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10 金森家のお姫様
3 響介の逆襲
しおりを挟むやっと学校に通えるようになったのは、終業式の日だった。
体育館での朝礼は欠席して、奈都は教室にいた。
生徒が帰ってきて、教室がざわついているが、いつもちょっかいをかけてくる三谷が騒いでいない。
みんなが席に着くと、教室内は静かになった。
平和だ。
平和すぎて、奈都は教室の後ろを振り返る。成績順に並んだ席で、奈都は一番前だ。
教室に空席ができていた。
平和なわけだ。
いつも虐めてくる女子のグループが一人もいない。
「奈都、怪我は大丈夫?」
隣の席の男子が話しかけてきた。
抜糸を終えて、傷が開かないための処置をしている奈都の足には、まだ包帯が巻かれている。
「傷は塞がったけど、今、形成外科の治療を受けてるの」
「傷痕残らないといいね」
「ありがとう」
担任の代わりに学年主任の先生が入ってきた。
奈都の顔を見て、軽く会釈をしてきた。
奈都も会釈を返す。
(なんだろう?)
面識はない。
(担任の先生はどうしたんだろう?)
出席を取っていくのに、休んでいる生徒の名前は呼ばれなかった。
奈都は教室を見渡す。
誰もそれを不思議だと思っていないようだ。
ホームルームが終わり教室から学年主任の先生が出て行った後、隣の席の男子に声をかけた。
「三谷さんたち呼ばれなかったけど、どうして?」
男子は少し緊張した顔をした。迷いながらも答えてくれる。
「逮捕されて、退学。家の方も大変らしい」
「他の5人は?」
「同じく逮捕で退学。5人の父親の会社は倒産したらしい」
「え?」
不景気なこの世の中、家が倒産して学校を退学していく生徒はそれなりにいるが、逮捕されて退学になった生徒は今まで聞いたことがなかった。
「虐め続けて怪我をさせたんだから、自業自得だとは思うけど、奈都のお兄さんがしたんだろう?」
言いづらそうに、隣の男子が口にした。
「兄は、そんなことしないですよ」
響介は優しい。人の家庭に手を出したりしない。
入院している間も、仕事帰りに必ず面会に来てくれていた。
いつも変わらない優しい笑顔で、奈都を抱きしめていた。
「噂だと、示談を申し出たらしいけど、すべて拒否されたらしい。そのあとすぐに会社が倒産したんだって。すごく急だったから僕たちもよくわからないんだ」
「担任の先生は?」
「退職した」
「わたしの責任?」
「違うだろう?奈都の虐めを見てみないふりをしてきたツケだろう。奈都、何年も空気みたいに扱われていたじゃないか」
「そうだけど」
「僕もあの態度は不満だった。懲戒免職でないのが不思議なくらいだ」
隣の席の男子生徒は、奈都と首位を争う優秀な成績の男子だ。
彼の言うことは間違ってはいない。
それでも自分の責任だと思うと、いても立ってもいられない。
奈都は立ち上がって、教室を出て行く。
亜稀なら何か知っていると思った。けれど、亜稀は教室にいなかった。誰もいない教室を見て、奈都は諦めて自分の教室に戻る。
家に帰ってから、響介に聞いてみようと思った。
学校が終わる時間に、響介からメールが届いた。
『会議があるから、帰りは遅くなる。先に食事をたべていなさい』
奈都が退院する日は迎えに来てくれたが、響介は仕事が忙しいのか、奈都を家に送ると後は亜稀に任せて、会社に戻っていった。
「奈都、帰るよ」
授業が終わると、亜稀がいつものように迎えに来た。
「亜稀、聞きたいことがあるんだ」
亜稀はいつものように、奈都の鞄を持ってくれる。
そのまま手を繋いで歩いて行く。
「なに?」
「三谷さんたち、逮捕されたって」
「そうだね。当然だと思うよ」
下駄箱で別れて、家から持参したスリッパを片付け、奈都は大きめなサンダルを履く。
