桜の奇跡 ~赤い糸の絆~

綾月百花   

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桜の奇跡  ~赤い糸の絆~

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 キッチンペーパーの上で乾かしていた桜を瓶に詰め、塩を加えた。瓶の蓋を固く締めて、冷蔵庫の中にそっとしまった。
 春の名残の瓶詰は、綺麗な桃色で美しい。
 完成した瓶詰を捨てようかと考えて、それでもその美しさに捨てることはできなかった。
 瓶を置いたついでに、缶ビールを一本取り出し、冷蔵庫の扉を静かに閉めた。その時、センターテーブルの上に置いておいたスマホが鳴りだした。呼び出しかと思い、名前も確かめずに急いでスマホを通話にした。
「はい、原です」
『今どこにいる?』
 加納の声がした。
 低くて少し声をひそめた声がする。
 原は目を閉じて、深く深く息を吐き出す。
 今朝まではとても幸せだった。
 夜の食事の約束は、永遠に果たされない約束になった。
「・・・家です」
『少し会えないか?』
「すみません。疲れているので、無理です」
 会えるはずがない。
 もう二度と会わないほうがいい。
 同じ病院である以上、まったく顔を合わさないことは不可能だが、これからは二人きりで会わないようにしよう。
 朝までの幸せな時間は、幻だった。
 好きだと思った感情も、なかったことにしなければならない。
 胸が抉られるように痛い。
 涙がぽろぽろと流れる。
『ほんの少しでいい』
「・・・もう会うの、やめましょう。僕たちは十一年前に別れたんです」
 二度と顔を合わさないように、転職も考えた方がいいかもしれない。
 今度は絶対居場所が分からないように。
『少しでいい。謝罪とお礼を言いたい』
 コンと扉が音を立てた。
 原はゆっくり玄関に近づいた。
 声はスマホと直接玄関の外から聞こえてくる。
 加納が外に立っている。立って扉を叩いている。
『ほんの少しでいいんだ。晃平の顔が見たい』
 また扉がコンと鳴った。
 原は玄関の前で、迷いながら立っていた。
 会いたいけれど、会ってはいけない人。
『晃平、頼む。顔が見たいんだ』
 コンとまた扉が鳴った。
 隣の部屋の壁がドンと叩かれた。
 原は飛び上がるように、びっくりした。
 煩いということだろう。
 涙を拭い鍵を掴むと扉を開けて、部屋の外に出た。
 そこには、真剣な表情の加納が立っていた。
「ここは響くから」
「すまない」
 寮の近くにある公園の中に入って、ベンチに座った。
 少しひんやりとした風が吹いている。
 肌寒くて、体が震える。
 雨が近いのか、少し湿った空気だ。木々がさざめく。
 原の隣に加納は座った。少し体を斜めにして原の方を見ている。
 加納の手が伸びてきて、原のこめかみにあるガーゼに、軽く触れた。
「母がひどい事をした。怪我をさせて申し訳なかった」
「たいした傷じゃないですよ」
「顔に五針も縫ったんだ。大怪我だ。傷跡が残ってしまったら」
「僕は男ですよ。傷くらい残ったって気にしない」
「俺は嫌なんだ。晃平を傷つけたくない。傷つけたくないのに、俺は何も知らなかった」
「なんのこと言ってるんですか?」
 胸がぎゅっと締め付けられる。
 知られたくない。
「母が脅迫したから、晃平は医師をやめて、出て行ったんだな」
「聞いたの?」
「錯乱していた母が、ひとりで話してた。問い詰めたら、全部話してくれた。許されないことをしたと思っている」
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