【完結】安心してください。わたしも貴方を愛していません

綾月百花   

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14   不協和音

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 アンテレ・インテレッサ侯爵令息様の判決が出て、鉱山に移送された後、わたくしは、居住をタウンハウスに移した。

 お店はタウンハウスの近くにあるし、新作の研究は、研究者がしてくれる。試供品ができるまでは、わたくしができることはない。

 側近に昇進したエリナと騎士を数人と使用人を数人連れて、タウンハウスに移ってきた。

 コックもいるので、食べる物も困らない。

 お父様は領地とタウンハウスを行き来していて、今のところ不自由なことはない。

 新作の洗顔料は、マカロンを模した。

 色も様々ある。

 まるでケーキ屋さんのように飾られている。

 王妃様には、五色のマカロン型の洗顔料を献上した。

 今は、肌に塗るファンデーションと口紅とクレンジング剤を研究している。試供品は、わたくしが試している。使用人達も領民も試しているので、我が家の使用人や領民は美しい者が多いと有名になっている。

 わたくしとイグのお付き合いも、ままごとのように少しずつ進展している。

 休日はデートをして、お茶会を開くときは、招待状を送っている。

 侍女だったエリナは側近になり、パーティーで求婚されて、お嫁に行くことになった。

 元々、男爵家の次女だったので、貴族同士の結婚だ。子爵家の奥様になったが、仕事は続けてくれている。

 家はタウンハウスにあるので、通いの側近になった。

 エリナは、結婚してから、益々、美しくなっていった。


「愛されていますから」と、惚気ている。


 お父様が、新しい侍女を推薦してくださった。

 子爵家の三女で、年齢はわたくしより年上だ。

 お肌のお手入れの訓練を受けた令嬢だ。

 わたくしは、新しい事業として、エステサロンを作ろうと考えていた。

 貴族の奥様やお嬢様は、自宅でマッサージを受けることは当たり前のようにあるけれど、それのプロフェッショナルとなると、また違ったイメージがある。

 領地の研究所で募集をして、宿泊研修を半年以上行って、腕の確かな者だけ卒業者として、貴族街で働ける店を作った。

 どれくらいの需要があるのか不安だが、使っているオイルや化粧品が最上級のものだから、仕上がりはかなり美しくなる。

 わたくしも、週二回くらいの頻度で、従業員の腕を確かめるために通っている。

 化粧品を買ってくださったお客様に、お試し券を付けることで、少しずつ客が付くようになってきた。そこで働ける腕のあるはずの侍女だ。名をクリマという。年齢はイグと同じ20歳だ。