足の怪我で上靴も靴も履けないからだ。
亜稀が走ってきた。
「ほら手を貸せ。転ぶなよ」
「転ばないよ」
すぐに奈都の手を握る。
「タクシー来てると思うから、正面玄関まで歩ける?抱き上げてもいいんだけど」
「歩くよ」
「残念」
亜稀は心底残念そうな顔をする。
「それでね、うちに示談持ちかけてきたの?」
「俺は見てない」
「亜稀は知らないの?」
「奈都の病院にずっといただろう?」
確かに、亜稀は奈都の病室にいつもいた。
学校から帰る途中に弁当を買ってきて病院に来ていた。一緒に夕食を食べて帰宅するのは面会時間が終わる時間だった。
そのお陰で、入院中も寂しくはなかった。
「いろいろ知りたいなら響介に聞いたら?」
「そうする」
ゆっくり歩く奈都に焦れたのか、亜稀は奈都の体をすくい上げるように抱き上げてきた。
「亜稀、恥ずかしい。目立つと亜稀のファンの子に」
「虐められないよ。俺の本当のファンなら俺の姉に手出しはしないはずだ」
ぴしゃりと言われて、奈都は黙った。
亜稀が言うとおりだ。亜稀の本当のファンなら亜稀の家族の悪口は言わないはずだ。
「亜稀ありがとう。ちょっと痛かったんだ」
亜稀がにっと笑う。
「俺、力が有り余っているから、頼れよ」
「うん」
徒歩圏内なのに、タクシーに載せられて家まで帰った。
食事は亜稀が作ってくれる。
肉料理ばかりだけど、豪快な手料理もおいしい。
奈都がしていた家事も全部、亜稀がしてくれて奈都は自分の体の事だけすればよかった。
響介の部屋のベッドに横になって、響介の帰りを待つ。
「響ちゃん、最近、仕事忙しいのかな?」
もう午後の11時近くだ。
家から指示を出していた響介だったが、今では毎日出社している。家にも遅く帰ってきているようだ。小説家は少し休憩だと以前話していた。連載されていた雑誌を最後まで書き終えて筆を置いている。
入院中も遅い時間に来ていた。面会時間を過ぎていることも多かった。
仕事だから、奈都には口出しはできない。
どんなに忙しくても、奈都を抱いていた響介だったが、奈都が怪我をしてからは、抱かれていない。
もっとも入院中に抱き合うことなどできないことはわかっているが、寂しい。
体力が戻っていないのか、奈都は響介を待つ間に眠ってしまった。朝目覚めると、響介が隣で眠っていた。
甘えるように、そっと体を寄せると、そのまま抱きしめられた。
「響ちゃん、おはよう。毎晩帰るの遅いの?お仕事忙しいの?」
「企業改革してるんだよ。父の時から話が合った案件で、ちょっと手が放せなかったんだ。でも、もう落ち着いたよ」
「うん」
奈都は父の仕事内容を詳しくは知らない。
6歳年上の響介と亜稀は、帝王学を家庭教師に学んでいたが、奈都は女の子として育てられていたので、男装をしていても女性の所作や作法、お茶や華道を学んだ。男子の服を着て、女性として育てられていたが、親はそのちぐはぐな姿を指摘しなかった。
奈都も反抗しなかった。同じ男なのにどうしてだろうと思ってはいたが、頭の怪我が、いろんなことを妨げていると思っていた。
勉強だけは亜稀に負けたくなくて、意地になって勉強した。だから亜稀より成績だけはいい。1つくらい勝ちたかった。
「響ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい?」
「僕を虐めていた三谷さんたちが学校に来てないんだ。噂だと逮捕されて退学になったって」
「自業自得だろう?奈都の体に怪我をさせた。れっきとした傷害事件だ」
「示談の話も断ったの?」
「僕は許せない。だから断った」
「三谷さんたちの人生が変わっちゃうのに?」
