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協力者

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 ▪️影の存在

「……ここか」

 オルクスは単身、ソラスの部屋の前に来ていた。
 部屋自体には既に魔法結界の名残もないらしい。色々と損傷はあるらしく、テノスの指示で取り急ぎ復旧の運びとなった。
 渦中のソラスも今は別室で寝ており、部屋には誰も居ない状況となっている。もぬけの殻となった場所であるが、オルクスはこの部屋に用があって足を運んだのだ。

『この屋敷の最後の噂だが、俺の元に来た情報とペトラの話を合わせて考えれば恐らくーーーー“魔物”はソラス嬢の部屋か、本人のどちらかに潜伏していると考えて間違い無いだろう』

 グラウが明かしたラングウェイ家の秘密。
 初めは極めて信憑性が少ない情報だったが、グラウはそれを確かなものにすべく、屋敷に来た際に別働隊を使用人として放っていた。
 そして先程、メイドとして忍ばせていたメンバーから報告が上がったという。

 なんでも、それは一切の反応を見せずに対象に寄生し、生体エネルギーを吸い取る魔物だという。対象は無機質、有機物を問わない。どこにでも何にでも寄生できる存在との事だ。
 俄(にわか)には信じられない話だ、長い冒険者生活でも耳にした事がない。
 グラウの情報網がどれ程かは知らないが、己の目で確認するまでは信じないと言うオルクスに対し、グラウはそのギルドメンバーと同行するように指示を出してきたのだ。

 待ち合わせは部屋の前だが姿は無い。
 怖気付いたのかと鼻で笑っていると、いきなり背中を叩かれ、即座に警戒態勢を取った。

「ッ!?」
「初めまして、貴方がマスターの言ってた悪人ヅラですか」
「なッ、誰が悪人ーーーーお前、その耳……!」

 殺気も気配も無く、無抵抗のまま後ろを取られた。常に警戒心を絶やさないオルクスだったが、今のはどう考えても反応がそもそも間に合っていない。
 焦りを見せるオルクスに対して、背中を叩いた張本人は長い耳を揺らして悪戯げに笑ってみせた。

「ふふん、これで身に染みたでしょう? 情報もそうだけど気配を完全に消す方法なんて沢山あるの。もっとも、人間の常識の範疇では異様に見えるかもだけれどーーーー」

 褐色の肌、淡い金髪。
 翡翠の様な瞳をした少女は、メイドの格好でオルクスの背後に立っていた。

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「エルフ……なのか?」
「ぶっぶー、私はハーフエルフですう。まあ、今では大陸中探したってどっちも珍しいと思うけどね」

 エルフとは人間に酷似した種族であり、分類的には魔族だ。人間に害を出さないものとして認識されており、知能も高く、人語を理解している。
 一部では生活を共にしたりもするが、大多数の街では人間の奴隷として扱われ、迫害の対象ともなっていた。

「言っとくけど私はグラウ君の性奴隷とかじゃあ無いよ。あの子は奥さん一筋だからね」
「いや、そこまで聞いてないぞ。と言うか……グラウ“君”?」
「うん、グラウ君」
「……まあ、それはどうでもいいか」
「ふうん、私を見てもそのリアクションか」
「何がだ?」
「血で言えば半分だけど、魔族だよ私?」
「別に大した事じゃないさ」
「ん?」
「昔、とあるハーフエルフに世話になったんだ。だからその……驚きはしたが他意はない」
「なるほど」

 ハーフエルフの少女は笑みを浮かべると、メイド服のスカートをたくし上げて、カーテシーをしながら頭を下げた。

「ギルド・ハーメルン所属、リリーナ・ルッツ・クルェイだよ。名前が長いのはエルフだから許してね。リリーナでいいから」
「オルクス・フェルゼンだ」
「じゃあオルクス君、短い間だけどよろしくね」
「待て、お前は諜報員なんだろう? もし魔物との戦闘にでもなればーーーー」
「ふふん、心配しなさんな。ハーメルンのギルドメンバーは曲者揃いで有名なんだよ」

 リリーナは目の前で指をスライドさせるーーーー現れたのはスキルボードだ。
 通常、エルフは純血の魔族なのでスキルボードは扱えないが、ハーフエルフともなれば話が別だ。会得できる技に僅かに違いは有るのだが、殆ど遜色無く体得できると聞く。
 その証拠に、リリーナのスキルボードには『魔術師ランク38』と『僧侶ランク22』、加えて『盗賊ランク31』と刻まれている。
 複数の職業を扱う事は可能とされているが、様々なものに手を出すとどこかが疎かになってしまう。
 ひとつの職業を極めるのが一般的と言えるだろう。

「ソラス嬢ほどじゃないけど魔法はお手のものだよ。伊達に長く生きてないからね」
「……ちなみに何歳なんだ?」
「レディに歳を聞くのはNGだよ?」
(じゃあ何故に自慢気に話したんだ)
「さてと!」

 リリーナはオルクスの話も半分にメイド服をバサリと脱ぎ捨てた。
 初めから内側に着ていたらしく、随分と動きやすい格好となったが、ペトラに似ている所を見るとこれがハーメルンのギルド衣装なのかも知らない。
 チューブトップに包まれた豊かな胸を揺らしつつポーズを取る。ハーフエルフ特有の童顔のせいか違和感を拭えずにいた。

「ん? これでもサラシ巻いてるからね。ペトラちゃんと違ってグラマラスだから私」
「だから聞いてない」
「目線がヤラシイんだよね。あ、目付きが悪いからか」
「…………」

 ハーメルンの連中は例外なく“相手をするのが疲れる”。オルクスの中で認識が固まったところで、リリーナは腕を回しながら部屋に向き直った。

「さてと、やりますか」
「待て、お前は魔法が使えると言っていたが、相手は魔法でも感知出来ないんだろう? だったらどうやって見つける」
「どうやってって、私は“ハーフエルフ”なんだよ?」
「む?」
「まさかハーフエルフの知り合いが居たのに知らないの?」
「……あ、ああ。その人は剣士だったからな」
「へえ、珍しいね。それじゃあちょっと待っててねー……」

 リリーナは部屋の前で意識を集中させた。
 両手を胸の前で合わせると、大きく息を吸ってーーーー吐く。
 その動作を二、三度繰り返すと、リリーナの身体の表層が淡く光を帯びた。

「なんだそれは?」
「これは大体のエルフに備わっている感知能力だよ。他にも心を読んだり出来るって聞いた事ない?」
「……あまり把握してないな」
「勉強不足だねオルクス君。ちなみに君の考えている事は全部見えてたよ」
「!?」
「はいお終い。さてさて、面倒だねこれは」

 光が霧散するや、リリーナは二つ隣の部屋ーーーーソラスが一時的に眠っている部屋に視線を結んだ。

「……例の魔物、ソラス嬢本人に寄生してるね」
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