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2   お兄ちゃんのお見合い

2   お兄ちゃんはお見合い相手にご執心

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「亜里砂、その髪飾り可愛いね。お母さんのブランドでしょう?」
「うん」
「ねえ、くれない?お母さんのブランドならいつでももらえるでしょ?親友同士、お揃いにしましょう?」
「ごめんなさい。これ、シリアルナンバー入りの特別仕様なの。だからあげられない」
「特別仕様って何よ?」
「名前が刻印されているの」
「アンジュなのに、亜里砂って書いてあるってこと?」
「うん」
 蘭々の我が儘は、だんだん酷くなっていた。
 亜里砂が身につけている物、持ち物まで欲しがるようになった。
毎回、断る度に嫌がらせをされる。
「でも、見た目がアンジュなら、いいんじゃないの?」
 俊が亜里砂のカチューシャを取ると、亜里砂が言ったことが本当なのか確かめていく。
「ナンバー1だし。アンジュとは書いてあるよ。ARISAとも書いてあるけど、ナンバー1なんて普通手に入らないよ。もらったら?」
「ちょっと見せて。ARISAが邪魔ね。ナンバー1って身内に与える物なの?贔屓よね」
「私の誕生日のプレゼントなの。返して」
「アンジュ、好きなのよね。注文するのを忘れたから、これは持ってないのよね」
「蘭々、返して」
 手を伸ばすと、蘭々は俊にわたした。
「名前入りなんて気持ち悪いから返してあげて」
「蘭々、優しい」
 ひょいと投げられて、手の上でバウンドして、川に落ちた。
「あっ」
「私は返したわよ。受け取らなかったのは亜里砂よ」
 今日は蘭々の誕生日会だった。
 気が乗らなくて断ったが、蘭々が勝手に決めた。
 招待状を押しつけられて、プレゼントはアンジュのバックだと指定された。
 高額なバックは買えないから、母に教えてもらいながら手作りした。花の一つ一つ。ボタンの配色まで同じにして作ってプレゼントした。けれど、タグはつけられない。タグのついてないバックを見て、「いらないわ」と突き返された。
「偽物よ」と皆の前で言われて、経緯を話したが、誰も話を聞いてくれなかった。
 パーティー会場はホテルの披露宴が行われるような煌びやかな場所だった。
 パーティー会場を見た母が、着ていく服を選んでくれた。
 頭の先から足下までアンジュなのは、亜里砂の母がアンジュプロダクションの社長だからだ。
 亜里砂の父が再婚し、母の家に転がり込んだとき、亜里砂は1000円の服を3着しか持っていなかった。母親が亜里砂のために用意してくれたり手作りしてくれたりしてくれた。
「ドブ川だから、入れば拾えるんじゃない?」
 蘭々が亜里砂に言った。
「その素敵なアンジュの服が、汚れちゃうけどね」
「せっかく白くて、綺麗なワンピースなのに、汚しちゃうわけ?」
「私なら、絶対に入らないわ。だって、汚いドブ川だよ」
 蘭々と俊がケラケラ笑う。
「先に帰っていて」
 優しい母がくれた誕生日プレゼントを、なくすわけにはいかない。
 亜里砂は川に降りていった。
 バックと突き返されたプレゼントの袋と靴を砂のある場所に置くと、スカートをたくし上げ短くして端で結んだ。素足で汚い川に入っていく。
「信じられない」
 橋の上から蘭々が、声をあげて笑っている。
 見物人がたくさん来ても、諦めなかった。
(暗くなる前に探さなくっちゃ)
 端っこで結んだスカートが解けて、足を取られて転ぶと、見物人が声をあげて笑った。
 座り込んで泥中を探す。その様子がネット配信されていたようで、人がますます集まる。


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