 まだ侍女として不慣れなクリマは、貴族学校に通っていたらしい。

 イグと同じ学び舎で一緒に勉強をしていたことになる。

 わたくしは、父からクリマを紹介されたときに、少し、引っかかりを感じた。

 わたくしは貴族学校に通ってはいない。

 友達もいない。

 明るいクリマは、子爵家の三女であるので、どこかの貴族との婚礼がなければ、平民に下る道しかないという。

 許嫁はいたそうだが、結婚する前に亡くなったそうだ。

 騎士団に所属していて、橋の崩落事故に巻き込まれたとか。

 陛下も王妃様も心を痛めてくださったと言っていた。

 婚約者を亡くした彼女は、この先、平民でも構わないと思っていたそうだ。けれども、わたくしの侍女を探していることを知って、自ら申し出たそうだ。


「お嬢様、お手紙でございます」

「ありがとう」


 たくさんある手紙を一つずつ見ていく。

 殆どが仕事の手紙だが、時々、イグから手紙が来る。

 イグはもう陛下の仕事の一部を手伝い、議会にも出ている。

 忙しい身なので、いつでも会えるわけでもない。

 手紙を開けると、お茶会の誘いだった。

 スケジュール表を見て、その日に入っていた仕事をずらして、お茶会の日程を開けた。

「エリナ、15日のエステを変更して、その日にイグレッシア王子とのお茶会が入りました。エステの変更日は翌週の23日に入れてください」

「承知しました」

 エリナはメイド服から普通のドレスを着ている。

 派手やかにしてもいいと言っているけれど、主人よりいい物を着てはならないと、子爵家で言われているようで、飾りの少ない物を着ている。

 わたくしは外に出る用事がないときは、質素なドレスを着ている。

 普段着だろう。

 特に飾らなくても、肌が綺麗なので、美しく見えるのは、エリナもわたくしも同じだ。

 外からやってきたクリマにも、いい化粧品を使うように、支給しているけれど、直ぐには効果は出てこない。


「クリマ、お茶を淹れください」

「はい」


 元侍女のエリナは、わたくしの侍女になったクリマを育ててくれている。

 けれど、今までお嬢様として暮らしてきた彼女は、まだ上手くお茶を淹れられない。

 最近の紅茶は、実はあまり美味しくない。

 エステの研修を終えてきたはずなのに、何一つまともできない。

 クリマの成長は遅いのだ。

 わたくし自身が淹れた方が美味しいと感じてしまう。

 時々、わたくしが苛々しているのを見て、エリナは、こうして、余分な仕事を進んでしてくれている。

 今のうちに、手紙を確認して、返信の手紙を書いていく。


「お待たせしました。お嬢様」


 そっと机に置いた紅茶が跳ねて、書きかけの手紙を汚した。

 インクが滲んで、美しい文字が崩れていく。

 心の中で10数えてから、わたくしは顔を上げる。


「これから、お茶はこの机に置かないでください」

「分かりました」

「承知しましたでしょう?その前に謝罪はどうしたの?」


 エリナが注意をする。

 クリマは謝罪をしないのだ。言葉遣いも貴族とは思えない。


「机を綺麗に拭いてください」


 わたくしは書きかけの手紙を、ゴミ箱に捨てて、手紙を持って席を立った。

 エリナが机から紅茶を持ってくる。


「申し訳ございません。指導が上手くいかずに、お手を煩わせています」

「慣れるまでよ」


 お茶は思った通り美味しくはない。

 こめかみをトントンと指で押さえて、苛立ちを押さえる。

 わたくしは、あまり怒ったりしたことはなかったけれど、侍女が彼女になってから、苛々が増してくるのだ。

 二杯目のお茶は、自分で淹れる。

 いつまで、机を拭いているつもりだろうか?と見ていると、インクポットを倒して、インクが机に広がった。

 慌てて、雑巾で拭くが、広がるばかりだ。

 仕方なく、エリナが片付けを手伝っている。

 わたくしは、仕事の書類を持って部屋から出た。

 苛々が募っていく。

 今まで上手く物事が運んでいたのに、あの子が来てから、心が乱される。

 相性が悪いのかしら?

