9 / 21
Side楸、薫、亮
しおりを挟む愛梨と連絡が取れなくなった。
スマホでラインをしても返事が来なくなった。
地方公演は長くかかる。
最初の年は午前中にレッスンで、午後から深夜までライブハウスで過ごした。
三人は、なかなか自宅に戻れなくなった。
スタジオで新曲の練習もある。
今、話題のアーティストとしてテレビで紹介されて、初めてテレビに出演して歌を歌った。
両手に傷を負った彼女が完治する前に、楸は愛梨の家から出ていった。
簡単な別れだった。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ちょっとそこまで出かけるような挨拶をして、二人は別れた。
結局、愛梨の笑顔を見ないまま別れた。
幼稚園の時から隣にいるのが当たり前だった彼女がいない。
angelは愛梨のことなのに、どうしていないのか楸は納得できない。
歌を歌っても、綺麗な音にならない。
愛梨が作詞作曲した歌を歌ってきたが、今は違う。
違う人が作った歌には、愛情がない。
ただ派手で、ただうるさくて。心地よさがない。
日本中を回って、ライブハウスで歌を歌った。少しずつテレビの仕事も入り、コンサートもできるようになった。
「楸、平気か?」
「平気に見えるのか?」
「見えないから声をかけたんだけど」
「声が綺麗にならない」
「うん」
薫は楸の横に立って頷く。
「声は出てるよ」
「僕は何のために歌を歌っているんだろう」
「愛梨のためだろう?」
「愛梨はいないのに?」
愛梨が作った歌は封印されたが、練習の時昔を懐かしみ歌っても、心は躍らなかった。
「音が足りないんだ」
「高校生の時の愛梨も言っていたな。音が足りないって」
「僕も愛梨と一緒に大学に行けばよかった」
「悔やんでいるのか?」
「悔やんでる」
舞台衣装に身を包み、舞台の袖に立つ楸のテンションはいつも底辺だ。
「開演5分前」
スタッフが声をかけた。
「愛梨は愛梨のために歌ってほしいと、最後の舞台で言っただろう」
亮が楸の肩に触れる。
「さあ、舞台だ」
薫と亮が楸の肩を掴む、軽く舞台に押す。
声援が大きくなる。
どんなに観客が喜んでも、歌える曲は不完全な歌だ。
いくら歌っても音が足りない。
愛梨の声がないと、不完全な音しか出ない。
毎日、毎日、楽しくない歌を歌って、不満足な歌を観客に聴かせている。
ただ苦痛で。
いつまで、この苦痛な歌を歌い続けるのだろう。
夜公演を終えて、ホテルに戻る。
「今日も良かったよ」
angelのマネージャーは三人を褒めるが、楸は「まったく良くなかった」と否定的な言葉を吐き出す。
「こんな不完全な音のどこがいいのか?」
「楸、落ち着いて」
毎日毎日繰り返される楸の反発。
それを止めるのは薫の役目だ。
ボーカルが抜けたら、このangelは崩壊してしまう。
いつ崩れるか、わからない。
人気はまだあるが、楸の心が歌うことを拒んでいる。
愛梨が抜けてから、楸の歌は覇気がない。
以前のように楽しく歌っていない。
このangelにはangelがいないから、楽しくない。
このグループの陰のリーダーの存在は大きすぎた。
愛梨に引っ張られてできあがったグループーだから。
楸は公演が終わる度にスマホを開く。
スマホを開いても、返信はまだない。
「楸、俺のところにも返信はないよ」
「俺もだ」
「大学、忙しいのかもしれないよ」
薫は沈んだ顔の楸に声をかける。
二年近く経っても、楸は変わらない。
ずっと愛梨を求めて、愛梨を排除したプロデューサーを嫌い、ただ音に合わせて声を出しているだけだ。
楸の歌には心がなくなっている。
「あと三日で地方公演も終わる」
「地元に戻ったら、愛梨のご飯食べさせてもらいなよ」
「もう僕のこと忘れてしまったのかもしれない。会いに行っていいのか?」
「行けよ」
「ぜったいに行け」
窓辺に寄ると夜空を見上げる。
愛梨の部屋の合鍵を握って、愛梨の明るい声を思い出す。
声を忘れる前に、愛梨に会いたい。
7
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?
さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。
しかしあっさりと玉砕。
クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。
しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。
そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが……
病み上がりなんで、こんなのです。
プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる