ずっと抱きしめていたい

綾月百花   

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3   すれ違う心

・・・

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 薫がいっぱい話してくれる。 
 優しく微笑んでくれる。 
 オレを必死に誘ってくれる。 
 こんなことお正月までは、ごく普通のことだったのに、今のオレはどうして?って首を傾げたくなる。 
 夕食後のお茶の時間。 
 食事がのどを通らないオレに、万里江さんがイチゴシロップたっぷりのシフォンケーキを出してくれた。 
 それを明香里と食べていると、にこやかな表情の薫が、テーブルの脇に立った。 
「ドライブに行かないか?」 
 イチゴシロップ同様に、甘い誘いだった。 
 オレはイチゴシロップと同じくらい甘そうな、薫の瞳を見上げた。 
「優・・・」 
 甘い囁きととろけそうな視線を受けて、オレの鼓動は駆け足になる。 
「一緒に行きたい場所があって」 
 優しく微笑む薫が、握っていた手を開くと、車の鍵が指先でクルリとまわりだす。 
 鍵には、可愛い黒豚のキーホルダーがついていた。 
 そのキーホルダーは、今は亡きオレのマグカップと同じデザイン。 
『お揃いだよ』とお正月に見せてもらったものだ。 
「でも・・・」 
 行きたい場所って、お正月に薫が言っていた、誰にも邪魔されない二人だけの場所? 
 ・・・行きたいなんて、言えるわけがない。 
 オレは薫を忘れたのだから。 
 その時、はっと思い出した。 
 薫はあの時、『ずっと抱きしめていたいから』なんて、溶けてしまいそうなほど甘い声で言っていたことを。 
 オレは慌てて俯いた。 
 顔が紅潮してくる。 
 胸がドキドキして、気管が細くなってしまったみたいに、息が苦しくなってしまう。 
 声が出せず、オレは小さく首を振って、行かないと、態度で示した。 
「じゃ、私が行ってあげようか?」 
 答えたのは明香里だ。 
『私ね、夜明けの海が見たいな~」 
「誰が明香里を誘ったよ?」 
「え~、いいじゃん。初心者マークつけた車に、命がけで乗ってやるって言ってるんだから、連れて行ってよ」 
「おまえな、俺の運転がすごく危なそうな言い方するなよ、優が誤解するだろう?」 
「誤解?今更じゃん」 
 明香里は「ねえ」とオレのほうを見てケラケラと笑った。 
「誤解もなにも、優の中から薫はいなくなっているんだからさ」 
 薫に見せつけるように、明香里はオレの腕に腕を絡めてきた。 
「ほかの女にうつつを抜かして、優を邪魔にした罰よ」 
 明香里は笑っているけれど、それは表面上だけだ。 
 目がきつく薫を責めている。 
「薫のこと忘れちゃえって言ったのは私だけど、優の中から薫を追い出したのは薫自身なの。なに今更いい人ぶってるかな?」 
「・・・・・・」 
「こんなことになるなら、迷ってた優の背中なんか押すんじゃなかったよ。辛くて悲しいなら、薫のこと諦めなさいって言えばよかったって」 
「明香里!」 
 オレは、明香里の腕を引いて、明香里を止めようとした。 
 女の子に庇ってもらって、男として情けないと思う。けれど、オレは自分でこの道を選んでしまったのだから、今更覆せない。 
「万が一、優が薫について行くと言っても、私が許さない。優を追い詰めた薫を許さないから」 
 明香里は口を尖らせて、兄である薫を責める。 
 見ているのが辛くなるほど、薫の表情が曇っていった。 
「明香里っ・・・」 
 早く忘れてくれればいいのに。 
 いつまでも、明香里が薫を責めるから、薫が責任を感じてしまうんだ。だから、俺はひたすら明香里を止めるしかなくて。 
「明香里、俺、追い詰められてないよ。別に悲しくないし、辛くもないよ」 
 オレは逃げたんだという意識があるだけに、罪悪感はあったけれど、気分的には楽になっていた。 
 狡いことだという自覚もあった。だけど、薫を忘れたことで、薫がオレに向けていた嫌悪を今だけ忘れてくれている。 
 もちろん偽りの兄弟ごっこ。 
 突然オレが薫を忘れてしまったから、薫は慌てているだけだと思う。 
 声すらかけてくれなかった薫が、オレに話しかけてくれているのだから。 
 オレがここにいる間だけでも、少しだけ距離を取って薫を感じることができれば、オレはもう思い残すことなく、薫と決別しようと思っていた。 
「優は忘れちゃったから・・・」 
 止めても、明香里は薫に言わずにはいられないみたいで、大きなテーブルをバンと叩き、口調を荒立たせた。 
「薫に優は渡してあげない。優が壊れちゃったのは薫のせいなんだから」 
「違うよ、明香里。責めちゃだめだ」 
「優」 
 勝気な瞳に、じわっと涙をためて明香里はオレに抱きついてきた。 
「だって、優、行っちゃうんでしょう?私、ずっと待ってたのよ、優が戻ってくるのを。私たち生まれたときからずっと一緒なの。姉弟なのよ。なのに、いつも急に引き離されて、いつも寂しくて。薫のお嫁さんに来てくれたら、ずっと一緒にいられるって、そうなるってずっと思ってきたのに」 
 泣きながら告げる明香里の言葉に、じーんとしながらも、オレは苦笑が浮かんだ。 
「オレ、男だからさ、男のところにお嫁には来られないよ」 
「そんなことはないわ、これからは同性婚だって、認められる世の中になるんだもん」 
「明香里・・・」 
 明香里らしい返答に、返す言葉も見つからない。 
 明香里の涙につられて、少しだけじわっと込み上げてきたけれど、 
「そうだ、私と婚約しちゃお!ねえ優、いいでしょう?」 
 でも、さすがに明香里の思いつきに、吹き出してしまった。 
「いいでしょ?じゃないでしょ?」 
 ついでに、くすっと笑ったオレに、明香里は目に涙をいっぱい溜めて一言、「笑うなんて、ひどい」と呟いたけれど、すぐにオレと一緒に笑ってくれた。 
 やっぱりこういうところは、姉弟みたいだと思いながら。 
 薫はオレと明香里を表情の掴めない端正な顔でじっと見ていたが、鍵をギュッと握り、ジーンズのポケットに突っ込むと部屋を出て行った。 
 オレは薫の後姿を目で追いながら、心の中で「ごめん」と謝っていた。 
 
 
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