」
「傷残らないといいな」
 響介は布団を元に戻すと、奈都の頭を撫でる。
 ジュースで濡れていた髪は、さらさらになっている。
「奈都、泊まってあげたいんだけど、今晩はお兄ちゃん仕事があるから戻るよ」
「うん、帰っていいよ。亜稀も戻って」
 亜稀も奈都の頭を撫でる。
「熱あるんじゃないか?
 響介が奈都の額に触れる。
「ナースコール押せ」
「もう押してる」
「僕は大丈夫だから帰っていいよ」
 看護師がやってきて、体の検査をしてアイスマクラを持ってきた。
 主治医が来て、診察をすると響介たちは別室に案内された。
「藤岡先生は奈都の?」
 響介は主治医に声をかけた。
「金森さんが思っていらっしゃる通りです」
 響介がすべて話す前に、主治医は簡潔に答えた。
「わかりました。奈都をありがとうございます」
 響介は頭を下げた。
 怪我の具合と後遺症と心のケアの話をされ、響介は被害届を出すと申し出た。
 主治医は既に用意していたようで、すぐに提出物を出してくれた。
「奈都さんを守ってあげてください」
「はい」
 奈都が言うように、主治医は優しい方だった。
 病室に戻ると、奈都は眠っていた。
 病院に奈都を預けて、響介と亜稀は警察に向かった。
 響介の車の中で、亜稀は怒っていた。
「響介、舐められてんじゃねえよ。虐めのリスト、俺が奈都の頭を傷つけたときわたしただろう」
「遊んでいたわけじゃないよ」
「今回の虐めはただの虐めとは違うぜ。あのお嬢の家、うちのライバル会社だろう?うちを買収しようと仕掛けてきてる会社のお嬢だ」
「こっちもタダで買収されるわけがないだろう。ちゃんと動いているよ」
「じゃ、なんで奈都に怪我させる前に片付けなかったんだよ」
 苛々と亜稀は響介に突っかかる。
「企業買収は簡単じゃないんだよ。時間がかかることなんだ。食われる前に食うつもりだったけど、奈都の綺麗な足を傷つけたケリはきっちりつけてもらう」
 いつも穏やかな響介の顔は、怒りに満ちていた。
「奈都が入院している間に片をつける」
「動画で撮ってた奴がいたからデーター送ってもらった。普段の虐めも録画してって頼んでおいたから、証拠は俺のスマホの中。響介の携帯に転送しておく」
「亜稀の人脈は日替わり弁当並みの女の子か?」
「ちげーよ。提供者は男だよ。俺は奈都のためなら、頭も下げられる」
「成長したな」
「頭を撫でるな」
 車の中で喧嘩をしながら、警察へ向かう。警察には会社の顧問弁護士と秘書の前田も駆けつけているだろう。
 奈都の熱はなかなか下がらなくて、10日間も入院した。
 医師からは精神的ショックだろうと言われた。


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