婚約者は俺にだけ冷たい

円みやび

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朝、いつものように五時に起きて畑に野菜をとりに行こうとドアを開けるとそこにはいつからいたのか奏多が立っていた。

野菜を入れるためのカゴを手から落とすほど驚いた。

「おはよう。ゆうちゃん」
昨日、優一が手を振り払ったことなどなかったかのように普通に挨拶してくる奏多にどう反応していいか分からないが反射的におはよう、と返してしまう。

奏多が優一の手から落ちたカゴを拾って隣にある畑に歩いていく。
「おいっ」
「今日はどれを収穫するの?」
何でこいつは知ってるんだ、と顔を顰めた優一を気にせずに奏多は野菜たちをしゃがんで見ている。

「俺はピーマンは嫌だな」
「関係ないだろ」
小さい頃から食べられなかったピーマンが今も食べられないと知って変わっていない所もあるのだと嬉しくなってしまう自分が嫌だ。

奏多からカゴを奪って良さそうな野菜を適当に収穫していく。
いつもならその日食べるメニューを考えながらゆっくりするが早く家の中に入って奏多と離れなかった。

昨日、奏多に言おう!と決めたことも心の準備ができていない今は何も言えそうになかった。

横からの視線が気になるが全く気にしていないフリをしながら立ち上がった。
優一を見守るようにニコニコしているのが気に食わない。

「今日の朝ごはんは何作るの?」
「ゆうちゃんのご飯、食べたいなぁ」
と話しかけてくる奏多を無視して家の中に入った。

「お邪魔しまーす」
優一が奏多を家の中に入れる気がないことに気づいているはずなのに普通に入ってこようとする奏多を締め出した。
ここにきて一度もかけていなかった鍵をかけてため息をついた。

どうして、今更。
何がしたいのか。
掻き乱さないでほしい。

扉の向こうで奏多はドアに手をかけたまま動かない。
心の準備ができるまで来ないでほしい。

「ゆうちゃん、開けて」
「嫌だ」

絶対に開けたくない。
奏多を自分の中にもう一度入れるようなことはしない。
もしまた、あんなことになったらと思うと死にたくなる。

「何があったか気にならないの?」
玄関に背を向けようとしていた身体がビクッと止まった。
正直、ものすごく気になる。

聞きたいことはいくつもある。
でも。
「ならない」
同じ轍は踏まない。

奏多との関係はもう終わったのだ。
「お前と俺はもう他人だろ」
自分に言い聞かせるように口に出した。
今、知りたいことも時間と共に気にならなくなるはずだ。
奏多が近くにいれば半年前の決意を忘れて縋って喚いてしまいそうだ。

どうして和泉とあんなことを?
形だけとはいえ自分がいるのに。
婚約破棄して半年も何もしなかったくせに何で今更。
優一のことなどどうでもいいくせにそんな顔するな。
お前なんか嫌いだ。

それらを口に出すのは惨めすぎる。

「他人?婚約者でしょう」
そう奏多が言った瞬間、目の前が真っ赤になった。
自分の全てを馬鹿にされている気分だ。

ドアを開けて奏多を殴りたくなる自分を拳を強く握って耐えた。
「ふっー」
相手にするだけ無駄だ。
関係のない人が玄関で何かを言っている、ただそれだけ。

奏多が立ち去る気配はない。
ここにいて奏多の言葉を聞いていることも奏多の思い通りのような気がして優一は玄関から一番離れた奥の部屋に戻った。

「早く、いなくなってくれ」
家の前から。この村から。そして優一の心の中から早くどこかへ行ってほしい。

そうすればもう悲しいことは何もない。
苦しくなることも自分を卑下することも無くなるはずだ。

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