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桜の奇跡 ~赤い糸の絆~
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しおりを挟むこの間酔いつぶれた小料理屋でコースの料理を食べ終えた原は、ゆっくりと八重桜が散る歩道を加納と並んで歩いていた。
今年は桜が咲き始めてから、ぐっと気温が下がったこともあり、桜の時期がいつもより長い。激しい春の雨が降らないことも、花盛りの桜を楽しめる理由なのだろう。
上弦の月より、少しぷっくりと膨らんだ月が、空に明るく輝いている。
看護師寮の前まで送ってもらって、原は加納を振り返る。
「インスタントコーヒーくらいしかありませんけど、寄っていきますか?」
食事の料金は受け取ってもらえなかった。『年収は俺の方が上だ』と言われたら、返す言葉も見つからない。
原もヘリに乗るので、危険手当も出ているため、それなりにもらってはいるが、医師歴の長さは、頑張っても追いつけない。
「インスタントコーヒー淹れてもらおうかな」
「おいしいものではありませんよ」
一階の左端が原の部屋だ。
防犯上の問題で、女性は二階以上の部屋を振り分けられるが、男性は強いというイメージがあるのか、一階部分で埋められている。
「壁が薄いので、静かにお願いします」
「窮屈じゃないのか?」
「ひとりで話す人はいませんよ。慣れれば、それなりに居心地はよくなります」
小さな玄関を開けると、すぐに八畳のワンルームが飛び込んでくる。申し訳程度のキッチンと、トイレとお風呂が合体したシャワールーム。わずかな隙間に備え付けのクローゼットがひっそりあるだけだ。
「ソファーはないので、床でもベッドでも好きなところに座ってください」
小さなポットにお水を入れて、スイッチを入れる。あっという間にお湯が沸く、湯沸しポットだ。マグカップをふたつ取り出して、インスタントのコーヒーをティースプーンで入れる。
加納はベッドを背もたれにして床に座っていた。小さなセンターテーブルがあるくらいで、床もむき出した。
「ミルクは入れても?」
「ああ。夜だから多めに入れてくれ」
「嗜好はあまり変わらないんですね」
小さな声で呟いた原の声は、加納に届かない。
お湯が沸いて、カップに注ぐ。ミルクを温め、多めに入れる。それを両手に持って、センターテーブルの上に置いた。
「床、寒くないですか?寒かったら、ベッドに座ってもよかったのに」
「いや、いいよ。寒くはない」
原はどこに座るか迷ってから、加納の横に並んで座った。昔からの二人の定位置だ。
加納はベッドとセンターテーブルしかない部屋を見渡している。隣の部屋からテレビの音が聞こえる。それほど部屋の壁は薄いのだろう。大声をあげたら、全部聞かれてしまいそうだ。
「不自由じゃないのか、この部屋で」
「寝るための部屋ですから」
熱いコーヒーを一口飲んで、カップを両手で包み込むように持つ。カップから温もりが伝わってくる。
加納もカップを取り、口へと運ぶ。
ふたりは静かにコーヒーを飲む。
ただ並んで傍にいるだけで、温かく感じる。
隣の部屋から笑い声が聞こえる。
ふたりのいる部屋は、とても静かだ。
ふと触れ合った腕と腕が温かい。
ずっとそうしていたいと思えるほど、わずかな温もりが心地よかった。
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