婚約者は俺にだけ冷たい

円みやび

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優一が食べ終わるころには奏多も食べ終わっており、同じタイミングで幸を出ることになった。
「自分で払うから受け取れよ」
優一が奏多に千円札を押し付けるが奏多は受け取ろうとしない。

一緒にされてしまったお会計をわざわざ個別に分けてもらうのも申し訳なくて一番早くお金を出した奏多が全て払ってしまった。

優一が人に借りを作りたくないのを知っていて、こういうことをしてくるのだろう。
奏多は優一のことをよく分かっている。
その時、ふと自分は奏多のことをどれだけ知っているのだろうと考えてしまった。

避けられ始めるまでは誰よりも奏多のことを知っていると思っていたが奏多が自分を避け始めた理由もどれだけ考えてもわからなかった。
それに、奏多は優一にしんどそうにしているところなどの弱みを見せたことはない。

あの時は優一も幼く、奏多はそういう人間なのだと思っていたが悲しさや苦しみを感じない人間などこの世にいない。
奏多が優一に弱い所を見せられなかったのは年上のくせに優一が頼りにならない上、メソメソしていたからだろう。

自分の前では常に笑っていた奏多は見えない所で何を思っていたのだろう。

それももう関係ないか、と思い直し奏多にもう一度押し付けたが腕を背中にまわして優一から逃げようとする。

「受け取らないよ」
「なんで!借り作りたくない!!」
「借り作りたくないなら次はゆうちゃんが奢ってよ」
「……やだよ」
お前だけは嫌だ。
接する時間が長くなればなるほどあの日の決意は簡単にポロポロと崩れ落ちて奏多の側にいることを望んでしまうだろう。

「お前とは絶対に来ないよ」
「ゆうちゃん、この世に絶対なんてないんだよ。いい意味でも悪い意味でも」
奏多は込み上げる感情を押し殺したように口元だけで笑った。
それがあまりにも悲しそうで優一は思わず、手を伸ばしかける。


「奏多くーん!!!」
この場にはいるはずのない人の声がして優一の手は止まった。
ドンっと優一の肩を押し退けて安藤和泉が奏多に抱きついた。

その光景はあの日を思い出させて、優一の足元にはポッカリと真っ暗な穴があく。
全ての思考と身体の力を穴にどんどん吸われていって優一は今自分が立っているのか座っているのかもわからない。

「ゆうちゃん!ゆうちゃん!!」
何度も自分を呼ぶ声に意識が戻ってきて呆然と奏多を見上げた後、優一の肩を揺さぶっていた手を下ろさせる。

「触るな」
絞り出すように発した声は震えていたが奏多はビクッと身体を強張らせると優一から離れた。
今目の前にある光景を見たくなくて優一は顔を上げられない。
ただ、足元にある暗闇に自分自身も入ってこの場からいなくなりたかった。

「正樹、行こう」
「え!いいんすか…」
気遣うように正樹が奏多の方を見たような気がするが優一の頭の中には今すぐにここを離れることしかない。

重りのように重い足を引き摺るようになんとか動かし、奏多と和泉に背を向けた。
早く、早く離れたいのに足は言う通りに動いてくれない。


それでもゆっくりと離れていく優一を奏多はどうすることも出来ずに見送るしかない。
この状況で引き止めてもいいことは何もないだろう。
また優一を傷つけてしまった。



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