 応接間で、仕事を片付けていると、暫くしてからエリナがやってきた。


「わたくし、クリマと相性が悪いみたいよ。困ったわ。仕事が捗らないの」

「仕事中は、私が補助を致します」

「そうね、あの子、マッサージも下手で、実家に戻して、もう一度、指導をして戴こうかしら?」

「それもいいですね。お茶も美味しく淹れられないようですし、エステで雇うこともできないですね」

「そうね、施術の後は、美味しいお茶を淹れて飲んで戴くことになっていますもの。困ったわ。お父様の推薦ではなかったら、辞めて戴くのですけれど」


 ため息の嵐だ。

 エステに、日付の変更の手紙を書いておこう。

 簡単に終わる仕事さっさと片付けて、仕事に取りかかる。

 正直に言って、彼女がいない方が仕事が捗るのだ。





 イグのお茶会の日、髪を結ってもらおうとしたが、クリマは髪を結えなかった。

 仕方なく、自分で、髪をハーフアップにして、何も飾りは付けなかった。

 本当はプレゼントされたリボンを付けたかったが、彼女に渡すと、引き千切ってしまいそうで、頼めなかった。

 ドレスも自分で選んで、自分で身につけた。

 彼女は侍女の仕事が一切できないので、仕方がない。


「今日はお留守番をしていても宜しいですわ」

「でも、王宮に行かれるのですよね?私、国王陛下と王妃殿下にお目にかかれたら、婚約者を亡くした時に慰めてくださったことのお礼をしたいのです」

「今日は国王陛下と王妃殿下とは、約束していませんわ」

「でも、もしかしたら、ばったりお目にかかれるかもしれませんわ」


 正直に言うと、邪魔しないでと言いたかったけれど、彼女は察してはくれなかった。

 仕方なく、一緒に馬車に乗っていく。

 王宮に到着すると、イグレッシア王子が待っていた。

 扉を開けて、わたくしを抱きしめようとした時に、馬車にもう一人いることに気づいて、わたくしの手を掴んで、馬車から降ろしてくれた。

 わたくしがイグに挨拶する前に、クリマが声をかけた。


「お久しぶりです、殿下」


 馬車からクリマは降りて、イグに最上級のお辞儀をした。


「君は、確かクリマ・オペラシオン子爵令嬢」

「はい、このたび、マリアーノ・クリュシタ伯爵令嬢の侍女になりました」

「どうして君が侍女に?」

「私の愛するクリスが亡くなり、嫁ぎ先がなくなったのでございます」

「そういえば、クリスは確かに騎士団に入り、橋の崩落事故で亡くなったね」

「それはそれは、悲しくて、この先どのように生きていったらいいか分からない程、落胆して、悲しみに暮れていた時に、クリュシタ伯爵家の当主に声を掛けて戴きましたの」

「マリアーノ、クリマを頼むよ。クリマとは貴族学校で一緒だったのだ。同じクラスだったな。学校にいた頃はクリスと婚約はしていなかっただろう?いつしたんだ?」

「卒業してから、クリス様に求婚されましたの」

「そうだったのか、クリマはモテたからな、誰が射止めるか、話題に上がっていたほどだ」

「私はそんなにモテてはいませんわ」

「しかし、春の花祭りの馬車に乗ったのは、確か、君だったね」

「はい、殿下と共に、馬車に乗れたことは光栄に思います。今でも目を閉じると、あの日のことを思い出します。途中で馬車が急停止したときは、殿下の優しい手が、私を抱き留めてくださいました」

「そうだったね」


……
…………

 昔話が果てしなく、続き、わたくしは、もう帰りたくなった。

 わたくしは、今日、なんのためにここに来たのでしょう。

 イグと心を通わせるために、互いに想い合うために、忙しい日程を調節して、愛を育んで来たような気がします。

 わたくしは、イグのことを好きになっています。

 イグもわたくしを好きだと何度も言ってくださいました。

 一生愛するとおっしゃってくださいました。

 その言葉を信じてみようかと最近、思い始めていました。

 でも、今日のイグは嫌いです。

 わたくし以外をずっと見ています。

 しかも、クリマを頼むですって?

 厄介者のクリマよ?

 侍女の仕事は何一つできない女よ。

 二人が話に夢中になっているので、わたくしは帰ることにしました。

 歩いても、そんなに遠くはありません。

 学校生活は、そんなに楽しい場所だったのね。

 わたくしが白い結婚で苦しんでいたその時期に、学校生活が始まるはずだったのよ。

 裁判や化粧品の製造などで、わたくしには、学校へ通う時間はなかったの。

 その代わり、お父様は、家庭教師を付けてくださいました。

 勉強の遅れはないけれど、学校行事などはあるはずもありません。

 友達もできません。

 そんなに学校のことが懐かしくて、モテたクリマが好きなら、イグは一生の伴侶をクリマにしたらいいわ。

 お茶は美味しくないわよ。

 仕事も邪魔されるわよ。

 わたくしは、クリマを要らないわ。

 さっさとタウンハウスの邸に戻って、わたくしはお父様に手紙を書いた。

 侍女を新しく仕事のできる人に交代させて欲しいことをお願いした。
 
 彼女は仕事の邪魔をするし、お茶も上手に淹れられない。髪を整えることもできない。エステの腕が悪いので、もう一度最初から修行させた方がいいと書いて送った。きちんとエステの指導はできているのかどうかを尋ねた。


 婚約者が亡くなったことは気の毒だが、わたくしの侍女として役に立たない。エステで雇うこともできないことも理解できるだろうか?

 わたくしの誠意は、もう一度修行させてあげて欲しいと書いたことだろう。

 わたくしは、仕事部屋に隠って、仕事を始めた。

 その頃、この家の執事がわたくしの所にやってきた。

 控えめなノックの音がしました。

 わたくしは返事をした。


「お嬢様、イグレッシア王子がお見えになっております」

「今日は気分が悪いとお伝えして」

「畏まりました」


 執事は丁寧に頭を下げると、部屋から出て行った。


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