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桜の奇跡 ~赤い糸の絆~
2-7
しおりを挟む夜勤日勤を終えて医局に戻ると、どっと疲れが押し寄せてくる。
今日も定時に終れなかった。終わったのは20時過ぎていた。
「もう若くないってことかな?」
医師歴五年はまだひよっこなのだが、年齢が三十五歳となると、それほど若いとは言えない年齢だ。
「勢いだけではやっていけない年齢かな?」
ベッドになるソファーに座って、ふと目を閉じたところでドアがノックされる。
「はぁい」
目を閉じたまま返事をする。また急患が来たのかと、深い溜息をついたところで、いきなり扉が開かれた。
「今日は倒れてないな」
扉を開けたのは加納だった。
すでに白衣は脱いで、スラックスに薄手のジャケットを羽織っている。
「いきなり扉開けないでください。びっくりするでしょ」
「ノックはした」
「ノックしても、ちゃんと誰だが名乗ってください」
「いきなり開けなきゃ、倒れているか確認できないだろう?」
「そうそう毎日、倒れていませんよ」
「元気があるなら食事に行くぞ」
「どこに元気が余っているんですか?」
原は呆れたように、自分の体を見下ろす。
まるでぼろ雑巾のように、体は疲弊していた。
「つべこべ言わずに、早く着替えろ」
「また命令ですか?」
「命令だ」
「まったく、もう」
よっこらしょと立ちあがると、彼に背を向けてロッカーの前でスクラブを脱ぎ捨てた。背後からいきなり抱きしめられて、びっくりして飛び上がる。
「ちょっと」
「少しだけじっとしてろ」
首に顔を埋めた加納の手が、体を優しく包み込む。
「シャンプー変えたのか?少しミントの香りがする」
「汗臭いでしょ?匂いなんかかがないでください」
「なんか懐かしい香りだな」
「どんな匂いフェチなんですか?」
「敬語」
「やめないですよ。加納先生は僕の指導医なんですから」
「晃平が名前で呼んでくれなくなるんだったら、指導医なんかやらなきゃよかった」
耳元で囁かれて、原は目を閉じて、背中の温かさを意識する。
声を落として、囁くように、加納の言葉に答える。
「あなたがいなかったら、僕は医者になれなかった」
加納にしか頼めなかった。
自分を医師の道に戻してくれるのは、加納以外にいないと思った。
「まさか救命救急に行くなんて想像もしてなかった。俺と同じ消化器外科に進むと思っていたからな」
「僕とあなたに、赤い糸は繋がってなかったってことです」
「俺は今でも繋がっていると信じている」
加納の言葉に瞼が震える。
赤い糸。
繋がっているならどの指だろう。
一瞬強く抱きしめられ、そっと拘束を解かれた。
彼が壁に凭れかかる。
「早く着替えて行くぞ」
「邪魔したのは加納先生なのに。理不尽ですね」
声が震えてしまわないように気をつけながら、そっと答える。
ロッカーから着替えを取り出して、素早く着替える。
加納は、ずっと着替えている原の姿を見ていた。
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