【完結】安心してください。わたしも貴方を愛していません

綾月百花   

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21   婚約パーティー

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 お客様がいらっしゃる時間より、ずいぶん早くに王家に向かいました。

 これは予め、王家から使いの者が来て、この時間を指定されました。

 王家からは、護衛にたくさんの騎士が迎えに来てくださいました。まるで守られるように王宮に到着して、お迎えは、イグレッシア王子がしてくださいました。

 イグレッシア王子の他に、大勢の騎士が護衛に付いていました。

 まるで戦の様相です。

 イグレッシア王子は、お父様に挨拶をして、わたくしには「美しい」と褒めてくださいました。

 馬車を降りるときから、ずっとエスコートしてくださいます。

 いつもお茶会をするサロンに連れて行かれました。そこには、陛下と王妃様がいらっしゃいました。

 既に正装をされたお二人に、わたくしは礼儀正しくお辞儀をしました。


「よかったわ、ドレスはよく似合っているわね」


 王妃様は、わたくしが身につけてきたドレスを見て、喜んでくださいました。


「よく似合っておるな、さすが王妃が美の称号を与えた令嬢だ」


 陛下も褒めてくださいました。


「ありがとうございます」


 実はとても緊張していたのです。

 お気に召していただけなかったら、どうしたらいいのかと……。

 このドレスは王妃様が、この国に嫁いできたときに着ていたドレスですから、特別な思いがあるはずです。大切なドレスを戴いて、似合っていなければ、申し訳ございません。


「客人が集まるまで、ここでゆっくりしておるがいい」

「心遣い感謝いたします」


 ばっちりと正装してきたお父様は、陛下と王妃様に頭を下げます。


「クリュシタ伯爵殿、さあ、寛いでくれ」

「恐れ入ります」


 お父様は、緊張しているのか、いつものような笑顔はありません。

 そんなわたくしも、実はとても緊張しているの。

 婚約パーティーなんて、イグが結婚する相手は、わたくしだと、招待された貴族様方に知らせるのですから、とても心配なのです。わたくしは、白い結婚詐欺事件の時に、話題になった令嬢です。

 イグが嫌な思いをしないといいのですけれど。

 これは、わたくしに一生付き纏う負のイメージです。


「マリア、ソファーに座ろう」

「はい」


 イグも素敵な正装をしている。

 いつも格好いいけれど、今日は何割か割り増しに見えてしまう。

 白い結婚から4年が経ち、わたくしはやっと前に進めるようです。

 王家の使用人が、お茶を淹れてくださいます。

 上品なカップに、お茶が注がれて、テーブルに運ばれてきます。

 香りもとても上品な香りがします。

 わたくしも、エステのお店では妥協はしていません。

 お茶は、最上級の物を使用しております。

 お客様は、全て王女様扱いです。

 そのエリアに入った瞬間から外に出るまでは、最上級のおもてなしを致します。

 それがわたくしのエステサロンのコンセプトです。

 皆さんに、満足していただいています。

 リピーターも増えてきています。

 お客様は、貴族の奥様方やお嬢様方です。

 わたくしも定期的に施術者の腕が落ちていないか、確かめに行きます。

 この王宮のサロンは、本物の最上位貴族様の集まる場所なので、わたくしはここに足を運ぶと、優雅な王妃様の視線の向け方や作法を真似て学んでいます。

 それを仕事に生かしています。

 わたくしの仕事が順調なのは、王妃様のお陰もあるのです。

 お茶を飲んで、イグが寄り添ってくださいます。

 今日はキエフシア第二王子の姿が見えないので、どうかなさったのかと気にかかります。

 そろそろパーティー会場に移動しなくてはならい時に、バンとサロンの扉が開きました。

 一斉に、皆の視線が扉に向かい。

 陛下とイグの近衛騎士が緊張します。

 けれど、そこに居たのは、キエフシア第二王子でした。


「寝坊した。酷いよ。誰か起こしてくれればいいのに」


 せっかくの正装を着崩したキエフシア第二王子が嘆くと、キエフシア第二王子の後から、近侍が近づき、その正装を正していきます。


「キエフ、お行儀がなっていませんよ。身支度はお部屋でしていらっしゃい」

「起こされなくても、今日がパーティーの日だと分かっていたはずだよ。きちんと自分でスケジュール管理くらいしなさい。扉もノックしなさい。はしたない」


 王妃様も陛下も、なかなか厳しい。

 寝坊したキエフシア第二王子は、わたくしの顔を見て、頬を染めた。

 わたくしは、何も言わずに会釈しました。

 たまには、寝坊をしてしまうこともあります。


「ほら、顔を洗って、髪もセットしていらっしゃい」

「はい、母上」


 明らかに起きたばかりのキエフシア第二王子に、王妃様は注意をなさった。

 どこにでもあるような温かな家庭の日常が見受けられ、緊張していたわたくしは、微笑ましくなります。

 王妃様は優しいお母様なのですね。

 キエフシア第二王子に向ける眼差しが、とても柔らかく感じられます。

 同時に、陛下も叱っていても、眼差しは優しげです。


「お食事も召し上がっていらっしゃい。ほら、早く行ってらっしゃい」

「はい」


 キエフシア第二王子は恥ずかしそうに、サロンを出ていた。


「こういう所が、まだまだ子供なんだよ」


 イグは、立ち上がると、わたくしに手を差し出してきた。


「マリア、そろそろ時間だ」

「はい」


 差し出された手に、わたくしは手を重ねます。

 今度の結婚は、名前を呼ばれ、しっかりエスコートもされます。

 そのことがすごく嬉しかった。

 陛下も王妃様も、何より、父が涙ぐむわたくしを見て、嬉しそうな顔をしていた。

 護衛の騎士が、大勢いる。

 いつもの比ではない。

 イグと陛下の近衛騎士は、間近からで、騎士団も入場者のチェックをしっかり行っているようだ。

 お父様は、会場の方に移動なさった。

 わたくしはイグと入場の準備に移動した。

 先に国王陛下と王妃様が会場に出て行った。


「本日は我が息子、イグレッシアの婚約パーティーにようこそおいでくださいました。イグレッシアも21歳となり、伴侶を迎えることになりました。お相手は、マリアーノ・クリュシタ伯爵令嬢です。似合いの二人に祝福を。我が国も繁栄が続くでしょう」


