angel

綾月百花   

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Side楸、薫、亮

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 愛梨と連絡が取れなくなった。
 スマホでラインをしても返事が来なくなった。
 地方公演は長くかかる。
 最初の年は午前中にレッスンで、午後から深夜までライブハウスで過ごした。
 三人は、なかなか自宅に戻れなくなった。
 スタジオで新曲の練習もある。
 今、話題のアーティストとしてテレビで紹介されて、初めてテレビに出演して歌を歌った。
 両手に傷を負った彼女が完治する前に、楸は愛梨の家から出ていった。
 簡単な別れだった。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 ちょっとそこまで出かけるような挨拶をして、二人は別れた。
 結局、愛梨の笑顔を見ないまま別れた。
 幼稚園の時から隣にいるのが当たり前だった彼女がいない。
 angelは愛梨のことなのに、どうしていないのか楸は納得できない。
 歌を歌っても、綺麗な音にならない。
 愛梨が作詞作曲した歌を歌ってきたが、今は違う。
 違う人が作った歌には、愛情がない。
 ただ派手で、ただうるさくて。心地よさがない。 
 日本中を回って、ライブハウスで歌を歌った。少しずつテレビの仕事も入り、コンサートもできるようになった。
「楸、平気か?」
「平気に見えるのか?」
「見えないから声をかけたんだけど」
「声が綺麗にならない」
「うん」
 薫は楸の横に立って頷く。
「声は出てるよ」
「僕は何のために歌を歌っているんだろう」
「愛梨のためだろう?」
「愛梨はいないのに?」
 愛梨が作った歌は封印されたが、練習の時昔を懐かしみ歌っても、心は躍らなかった。
「音が足りないんだ」
「高校生の時の愛梨も言っていたな。音が足りないって」
「僕も愛梨と一緒に大学に行けばよかった」
「悔やんでいるのか?」
「悔やんでる」
 舞台衣装に身を包み、舞台の袖に立つ楸のテンションはいつも底辺だ。
「開演5分前」
 スタッフが声をかけた。
「愛梨は愛梨のために歌ってほしいと、最後の舞台で言っただろう」
 亮が楸の肩に触れる。
「さあ、舞台だ」
 薫と亮が楸の肩を掴む、軽く舞台に押す。
 声援が大きくなる。
 どんなに観客が喜んでも、歌える曲は不完全な歌だ。
 いくら歌っても音が足りない。
 愛梨の声がないと、不完全な音しか出ない。
 毎日、毎日、楽しくない歌を歌って、不満足な歌を観客に聴かせている。
 ただ苦痛で。
 いつまで、この苦痛な歌を歌い続けるのだろう。


 夜公演を終えて、ホテルに戻る。
「今日も良かったよ」
 angelのマネージャーは三人を褒めるが、楸は「まったく良くなかった」と否定的な言葉を吐き出す。
「こんな不完全な音のどこがいいのか?」
「楸、落ち着いて」
 毎日毎日繰り返される楸の反発。
 それを止めるのは薫の役目だ。
 ボーカルが抜けたら、このangelは崩壊してしまう。
 いつ崩れるか、わからない。
 人気はまだあるが、楸の心が歌うことを拒んでいる。
 愛梨が抜けてから、楸の歌は覇気がない。
 以前のように楽しく歌っていない。
 このangelにはangelがいないから、楽しくない。
 このグループの陰のリーダーの存在は大きすぎた。
 愛梨に引っ張られてできあがったグループーだから。
 楸は公演が終わる度にスマホを開く。
 スマホを開いても、返信はまだない。
「楸、俺のところにも返信はないよ」
「俺もだ」
「大学、忙しいのかもしれないよ」
 薫は沈んだ顔の楸に声をかける。
 二年近く経っても、楸は変わらない。
 ずっと愛梨を求めて、愛梨を排除したプロデューサーを嫌い、ただ音に合わせて声を出しているだけだ。
 楸の歌には心がなくなっている。
「あと三日で地方公演も終わる」
「地元に戻ったら、愛梨のご飯食べさせてもらいなよ」
「もう僕のこと忘れてしまったのかもしれない。会いに行っていいのか?」
「行けよ」
「ぜったいに行け」
 窓辺に寄ると夜空を見上げる。
 愛梨の部屋の合鍵を握って、愛梨の明るい声を思い出す。
 声を忘れる前に、愛梨に会いたい。
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