桜の奇跡 ~赤い糸の絆~

綾月百花   

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桜の奇跡  ~赤い糸の絆~

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加納は苦しそうな顔をしていた。
「いいよ、別に。看護師も悪くなかった。今は医師になっているんだし」
「怒ってないのか?」
 一方的にののしられ、見知らぬ男たちに犯された。
 PTSDになるほど、心を壊された。
 悲しいほど、理不尽な要求だった。怒っていないはずがなかった。
歩いて行く道を閉ざされて、ひとりで途方に暮れていた。
 それでも―――。
「お母さんの気持ちもわかるよ。澄人は跡取り息子だから、いずれ婚約者と結婚して家を継ぐんだろう?遅かれ早かれ、僕たちの関係は終わったんだ」
 原は加納からずっと視線を外しままで、風で揺れる公園の木をじっと見ていた。
「捨てられるなら、先に捨てたいと思ったんだ」
 ぽつりと呟いた声は、消えそうなほど小さかった。
「婚約者なんか、いないよ。家も継ぐつもりはまったくない」
「僕は婚約者という人の写真を見せられて、その後、澄人がその女性と会ってるのを見たんだ。嘘をつかなくてもいいよ」
 口元だけの笑み。作った笑顔だった。
「信じてくれないのか?」
「信じるも何も、この目で見たんだ」
 悔しくて悲しくて絶望した。
 心が死んだ。その瞬間に。
「こっちを見て、晃平。俺をちゃんと見て。俺は真実だけしか話さない」
 やっと笑顔を取り戻したと思ったのに、寂しそうな笑みを浮かべた原の瞳が、加納を見た。
 涙顔がそこにあった。
「俺は真実だけしか話さない」
「どんな真実が隠されているの?」
 原の声は震えていた。
 真実を知るのが怖くて、目を逸らしそうになる。
「押し付けの見合いは何度もさせられた」
「僕が見たのはお見合いの相手?」
「そうだよ」
「・・・そう」
 向けられた瞳が逸れそうになる。
 逃げて行かれそうで、加納は原の両手をしっかり掴んだ。
「すべての見合いで、好きな人がいるからと断った」
 瞬きと同時に、原の瞳から涙が一筋流れた。
「両親にも見合いは、もうしないと言ってある。好きな人がいるから、誰とも見合いはしないって。父には理解してもらっている」
 瞬きするたびに涙が流れていく。涙を流しながら、原はクスクスと笑う。
「それが本当なら、僕は道化師だな」
「俺が好きなのは、真っ直ぐで優しい原晃平だ」
「どれだけ美化されているんだか」
 涙を流しながら、原が力なく笑う。
「澄人が真実しか話さないなら、僕も真実だけを話すよ。真実を知ったら澄人は僕を嫌いになる」
 加納だけしか知らなかった清らかな体だった。
「僕はあの日、澄人のお母さんが連れてきた男たちにおもちゃのように何度も犯された。誰だかわからない男たちの精液も飲まされた。澄人と二度と会うなと脅されて、写真も撮られた。何枚か分からないくらい。僕はもう澄人が知ってる僕じゃない。穢された僕は汚いんだ」
「汚いなんて思わない。嫌いになんかならない。晃平、ごめんね。辛い思いをずっとさせていた。どうやったら許してもらえるか分からないんだ」
「澄人が悪いわけじゃないよ」
「俺の母親がしたことだ。俺にも責任がある」
「十一年も前のことだよ。もう僕は忘れてしまいたいんだ」
「写真は必ず、処分する。約束する」
「そうしてもらえると、少しは安心できる」
「これからは、絶対に守る。親にも口出しはさせない」
「僕は澄人を今でも本当に愛してるのかな?」
「俺は会えなかった期間も含めて、ずっと愛してる」
「僕は自信がない」
「それでも構わない。傍にいてほしい」
「同情で言ってるの?」
「今初めて聞いたんだ。同情で言ってるわけじゃない。俺の気持ちは昔から変わってない」
「僕でほんとにいいの?」
「晃平がいいんだ。抱きしめていい?」
 頷くと、すっぽり抱きしめられ、自分の体が冷えていたことに気づいた。抱かれた腕の中は、とても温かだった。
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