時の果ての朝~異説太平記~

マット岸田

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7-4 北畠小夜(3)

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「なあ、小夜」

 小夜が考え込んでいるのを見て、勇人がまた口を開いた。

「何?」

「宗広殿や行朝殿が自由に動けるようになったら、ここを皆に任せて君も時間を取れないかな。一月か、それが無理なら十日でも」

「それは、この先の情勢次第かな。どっちにしろ余り長い時間は無理だと思うけど。どうして?」

「陸奥で暮らしてる人達の生活を見てもらいたい、と思ってさ」

「自分では良く見てるつもりなんだけど、ね」

「ただ見て回るだけじゃなく、生きた人間の中で少しの間だけでも暮らして欲しい」

「それで、何か別の物が見えて来る?」

「さあ、分からない。ひょっとしたら何も見えてこないかもしれない。ただ、何となくそうして欲しいと思っただけだよ。多分、君と主上に共通して欠けている者があるとしたら、それだけだから」

 民の暮らしは自分の目で見るようにして来た。戦で忙しい今も、定期的に領内を忍んで見て回る事は欠かしていない。宗広や行朝達からも、詳しく領内の民の暮らしぶりを聞くようにはしている。
 しかし確かに、今まで実際に民の中で暮らした事は無かった。自分の手で土を耕した事すら無いのは、京に住まう公家達と何も変わらないのだ。

「難しいかもしれないけど、考えてみる、よ」

「僕も以前に少しだけ五郎の村に住ませてもらってた事がある。あの村に君を連れて行きたいな」

 僅かな間だが勇人が農民に混ざって暮らしていた、と言う話は以前に聞いていた。
別の時代から来たはずの勇人が、この世界の自分の知らない面をいつのまにか多少なりとも知っている、と言うのは考えてみれば少し面白い事だった。

「考えがまとまった、って訳じゃないけど少しだけ目が開けたかな。ありがとう」

「最初この時代に来た時、この戦乱はもっと分かりやすい物だと思ってたよ。少なくとも朝廷と幕府のどちらかが勝てばそれで終わる戦いだと。今は自分自身もその中にいるはずなのに、幻の中にいる気分になる程に複雑な物に巻き込まれてると感じるな」

「それは私も同じだよ。勇人にあった頃の私は、自分が戦でも政でもこの国の頂点に立てば、ひとまずこの国は正しく治められると思ってた。歪んでいるのは、この国の上に立つ人間達だけだと思ってたから」

「幕府や朝廷に関係無く、この国の形自体が遥か昔のどこかで歪んで間違った。主上のその考えは多分正しい。間違ってはいても、少しずつ国の形は正しい方向に進んで行っているのかもしれない。僕の時代でも、本当に国は正しい形になってる、と言い切る事は出来ないけどね」

 勇人が先の時代から来た人間だからと言って、この時代でどの選択が正しいのか言い切れる訳が無かった。それは最初から分かり切っている事だ。
 結局最後は自分で決めるしかないのは、話す相手が勇人であっても変わらないのだ。それでも勇人とこの事に付いて語っていると言うだけで多少は気が楽になった。
 そう思っていると、勇人は不意に小夜の顔を覗き込んで来た。

「どうかした?」

「まだまだ酷い顔をしているな、と思って」

「仕方ないよ。考えなきゃいけない事が多過ぎるし、難し過ぎるんだから」

「そうじゃなくて、ひょっとして、正成殿の事でまだ一度も泣いてないんじゃないか、小夜」

 そう言われた事に、胸を衝かれた。
 意外な指摘、と言う訳では無かった。気付かれてしまった、と言う思いの方が強かった。

「楓だって、その事に付いては私に何も言わなかったのに」

 どうにか、表情を崩さないようにしながら答えた。

「楓なら、気付いてない事はないだろうな。君がだいぶ参ってるのは分かってたみたいだし。多分、何も言わなかったのは泣くのなら他の人間相手にしろ、って事だと思う」

「嫌われた?」

「まさか。ただ自分じゃ限界はあるって楓が思ったってだけだよ。あの子のそう言う事に関する判断には間違いはないと思う」

「楓に甘え過ぎたのかな」

「楓も今は別の事で一生懸命なのさ。それは、分かってやれよ」

 勇人がそう言う。楓は何の事で一生懸命なのかは、分かる気がした。

「そうかもしれないね。楓はいつも陽気で飄々としてて、何でも見通しているみたいで、悩みや心の弱さとは無縁だとは思ってたけど、そんな訳ないね。私と同い年の女の子だし」

「しかも相手があの師行殿だからな。悩まない訳がない」

 勇人が苦笑しながら言った。

「自分は自分の恋で一杯だから、今は私にあまり構ってられない、か。言葉にしてみれば、恥ずかしいぐらい普通な事だね」

 楓自身から直接そう言われた訳では無いが、さすがに楓の感情に関しては、その手の事に鈍い自分でも分かってはいた。
 あの師行相手では、身分や歳の差などは障害にならないだろう。ただ全く別の事で凄まじく苦労するはずだ。

「だから小夜の方でも楓以外に、胸の内を本当に明かせる人間を探せ、って事じゃないかな」

「それが勇人?」

「楓はそう思ってるみたいだ。困った事に」

 勇人が曖昧な笑みを浮かべた。

「分かってると思うけど、私は本当は何も報いられないかもしれないよ、勇人。私はどこまでも北畠顕家としての自分を優先し続けると思う」

「構わないよ。そもそも僕には君に何か見返りを求める資格があるような人間じゃないよ。それはずっと前から自分の中で決めてる事だから」

 どうしてそこまで、と思った。以前に少しだけ聞いた、死別したと言う勇人の妻の事に関係しているのかもしれない。

 そこを無視したまま勇人に縋り切るのは不誠実な事のような気がした。だが、それ以上に心の中で切れた堰から溢れる物がもう止まらなかった。

「大塔宮の時はお父さんがいたから、その前で色々言いながら泣いたんだけどね。今思えば何の理屈になってなかったと思う」

「そっか」

「あんな姿は、とても私の下で戦ってる人達には見せられないよ。それぐらい、みっともない姿で、みっともない事言ってた」

「そっか」

「正成さんの事も、北畠顕家としてはとっくの昔に納得してたけど、それとは別にあの人を見捨てた事で自分を攻め続けている私がここにいる。この事で少しでも泣き言を漏らせば、とてもみっともない事になると思う」

「そっか」

 勇人は小さく静かにうなずく事を繰り返した。

「それでも、泣いていい?」

 四度目の勇人の返事を聞く前に、涙があふれ出ていた。
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