離別から始まるシェフと勇者の物語【旧:異世界転移してきた勇者にパーティを追放されたのでシェフになります】

名無し@無名

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邂逅2

 
 ◆


「…………ん」
「旦那様!」
「……む、テノス……私は」

 瞼が重たい。
 全身に広がる倦怠感に包まれながら、ボリスは数日に渡る眠りから目を覚ました。

「そうか、どうやら私は倒れてしまったらしいね」

 少しやつれた頬を触りながら小さく零すと、雰囲気の変化した屋敷に気が付いた。

「テノス、私が眠っている間に何があった?」
「……はい、全て説明させていただきます」

 それからテノスは包み隠さず有りの侭をボリスに伝えた。
 ボリスが病に倒れた事、ギルドハーメルンに依頼をした事、ソラスが魔物に取り憑かれた事、その影響で屋敷が半壊した事、そしてーーーーソラスが部屋の外に出て月の雫を手に入れた事を。

「……そうか、ソラスが私を助けてくれたのだな」
「はい」
「久しく顔を見てないな。忙しさにかまけて父親としての責務を放棄してしまった私に……そんな権利は無いのだろうが」
「そんな事は無いですよボリス伯」
「貴公は……グラウ殿」
「おやすみのところ申し訳ない、少し失礼しますよ」
「気にしないでくれ。テノスから話は聞いた……随分と世話になったようだね」

 ボリスは深く頭を下げた。グラウは「礼には及びませんよ」と手近な椅子に腰掛けると、ボリスの部屋をグルリと見渡した。
 部屋には絢爛な装飾品の他に巨大な絵画が飾られている。少女を中心とした親子の絵画だ。

「あれは小さい頃のソラス嬢ですね。それにボリス伯の隣に描かれているのは……」
「ああ、亡くなった妻だね。私の知る誰よりも素晴らしい女性だった」
「ふむ、確かにお美しい」
「……グラウ殿、重ね重ねにはなるが本当に世話になった。聞けばソラスが部屋から出るキッカケを作ってくれたと。この件に関する謝礼は君の言い値で構わない」
「いえ、今回は報酬は必要ありません」
「? どういう意味だグラウ殿」

 グラウの性分については理解しているつもりだった。手腕は確かだが、己の利益を最優先にする男であると。
 これまでに数度の関わりを持ってきたが、グラウが報酬を放棄する理由が分からなかった。

「俺としては報酬を頂きたかったのだが、生憎とうちのメンバーが騒ぐもので。今回は事が事なので法外な額をふっかけようとしてたんですがねえ」
「……ほ、法外な……はは、それは何とも」

 笑いながら何という話をするんだ。
 ボリスは内心混乱していたが、グラウは豪胆に笑うと椅子から立ち上がった。

「今回は貴方とのパイプをより強固にしたという事で良しとしましょう。此方が困った時はよろしくお願いします」
「ああ、もちろんだとも」
「それはそうと……ボリス伯、お腹は空きませんか?」
「む? ああ、久しく腹が減っている感覚はあるが……」
「では客間へ行きましょうか」
「?」
「食事の準備が出来てます」

 ▪️親子

 車椅子に乗りボリスは客間へと向かった。
 屋敷が半壊していると聞いていたが、道中の補修作業を目の当たりにして、寝耳に水であった話の全てが現実味を帯びてくる。
 しばらくはまともに仕事が出来ないだろう。領主代理として実務をこなしていたテノスと共に苦笑した。
 そんな中、客間に近づいた辺りでひとりの少女とすれ違った。赤いバンダナをした少女は屋敷の人間ではない。ボリスの顔を見るや「お邪魔してます」とニヘラっと笑い、頭をペコペコさせながら去って行った。

「彼女は……」
「ペトラ様といいます。グラウ様のお連れの方です」
「そうか、ソラスと同い年くらいか……」

 屋敷を走り回る人間を見たのは随分と久しぶりだ。幼い頃のソラスを思い出しつつ、何とも逞しいものだとボリスはひとりごち、改めて客間へ視線を結んだ。

「では参りましょうか」
「うむ」

 テノスがドアを開けるとそこには広いテーブルが準備されていた。普段は大広間に置かれているものだが、どうやら大広間は崩れているらしく備品だけが客間に集められた様だ。
 長いテーブルの端から視線を伸ばすと、その先に座る少女に気が付いた。

