婚約者は俺にだけ冷たい

円みやび

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優一の家にはテレビもないし携帯も繋がらない。
世間と離れてうるさくないのが気に入っていたのだがここ二日は後悔している。

あれから理事長はどうなっているのか気になるのに情報を知る術がなく不安ばかりが増幅されていく。

ここに引っ越してきてから二十二時にはぐっすり眠れるようになっていたのに奏多が傷ついているところばかりを想像してしまい眠れない。

街に行きたいのだが正樹が忙しいと出て行ったきり戻ってこない。
理事長の状況を聞きたくて数時間ごとに正樹の家に行っているのだが帰ってくる様子はない。

もどかしい。

今まで気にしないようにしていたが二日前から奏多のことが頭から離れない。
高校は卒業しているはずだが大学で虐められたりしていないだろうか。
ご飯はしっかり食べているのか。

「優一くん、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「あっ、はい」
家の中を落ち着きなくウロウロしていると町長に声をかけられた。

一人でいるより何かをしていた方が気が紛れていい。
「引っ越ししてくる人がいてね。家の掃除をたのみたいんだ」
引っ越し?家がないと言うことは誰かの家族でも無さそうだし珍しいな。

「優一くんが来てから随分と賑やかになったよ。ありがとう」
優一が来てからは誰も引っ越してきていない気がするのでお礼を言われるのはおかしいと思ったがわざわざ指摘するのも良くないと曖昧に笑って誤魔化した。

隅さんの家の隣にある平屋は何年も人が住んでいないがそ綺麗なままだ。
元は隅さんの息子家族が住む予定だったらしいのだが色々あってなしになったらしい。

ギィとドアを開けると埃が降ってきた。
定期的に掃除しているとはいえ数ヶ月に一度のペースではだいぶ汚れてしまっている。

なかなか手強そうだが掃除している間は奏多のことを考えなくてすむ。
「僕も一緒にやるから早く終わらそう!」
「一人でやりますよ!町長は忙しいでしょう」
いや、でもな、と口籠もる町長に気を遣わせたくない。
「いつも沢山お世話になっているのでこれくらいやらせてください」

優一の言葉に渋々、町長は頷いてくれて埃っぽい家の中に一人になった。
「さぁ、やるか」

上から下に、奥から前に、出来る限り効率的に掃除していく。
初めは色々考えてしまっていたがやっていくうちに夢中になる。

といっても数年前に建て直して以来、人が住んでいない家は埃やよく分からない汚れはあってもそんなには手がかからなかった。

二時間、玄関までノンストップで進んで行くと後は外にある庭の草むしりくらいになった。

「ふぅ」
ずっと腰を曲げた姿勢だったので立ち上がって伸びをしながらピカピカになった廊下を見ると気持ちがスッキリした。

このまま庭も綺麗にしてしまいたいが外が暗くなってきてしまっているので明日に回すことにして掃除道具を片付けた。

せっかくなので隣の隅さんの家を覗いてみたが珍しくいない。
今日も一人で夜ご飯か。
寂しいな。

もう少し時間がたてばもしかしたら正樹が夕飯を食べに来てくれるかもしれないとノロノロと歩いていると優一の家の前に人影が見えた。

正樹かもしれない!と舞い上がったが正樹なら家の中に勝手に入っていることに気づくと一瞬で気持ちが沈んだ。

正樹に限らずこの村の人なら勝手に中に入っているはずだ。
誰だろう?と少し小走りで近づいて行き顔が見える距離で足が止まった。

「ゆうちゃん、おかえりっ」

昔と同じように呼びかけてくる奏多に声が出ない。
ここ数年の微妙な関係など無かったかのように過去に引き戻されたような錯覚に陥った。



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