 拍手が沸き起こり、イグがわたくしの歩調に合わせて、入場していく。

 わたくしは、イグの腕に手を添えています。

 背後には、イグの近衛騎士が並んでいます。

 正装を着た彼らも、とても美しく、とても凜々しい。

 拍手が一層、激しくなります。

 歓喜の声が聞こえます。

 歓喜の声よね?耳を澄ますと……。

「……イグレッシア王子様、婚約おめでとう。早く結婚して、第二夫人として、私を迎えに来て……」


 第二夫人?

 わたくしはイグの顔を見た。

 笑顔だったイグは、眉間に皺が寄っています。明らかに不機嫌になっているようですね。

 声のする方を見ると、クリマだった。

 黄色いドレスを身につけて、頭には赤と黄色のリボンを付けています。まるで、頭は鶏冠とさかのようです。

 ほら、明け方近くによく鳴くとりにわとりのようですわ。

 鶏の体は雛のうちだけ黄色でしたわね。

 イグが背後に、視線を向けると、近衛騎士が動き始めた。

 あっという間に.クリマは左右から腕を掴まれ、会場から強制的に退場させられました。


「イグは第二夫人を迎えるの?」

「まさか、そんなつもりはないよ。そもそも、クリマはどこから招待状を手にした?」

「招待状を出していないの?」

「トラブルを起こした話の通じない令嬢に、大切な婚約披露宴を邪魔されたくはないだろう?」

「そうね」

「とにかく、邪魔者はいなくなった。今日の主役は、マリアだ。笑顔でダンスを踊るんだぞ」

「はい」


 音楽が流れ出して、そのままイグとダンスを踊った。

 三曲踊り、お披露目も無事に終わりました。

 イグにエスコートされて、国王陛下と王妃殿下と合流しました。

 招待客がダンスを踊っています。

 エリナにも今日は招待状を出しているので、旦那様とダンスを踊っているでしょう。

 わたくしのお披露目も無事に終えて、ホッとしています。

 お父様も来られました。

 それにしても、戦でも起きそうなほどの騎士の数です。


「マリアーノ嬢、無事にお披露目も終えました。おめでとう。これからは、我々の家族の一員になる」

「はい、よろしくお願いします」


 わたくしは、カーテシーを取り、国王陛下と王妃殿下に頭を下げた。


「そう、畏まらなくてもいい。お披露目も終わったので、いったんサロンに戻ろう」

「はい」

 パーティーはそのまま続行で、わたし達はここにいなくてもいいのだろうか?

 僅かな不安を抱えると、イグが、わたくしの手をしっかり繋いだ。


「イグレッシア、先に戻っていなさい」

「はい」


 イグはわたくしの手を引いて歩きだした。

 イグの護衛が、大勢付いてくる。


「何かあるのですか?」


 戦争とか?

 王宮が危険に晒されているのだろうか?


「僕が守る」

「何が起きているの?」


 宮殿の中を護衛に守られ、足早に歩いて行きます。

 イグはまだ何も教えてくれません。


「早すぎるか?」

「少し」


 靴が脱げそうです。

 コルセットで締め付けられているので、呼吸が苦しいわ。

 イグが手をしっかり繋いでくれているから、なんとか歩いて行ける状態です。

 騎士の一人がサロンの扉を開けて、部屋の確認をしています。

 やはり何かありそうで、胸がドキドキする。


「どうぞ」


 騎士が頭を下げた中に入ると、イグはわたくしを抱き上げて、ソファーに座った。

 呼吸が乱れているわたくしは、イグの胸を借りて、恥ずかしい姿を隠しました。

 このサロンの中には、イグの近衛騎士がたくさんいらっしゃる。

 わたくしの無様な姿を見られるのは、少々、恥ずかしいのよ。

 背中を優しく撫でられて、徐々に呼吸の乱れも整ってきました。


「お茶でございます」


 メイドがいるのか、テーブルにカップが置かれた音がしました。


「もう平気です」

「少し、無理をさせた」


 イグは、わたくしを立たせて、そのまま隣に座らせてくださいました。


「何か危険があるのですか?」

「アンテレ・インテレッサ元侯爵令息が、収容所の鉱山から逃げ出して、内縁の妻のネアンと見知らぬ男を殺害し、逃亡している。マリアのことも狙われる可能性がある」


 わたくしは、あまりに恐ろしいことを聞かされて、呼吸をするのを忘れてしまいます。


「ここの宮殿の警護は完璧だ。今日から、ここに住むといい」

「どうして?」

「大規模な脱走事件があったのだ。投獄されていた者の半数近くが逃げ出した。監視は殺されたようだ」

「そんな……」


 そんな恐ろしいこと……。

 白い結婚詐欺犯から、殺人犯になってしまったの?

 侯爵様はネアン殿を愛していたんでしょう?

 あんなに、四六時中抱き合っていたのに、二人に何が起きたの?

 わたくしは、まだ抱きしめられていた。

 背中をゆっくりさすられて、呼吸を促される。

「ここは、安全だから」と、何度も囁かれた。

 わたくしは、何度も頷く。

 ここは、安全な場所だ。

 大勢の騎士が守っている王宮だから。

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