「……ソラス」
「お久しぶりです、お父様」

 ソラスは立ち上がると、突然、大粒の涙を浮かべて頭を下げた。

「も、申し訳ありまぜん……お父様、私、私の我儘で……迷惑をおかけ、じで……」

 悲痛な声だ。
 この言葉にのし掛かる重みは直近の事だけではない。これまでの全ての想いが詰まっている。
 未熟な自分を恨めしく思い、父親に寄り添えない悔しさと、そして母親の死を乗り越えられなかった悲痛な声だ。
 泣きじゃくる娘の姿にボリスは胸が張り裂けそうだった。

「……ソラス」
「申し訳ありません……お父様」
「ソラス!」

 ボリスは車椅子から立ち上がった。
 ふらつき、やがてその場に倒れ込むが、慌てて駆け寄るテノスを無言で制した。

「お父様!」
「ソラス、大丈夫だ」

 自らの足でしっかりと立ち上がる。
 そして、大きく息を吸い込み吐きだすと、改めて娘の姿を瞳に写し込んだ。

「……謝るのは私の方だ。この通り、ソラスのお陰で元気になった」

 一歩、また一歩と歩み寄る。
 ボリスはソラスの前に立つと、ギュッと震える身体を抱きしめた。

「君の顔をしっかり見たのはいつぶりだろうか。仕事ばかりに注力するあまり、私は大切な家族を蔑(ないがし)ろにしていた。今更謝っても許してもらえないだろうが、すまなかったね」
「私は……私はッ」
「大きくなったな……私の、いやーーーー私達の大切なソラス」
「お父様ッ!」

 長年積もり積もった親子のわだかまり。
 些細なきっかけで深まった溝、それを互いの涙で埋めていく様だった。
 ソラスが泣き止むまで数分、ボリスは無言で頭を撫で続けた。自分の胸までの高さになった彼女に対し、ボリスも溢れた気持ちが一筋の涙となって頬を伝った。

「ふふ、お父様も顔がグシャグシャですね」

 鼻声になりながらハンカチで顔を拭き、ようやくソラスも普段の顔つきになる。
 二人ははにかみながら顔を上げると、今一度、互いの表情を確かめる様に笑った。

「ふむ、笑った顔もそうだが、泣き顔もクラリアにそっくりだ」
「お母様に?」
「ああ、彼女はよく笑い、泣く人だった」

 ソラスを椅子に座らせると、ボリスは懐から一枚の写真を取り出した。長い栗色の髪が美しい、若い頃のクラリアの姿だ。

「これがお母様……」
「ああ、私と出会った十八歳の頃だね。楽しい時は鈴を転がした様に笑ったり、悲しい時は桶を倒した様に涙したり、感情豊かで素晴らしい女性だった」
「……とても、綺麗」
「君も素敵な女性になれるさ。だって私達の娘なのだからね」
「あの……」
「む、君は」
「オルクス・フェルゼンです。ええと、お食事をお持ちしても、よ、よろしいでしょうか?」

 ぎこちない喋り方で会話に入り込むオルクス。扉を開けて表情を強ばらせ、自分の間の悪さを痛感しながらグラウを睨んだ。
 対して当のグラウは顔に掌を置いて笑いを堪えていた。

「クク、全くなんてタイミングだよ」
「う、うるさい! 合図を送るって言ったのはアンタだろうが。いつまでも合図が無いから入るしかないだろう!」
「すまん、忘れていた」
「ちッ!」

 賑やかな登場となったオルクスの姿を見て、ボリスは疑問符を浮かべる。

「ええと、君はうちのシェフではないね?」
「……ギルドプレジールより依頼で参りました」
「ボリス伯、紹介しますよ」
「うわッ」

 グラウはオルクスの肩に腕を回し、乱暴な紹介を続けた。

「コイツはハーメルンと“業務提携”を結んだギルドであるプレジールの冒険者だ。ソラス嬢に取り憑いた魔物を倒し、今から料理を振る舞ってくれるそうです」
「君が例の冒険者か! 話はテノスから聞いたよ、本当に感謝している」
「いえ俺は別に……って待てグラウさん。業務提携って何の話だ!?」
「細かい事はいいんだよ」
「細かくない!」
「あーあーそれより、料理が冷めてしまうんじゃないか?」
「!?」

 上手くあしらわれている気がして不満だが、この不毛な時間で料理を台無しにする訳にはいかない。
 オルクスは怒りを含んだわざとらしい咳払いをグラウに向けつつ、スカーフを巻き直して表情を切り替えた。

「では、俺の料理を振る舞わせてもらおうか」
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