「奈都だって、傷が残ったらスカートはかなくなるだろう?僕は奈都にスカートをはいてほしいし、綺麗なワンピースもドレスも着て欲しい。今までしてこなかったお洒落をして欲しいんだ。奈都の人生を変えるような行為をしたんだ、拒んだっておかしくはない」
「でも、犯罪者になる」
「人に怪我をさせれば、責任を取らなくてはいけない。それはわかるね?」
「うん」
「今回は故意に怪我をさせるために、割れるとわかっていながらグラスを投げてぶつけた。奈都は実際にたいへんな手術を受けて、10日も入院した。それは間違っていないだろう?」
「そうだけど」
「奈都が心配するような事ではないよ。正当な結果だ。奈都は小学生の頃から虐められてきた。両親も訴えるつもりでいたようだ。顧問弁護士の木村さんと準備をしていたらしい。両親に言われていたのに、僕の仕事が遅かったせいで、怪我をさせてしまった。すまない」
「響ちゃんが謝ることじゃないよ」
響介に謝れて、奈都は焦ってしまう。
「許してくれるのか?」
「許すも何もない。響ちゃんは悪くない」
響介が微笑んで、奈都の頭を撫でる。
「両親は逮捕までさせるつもりはなかったらしいが、今回は自業自得だ。両親が生きていても同じ事をしただろう。企業買収の話は父が生きていた頃から、もう始まっていた。両親が亡くなって時期が遅くなっただけの話だ」
「三谷さんの家の会社、買収するの?」
「もう決定していることだ」
「うん」
会社のことはわからない。
奈都は頷くことしかできない。
「僕を虐めていた5人の会社が倒産したっていうのは?」
「吸収合併したんだよ。大企業ならよくある話だ。もといた社長は下請けの工場に行ってもらった。本来はクビにしてもおかしくはないが、クビにはしなかった。転勤なだけだ」
クビにはしなかったが、田舎の下請け会社の平社員だ。新入社員として左遷した。務まるかは本人次第だ。プライドはずたずたにされるだろう。給料も今までと比べれば雀の涙ほどだ。贅沢な暮らしに慣れてきた家族も我が儘なお嬢様も、どこまで我慢ができるのか。
奈都のプライドを毎日、砕き続けてきた報いを受けてもらわなければ、響介は納得できなかった。
「それって、僕のせい?」
奈都はまだ疼く傷を、包帯の巻かれた上から撫でる。
「父が考えていた仕事だ。僕は受け継いだだけ」
「ほんとに?」
響介は爽やかに頷く。
「担任の先生が退職になるって聞いたんだけど」
「それは学校の判断だよ」
「僕のせいじゃない?」
「原因は奈都だったかもしれないけど、職務放棄していたのは担任だろう」
「うん」
空気のように扱われて、ずっと悲しかったのは確かだ。
「奈都は気にしなくていい。うちの企業は大企業だ。扱う業務も大きい。亜稀も大学を出たら、うちの企業に入社する。幹部候補生として」
「僕は?」
「奈都は女の子として過ごして欲しい。今まで辛いことがいっぱいあったはずだ。女の子としての楽しく過ごして、僕のお嫁さんになって」
「僕の就職先は?」
「僕のところ」
よくわからなくて、奈都は首を傾げた。響介は笑っていた。
「すぐに結婚したいんだけど、奈都が仕事をしたいのなら、うちの会社に入って。僕の右腕になってくれる?秘書の田中さんに教わって、僕を支えてくれる?」
奈都は頷いた。
「僕もやれることがあるんだね」
「もちろんだよ」
嬉しくて奈都は微笑んだ。
「奈都が入院している間に、クリスマスが来てしまった。今夜は早く帰るから、待っててくれる?ケータリングサービス頼んでおいた」
奈都の顔が嬉しそうに微笑む。
「亜稀が喜びそう」
「奈都の退院祝いだよ」
「響ちゃん、ありがとう」
響介が微笑みながらキスをしてくる。
奈都は響介にぎゅっとしがみついた。
その夜、ずっと前に買った響介のクリスマスプレゼントをわたした。
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