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10  素直になれない

2   素直になれない(2)

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「アリア、今夜は寝室を別にしよう。私が別の部屋を使おう。アリアはいつものベッドで眠りなさい」


 俯いていたアリアは顔を上げて、しばらくしてから頷いた。

 目に涙を溜めるほど辛いのなら、寝室を別にして欲しいなどと言わなければいいのに、アリアは素直になれない。


「ミーネ、アリアをお風呂に入れて、髪を乾かしてくれ」

「分かりましただ」

「きちんと布団に入るまで、近くに居てくれ」

「はいだ」

「私は別の部屋にいよう。おやすみ、アリア」


 アリアはおやすみという言葉が出てこない。

 立ち上がり、深く頭を下げた。


「朝食の時間に迎えに来る」


 そう言うと、姿を消した。

 アリアは力が抜けたように、カウチに座った。


「奥様、喉が痛むだか?」

「違うの、声が出なくなってしまうの」

「どうしてだ?」


 アリアは首を左右に振る。


「お風呂に入るべか?それともお茶にすべか?」

「お風呂に入るわ」

「背中を流しますだ」

「今日は一人にしてくれる?考え事をしたいの」

「そうだか?」


 アリアはふらりとお風呂場に向かう。

 お風呂の景色はアネモネの花畑だった。

 アリアは身体を洗うと、アネモネの花畑の景色が見える温泉に入った。


(あなたを愛していますか……わたしはランス様を愛しているのかな?)


 自信がない。

 愛される資格はあるのだろうか?愛する資格もあるのだろうか?

 あんなに反対されて、心臓を貫いたら、一緒に居ることを認めてくれた。

 どうして認めてくれたのだろう?

 死のうとしたから?

 それともランス様が説得してくれたから?

 たまたま命が助かったから?

 アミーキティア様は最近まで反対していた。

 急に優しくしてくれて、アミーキティア様の事を信じ始めていた。

 それなのに、わたしを人間界にやって、わたしは酷い体罰を受けた。あの時の痛みは心の痛みとして残っている。身体が癒えても心は簡単に癒えない。

 食事をもらえなかった空腹感も忘れられない。

 失望感や喪失感も、心の中でずっと燻り続けている。

 これ以上、危害を与えられないと言われても、素直に信じられない。

 怖い。恐怖で身体が震えるほど怖い。

 一人で居ることが怖いのに、ランス様を避けている。

 矛盾している。

 一人で寝ることも怖い。

 自分で言い出したのに、怖くて身体が震える。

 手を繋いで歩きたい。

 抱きしめられたい。

 それなのに、心が反発している。

 素直になれない。

 どこにも行かないで……。一人にしないで……。

 心では叫べても、声が出なくなってしまう。

 心の病にかかってしまったのだろうか?


「奥様、そろそろ出ないとのぼせてしまうだ」


 脱衣室からミーネの声がした。

 アリアはお風呂から上がった。

 脱衣所に出ると、ミーネが大きなタオルで包んでくれる。


「大丈夫だか?」

「うん」

「では、ネグリジェですだ」

「ありがとう」


 可愛いデザインのネグリジェを着ると、室内履きを履いて、私室に行く。


「お茶を覚ましておいただ」

「ありがとう」


 髪を拭いて、梳かしてくれる。

 アリアの髪はかなり長い。最後に切ったのは5歳の時だ。それから伸ばしている。エクセレント公爵が長い髪が好きだった事と、聖女は長い髪でなくてはならなかったからだ。

 上流階級のお嬢様達は、皆、髪は長かったので、アリアも長くて良かったが、アリアの髪が一番、長かったような気がした。


「髪、長すぎるわね。乾かすのが大変でしょう?短く切りましょうか?」

「切ったら駄目だ。あたいは、奥様のこの長い髪が大好きだ」

「……ミーネ」

「あたいの髪は、魔王様に人の姿にしてもらってから、少しも長くならないだ」

「ミーネはその髪型がとても似合っているわ。色も素敵だわ」

「照れるべな」


 ミーネの頬が赤くなる。


「ミーネの尻尾も耳も髭も可愛い。わたしにもあったらいいのに」

「猫になりたいだか?」

「そうね。猫になったら素直になれるかしら?わたし、野良猫みたいでしょ?」

「どこがだ?」

「ランス様に拾われた猫よ」

「人間だべ」


 ミーネの目がまん丸になる。


「ミーネは寂しくなったりするの?」

「するだ。奥様が病気の時や元気のない時は、とても寂しいし心配ですだ」

「優しいのね」

「寂しいだか?」

「うん」


 ミーネは髪を梳かす手を止めると、櫛を置いて、椅子越しに背後から抱きしめてきた。


「あたいは、いつも奥様の味方だべ」

「ミーネは温かいわね」

「奥様の為なら、なんでもできますだ」

「ありがとう」


 ミーネは鏡越しに微笑むと、また櫛を持ち、髪を梳かし始めた。


「さらさらだべ」

「ありがとう。もういいいわ。後は寝るだけよ」

「お茶を飲んでくださいだ。湯上がりはお茶を飲むだ」

「はい」


 ドレッサーの上のマグカップを掴むと、飲み頃に冷めた紅茶だった。


「話をするだか?それとも寝るだか?」

「カウチに横になってもいいかしら?」

「それならベッドで休んだ方が身体にいいだ」

「今日はカウチで眠りたいの」

「そうだべか?」

「我が儘を言ってごめんなさい」

「あたいには我が儘を言ってくださっていいだべ」


 ミーネは寝る支度をしてくれる。


「寒くはないと思うだが、念のために、もう一枚ブランケットを出しておきますだ」

「ありがとう」

「どうぞ、甘えてください。奥様の我が儘は、少しも我が儘のうちに入りませんだ」

「眠るまで、側に居てくれる?」

「勿論ですだ」

「ありがとう」


 ミーネはドレッサーの椅子をカウチの横に置くと、灯りを消した。

 アリアはミーネの手を握ると、目を閉じた。

 しばらくすると、アリアは眠った。ミーネはアリアの握った手を外せずにいた。


「なんて幸せなんだろうか」


 大好きなアリア様に手を繋がれ、アリア様は安心して眠られた。

 信頼されている証拠だ。

 アリアの手が離れるまで、ミーネはアリアと手を繋いでいた。

 ミーネはその晩、アリアの横で眠った。
 

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